第50話 彼女と文化祭②

「ねぇ、これ買っちゃった!」


 僕はトイレに立ち寄った時に興味を引かれる物を見つけたので、手に持って自慢していた。


「おぉ! なかなかいいじゃねぇか」

「でしょー! 折羽おりははどっちがいい?」


 僕の手には2つの仮面、きつねたぬきが握られていた。


「うぅん……悩ましいな。狸も可愛いし狐も捨てがたい。なぎさはどっちがいい?」

「うーん……折羽に似合いそうなのは狐かな?」

「ほう、お前は狸ってか……まぁ化かされそうだしな」

「もう! うまくないよその例え」


「それより私もそこでコレ買ったんだよ! 一緒に食べようぜ!」

「わぁー何コレ、美味しそう」


 折羽が手に持っている袋には、砂糖をふんだんに使った小さいドーナツがたっぷりと入っていた。


「なんとかドーナツらしいぞ」

「そのなんとかってのが気になるんだけど」

「細かいことは気にするな、それより食べようぜ」


 ご飯が待ちきれない犬のように目がキラキラしている。かぶってるのは狐のお面なんだけど……


「ねぇ折羽……あ〜んがいい」


 ボソッと僕はそんな願望を口にする。大好きなあの子にあ〜んをしてもらう。これは男のロマンである。


 いつもなら鉄拳制裁がやってくるんだけど、これが文化祭マジックというやつか、僕の口元には既に砂糖がついている。


 ムギュっと


「は、早く食えよ……」

「もごぉ……おりふぁ」


 グイグイと僕の口元に押し込まれるドーナツ。なんか想像してたのと違う……


 それを割と近くで見ていたクラスメイトは……



「なぁ、知ってるか。あの2人まだ付き合ってないんだぜ……」

「時間の問題でしょ?」

「ドーナツよりもアイツらの方が甘い」

「だな……」

「彼氏欲しい……」

「彼女欲しい……」


 テクテクと歩き出すクラスメイトの事など知らずに僕達はドーナツを食べていく。



「わぁ、ママーあのドーナツ美味しそう」

「あらあらほんとねー、でもすごい行列だわ」

「えぇーたべたいー……うぅ」


 僕と折羽を見ていた女の子が駄々をこね始めた。泣きそうになる前に折羽がスっと立ち上がり女の子の前に膝をつく。


「これやるよ……」


 折羽はもう1つ持っていた袋を女の子に渡す。


「いいのー?」


 可愛らしく口元に手を当てて折羽の事をじっとみつめる。そんな女の子にシスターもビックリするような優しい笑顔で答える。


「ママと2人で仲良くな」

「うんっ! ありがとう狐のおねぇちゃん」


 両手で袋を大事に抱えてママの所にテテテと走り出す。


「ばいばーい」


 お母さんに手を握られ一緒になって可愛らしいお辞儀をする。僕と折羽は揃って手を振り見送った。


「……折羽って子供好きなの?」

「まぁ、嫌いじゃない」

「僕は5人くらい欲しいな」

「ははっ大家族だな」


 僕の軽いジョーク(いつも本気)をあえて否定てこない。最近の折羽はスルースキルを会得したようだ。


「折羽、今度はお化け屋敷行こうよ!」

「げぇ……お化け屋敷か」

「ムフフ……もしかして怖いの?」

「こ、怖くねぇしなめんなッ! ほら行くぞ」


 今まで知らなかった彼女の一面を垣間見た気がした。




「2名様ご案内〜」



 魔女になりきった受付の生徒にお金を払い中に入る。横を通りすぎる時に微かに聞こえたのは……


「例のバカップルが入るわ……フォーメーションデルタ」


 なんのこっちゃ?


 そして僕達は恐る恐る進んでいく。


「折羽……あの」

「なななななな、なんだよ……急に話しかけんな! ぶっ飛ばすぞ?」

「いや、その……腕が痛い」


 折羽は僕の腕を雁字搦がんじがらめのようにぎゅうぎゅう掴んでくる。


「ふざけんな、お前が怖いと思って握ってやってんだろ? ちぎるぞ!」

「はい……すみません」


 そんな時に前から髪の長い女の人が現れる。


「きゃぁぁぁぁぁ……出たぁぁぁぁ」

「クスクス……きゃぁぁぁぁだって! 折羽可愛い」


 ミチミチッ


 僕の腕が悲鳴をあげている。


「待って折羽〜それ以上やるとピアノ弾けなくなる」

「おぉぉぉぉ、そぅ……だな」


 声がまともに出ていないよ折羽ちゃん。



「ぜぇ……はぁ……」

「お疲れ様……」

「ぜってぇ許さねぇ……」

「……ごめん」


 お化け屋敷をやっとの思いで抜けた彼女は狐のお面で顔を隠して、僕を睨む。


 黒髪の女やら生首やら落ち武者やらCGを使ったリアルなやつまで出てくる始末。最近のお化け屋敷はえげつない……


 そんな彼女の気を引くように僕はお菓子コーナーがあるエリアへと彼女を誘う。


「どれがいい?」

「……渚のご飯が食べたい」

「きゅるるるるるるるん!」


 この狐姫はどこまでも僕を虜にする。


「今日が終わったらたっぷりと食べさせてあげる」

「……うん」


 コクリと頷く彼女は、可愛らしい手を僕の裾をきゅっと握ってくる。


(ダメだ……抱きしめてキスしたい)


