第3話

いや、ちょっと待て。一旦落ち着こう。

ここで話に乗ってはレイアの思う壺。それでは面白くない。


まず気になるのはハッキリと最後まで言わなかったこと。さっきは言葉をボカす事で俺の想像力を働かせようとしたのだと思ったが違う気がしてきた。

後で「私はそんな事は言ってませんよ。貴方が勝手に勘違いしただけです。これだから童貞は」と適当に誤魔化しながら俺を馬鹿にするつもりなのかもしれない。

いや、会ったばかりだかレイアの性格を考えるとその可能性が高い。


そうなると真面目に話に付き合う理由はない。適当にOKしてヤレればラッキー。その後は上手く誤魔化しつつ隙があれば逃げる。


「ちなみに嘘は通じませんからね」


人の心を読む魔法でも使えるのか。厄介だな。

もし本当にそんなものがあるなら一方的にこっちが不利だ。どうする……。


「必死に考えているところ悪いですが面白い――間違えました。残念なお知らせです」


「いきなり何――」


すぐにレイアの言う意味に気付いた。

いやいや、これのどこに面白い要素があるんだよ。言い間違える意味が分からない。

直感で分かる。これはどう見ても俺の今までの人生で体験してきた中で一番ヤバい。


「えーと、あれは何……?」


「あれはキラーウルフ。この森を縄張りとする魔獣ですね」


魔獣……ね。まぁ、異世界なんだから居ても不思議ではない。

俺とレイアの視線の先にいる魔獣は名前の通り狼みたいな見た目をしている。だが、それは見た目だけだ。

明らかにサイズがおかしい。俺の知っている(実際に見た事がある訳ではないが)狼と比べて二回りぐらいは大きい。狼というよりライオンのようだ。


だが最大の特徴はその巨体ではない。

爪だ。大きいのは当たり前として、その上敵を切り裂く事に特化したような鋭いフォルムをしている。

アレで攻撃されれば一撃で真っ二つになるだろう。


「何でこんな危険な場所に移動してんだよ! もっと安全な場所を選べ」


「ちゃんと選びましたよ。ここは森の中で唯一どの魔獣のテリトリーでもない中立地帯、キラーウルフに限らず魔獣が出る可能性が非常に低い場所です」


「可能性がゼロの場所にしろ! こんな偶然で死にたくないぞ!」


「仕方ないじゃないですか。マナの豊潤なこの森じゃないと異世界に転移して貴方を連れてくるなんて出来なかったんですから」


仕方ない事情があったらしいが、俺にはどうでもいい問題だ。俺は異世界転移なんて望んでいなかった。

もし死んだら末代まで祟ってやる。


「言い争っている場合じゃないですよ。早くしないとキラーウルフに殺されます」


「それはそうだが……」


キラーウルフの方も警戒しているのか一気に襲ってきたりはしない。

が、ちょっとずつ距離を詰めてきている。

不幸中の幸いか。後少しぐらいは時間がありそうだ。

今の内に手を打たなくては。そうしないと致命的な事になる。


「走って逃げれるか?」


「それは100%無理ですね。地の利は向こうにありますし、それに何よりキラーウルフは森の中でも一番素早い魔獣。後ろを向いた瞬間に死にます」


「そこまでか……」


無理な事は聞く前から分かっていた。

だが「後ろを向いた瞬間」はさすがに嘘だと思いたい。それだけ速さに差があったらどうしようもないぞ。


「ていうか、さっきから余裕そうだな。もしかしてこの状況をどうにかする方法でもあるのか」


魔法があると言っていたし魔獣の一匹ぐらい倒せるかもしれない。

というか魔王とかが存在する世界だ。魔獣に対抗する手段の一つ二つ持っているに違いない。もしなかったら蹂躙されて終わり。異世界から勇者を召喚するなんて発想自体がないはずだ。


「ええ、まぁ。キラーウルフ一匹ぐらいなら」


アッサリと頷くレイア。

黙っていたのは動揺している俺を見て楽しむつもりだったのか。それとも……。


「だったら何とかしてくれ。話はそれからだ」


「もしキラーウルフを倒したら勇者をしてくれますか?」


「ぐっ……」


それとも、の方だったか。レイアの奴、この非常事態をチャンスに変えるつもりだ。

ここで俺に断る選択肢はない。断ればキラーウルフに殺されるだけ。かといってその場しのぎの嘘は通じない。俺が圧倒的に不利だ。

それが分かっているからレイアの方は余裕がある。

どうする……。


「ここで悩む意味がありますかね?」


「何が言いたい?」


「分かっているのに聞き返すとは。これこそ完全な無意味ですね」


「…………」


言い返す事も出来ない。レイアの言う通りだ。

こんなやり取りに意味はない。


「貴方が勇者を断るのは死にたくないから。ここで死んでは意味がありませんよ」


「……ちっ」


「それに私を騙すのは不可能、逃げるのも不可能。選択肢は一つしかないのでは?」


そんな事は分かっている。その上で未来の事を考えてどうにかしようとしたが、やっぱり思い付かない。

もし仮に方法があったとしても考える時間がない。


「……分かった、勇者をやる。だから助けてくれ」


「はい、お断ります」


「……ん?」


聞き間違いかな? うん、聞き間違いに違いない。

俺に選択肢がないのと同様にレイアにも俺を助けるしか選択肢はないはずだ。死なれてはわざわざ異世界から連れてきた意味がなくなる。

断る訳がない。


「もう一度聞いていいか?」


「死への緊張で耳が遠くなっているのでしょうか? もっと聞こえやすく言いますね」


俺に近付いてきて耳元で甘く囁く。


「お断りします、と言ったのです」


どうやら聞き間違いではなかったらしい。

何を考えている……。さすがに今回は全く意味が分からないぞ。


「私はたった今思い付いたのです」


たった今、って……。

完全な思い付きじゃねぇか。大丈夫か?

嫌な予感しかないんだが。


「このまま普通に助けては面白くない、と」


「面白い面白くないとか言っている状況じゃないと思うが?」


頭、大丈夫かこの女。

異世界転移の影響が脳に出てるんじゃないか。それともこの世界ではコレが普通なのだろうか?

もしそうならこんな世界に救う価値はない。


「大丈夫です。私のイタズラ心を満たしつつ、今後の為になる一挙両得のナイス作戦です」


「そんな都合の良い作戦があるのか?」


「はい、貴方がキラーウルフを倒せば良いのです」

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