 僕達はお菓子コーナーをめぐり、それからたこ焼きやらお好み焼きやら目につく食べ物は全て買っていた。そんな所に……


 プルプル……


「ん? 電話か」


 折羽が自分のポケットにしまってあるスマホを取り出して画面を確認する。


「やべぇ……姫乃ひめのからだ」

「ん? あっ!!」


 その一言で全てを悟ってしまった。

 壁の時計を見る僕と折羽。


「集合時間……」

「過ぎてるな……」


 ピッ


「……もしもし」

「折羽ぁぁぁぁ! なにやってんのよーー」


 隣の僕にまで聞こえてくる叫び。


「走るぞ、渚!」

「ガッテン、折羽!」


 僕と彼女は手を繋ぎ、一陣の風になってグラウンドを駆け抜ける。その姿はまるで鶺鴒せきれいのよう。


 ………………

 …………

 ……




「お前ら……」


 僕達2人の姿を見て園田そのだ先生はため息をついていた。それに続くようにクラスメイトは逆にケラケラ笑っている。


「なんか2人とも」

「うん……まぁ」


「「「「祭りの子供かッ!!」」」」


 折羽おりはの手には綿菓子、りんご飴、ヨーヨー、僕の手には焼きそば、たこ焼き、ミニカステラの袋をぶら下げてルンルン気分で集合場所である更衣室に集まった。


 その時のクラスの反応が先程の光景なのだ。そんな事はお構い無しとばかりに僕と折羽は笑顔で答える。


「だって……」

「それは……」

「「文化祭だからッ!」」


 先生は額に手を当ててさらに大きなため息。他の人は笑いを堪えきれなくなり床に転がっている者までいる始末。


「やべー俺達の王子と姫はどこまでもマイペース」

「これがバカップルの底力……」

「突撃のクロエの名は伊達じゃない」


 みんなそれぞれ言いたい放題だ。そんな中唯一冷静な姫乃ひめのさんは折羽に一言。


「折羽……そんなに食べたら衣装入らないよ?」


「……」

「……」


 静まる僕達。


「ぽっこり折羽になっちゃうよ?」


 続ける姫野さん。


「……ぽっこり折羽」


 僕は姫乃さんの言葉の意味を違う方に考えていた。


「折羽、僕は男の子でも女の子でも歓迎だからね」

「「そっちのぽっこりじゃねぇよッ」」

「わぉっ!」


 珍しく折羽のツッコミと姫乃さんがシンクロした。


「気が早かったか……」

「色々すっとばし過ぎなんだよ!」


 僕の頬に拳をグリグリする折羽は顔が真っ赤。一目で照れているのがわかる。


 その光景を見つめるクラスメイトの目も生暖かい。


「いいなぁ」

「彼女欲しい……」

「彼氏欲しい……」



 パンパンッ


「はいはい、イチャイチャタイム終わり。さっさと着替えてこい」


 先生のその一声でみんな動き出す。更衣室に行く際に、先生に食べ物を預けた時の折羽の顔はお預けをくらった時の仔犬のような表情をしていた。


「ちわわわわわわわッ」


「バグってないで行くぞ、クロエ」

「へーい」




 ◆

「なんか今までで1番緊張するな」

「入試の時以上の緊張かも」

「やべー演奏大丈夫かなぁ」


 舞台袖で待機する僕達のクラス。やはり本番前ともなればそれなりに緊張するというもの。


「クロエと藤宮さんは緊張しないの?」


 音楽を担当してくれるバンドメンバーが話しかけてきた。


「うん! 折羽がいるからね」

「まぁ、そういう事だ」


「「「ひゅ〜」」」


 決して緊張してない訳じゃないが今の僕達を遮る壁はない。


「それに、言い出しっぺの私がガチガチだったら示しがつかないだろ?」


 ケロッとした様子で下をペロっと出しながら可愛らしくウインクする。


「ぐはっ……」

「ぬぼぉ……」


「衛生兵ッーーー男子が被弾したぞ」

「だれかぁ、衛生兵をーー」


「折羽……今のは私達でも危なかったわ」

「折羽様……」

「姫様……」


 折羽の可愛さは男子のみならず、女子にも少なくないダメージを与えていた。


「むむむむむ……折羽〜僕にもウインクを〜」

「両目ウインクならいいぞ」


 パチッ


「それ瞬きじゃん」


「「「あははは」」」


 今の行為は彼女らしく、その仕草で皆の緊張をほぐしてくれたのかとしれない。


「よし! 円陣を組もう!」


 僕は今の間隙かんげきを利用して皆に号令をかける。


「よっしゃー!」

「やるかぁぁぁ」

「高まるー」

「うぅ、本番だよー」

「ご注文はメイドですか?」

「俺の歌を聞けッー」


 高まりは最高潮、そしてその輪は大きな円になり皆が僕の方へと視線を向ける。だから僕はいつものように言葉を紡ぐ……



「僕、この文化祭が終わったら告白するんだ!」



 皆の目を見て自分の決意を言葉にする。クラスメイトはそんな僕に息を合わせたように言葉を重ねる。



「「「「「「「知ってるぅぅぅぅ」」」」」」」



 隣にいる彼女の顔は見えないけど、肩に掛かる腕の重みとその体温が少しだけ増した気がした。



 さぁ僕達のステージの始まりだ!






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