ポエマー転生

ほねうまココノ

第1話 ポエマー転生

 手持ちの金がねえ。

 そうなりゃ郵便局に駆け込むしかねえ。

「おい、金を出せっ! このバッグに札束を、詰め込めるだけ詰め込むんだ、はやくしろっ!!」

 どこのどいつだ。

 奥のフロアで、黒い覆面ふくめんをかぶった強盗が、幼い少女を人質にとっていた。こめかみに拳銃けんじゆうを突きつけていた。

 オレは、出入り口付近にあるATMから、預けた金を引き出しているところだ。あの様子なら、オレが立ち去っても、わざわざ追ってはこまい。

 だが、浮かんじまった。幼い少女を救うフレーズが。

 あのギャラリーの注目をかっさらう、熱いスキャットが。

 オレは、ダイナミックかつビューティフルに、カウンター正面まで転がり込んだ。ああ、そうさ、三十路みそじを過ぎたビジュアルは、無精ぶしようヒゲを生やし放題、ヘアーも寝ぐせでボサボサだが、心のボディーは汗が照り返す、ほそマッチョなヴォーカリストだ。


 ヴァーララララ! ボォーララララ!

 その引き金 うごか す の Wa

 ファクターッ!! ファクターッ!!

 ジャララッ!

 お まえーの ファクターッ!!

 それは うれい・カァ~ 絶望ぜつぼう・カァ――ッ!?


 強盗は、ビクッと肩を震わせて、ステージに上がり込む。

「なっ、なんだテメーはっ!?」

 ふぅ……台詞のチョイスがロックじゃねえ。

 オレは、モーダルなビートを抱きしめて、首を二度ふり。


 血の花びらは 望まねぇーBloodブラツド!!

 つぼみはいずれ 花咲くぜぇBlossomブロツサム!!

 いまは で ろ Yo――ッ!!

 果・て・は 閉月羞花へいげつしゆうかAh~~ Ah~~ーーッ!!


 にやり。

 キメ顔をつくってやった。

「ぷっ!」

 強盗のツバっ気が、幼い少女の頭上から散布された。

 すっげー嫌そうな顔だ。かわいそうに。

 強盗は、口のまわりを腕でぬぐった。

「く、くっそ、てめぇ、ふざけやがってぇ――ッ!!」

 バキィィ――――ン。

 乾いた破裂音が、ボリュームMAXを超えて衝撃波となった。オレの薄っぺらな鼓膜は、今のでぶち破れたらしい。

 いや、違うぞ、これは、意識が遠のいていく……。

 オレは、片道切符なヘブンに、早くも招待されちまうのか。


「ようこそ天界へ」

 黄金の雲を背に、女神らしき女がぼんやりと浮かんできた。

 なぜか、人質にされていた幼い少女とそっくりだ。

「神々には、これといった姿がありませんから」

 しかし口調は大人びている。

 この違和感、音楽性の違いか?

 女神といえば、もっとぼいんぼいんで、白いローブをまとっていて、羽がふぁさぁーって、ラ、ラ、ラ、おおっと、天使なメロディーが喉かられちまった。

「あなたは生前、多くの人々の心を、愛と笑いで満たしました」

 センキュー!! と叫んでおいた。

「こほん。よってあなたには、お望みのチート能力が一つ与えられます。異世界に転生できることも、先ほど会議で決まりました。おめでとうございます」

 チート能力? 一体どんなビートだ。

「あらゆる世界の法則をねじ曲げる、絶大な力のことです」

 そいつぁいただけねえな。

「いただいてください。でなければ、わたくしが困ってしまいます」

 うぅむ。

 世界の法則をねじ曲げる、か……。

 オレは胸に手を当てて、問いかけた。


 いらねーな そんなチート


 女神の顔がひきつった。

「い、いいでしょう。あなたがチート能力を望まない、ということでしたら、代わりに、わたくしが異世界までお供する方向で、話を進めさせていただきます」

 ん?

 なんだと?

 おいまて、しかも、幼い少女だった女神が――。

 ぼいんぼいんな、グラマラス女神に急成長しやがったぞ!?

 おい、そのトランスは、ドミナント戦略をぶち壊すぞ。

 まさか、オレを試しているのか?

 いいぜ、教えてやるぜ。


 Ahー Ah すてらんねーな オレのビート

 つれてけねーな おんなチート

 メガミ ぶらさげ Otherworld Liveアザーワールド ライブ

 そいつぁ スキャンダル Going to hellゴーイング トウ ヘル ホゥーッ!!


「スキャンダルですか……。はぁ~。では、うーん――。あっ、ありましたよ、ポエマーさん。いま、もっともポエムが求められている、攻略難易度インフィニティ++な異世界がっ!! あそこでしたら、どのようなチート能力も、あなた自身の力には遠く及びません!」

 聞き捨てならないワードが差し込まれた。

 それは、いつも、オレの心のシンメトリーを、ずたずたにぶち壊しにくるワード。激しい悪寒おかんが、背筋をなぞり上げた。


 オレは オレは オレは

 ポエマー じゃ ねぇ――――――っ!!

 ロック! ロック! ハードロ――ック!

 オレは ハードな ハードロック!!

 シン ガァァァ――――~~~~っ!! センキューッ!!


「ぷっ!」

 女神が、妙にムカつく笑顔で、吹き出しやがった。

 オレは本気だぞ。

「そろそろ転生の時刻です」

 別に転生はかまわんが、できればイカサマのない人間でいつづけたいものだ。今と変わらずにな。

「転生とはすなわち、別の形で生まれ変わることです」

 知るかそんなもの。

「チートはいらない、女神もいらない、ついでにビートも捨てたくない」

 ああ、飲み込みが早くて助かる。

「でしたら、もう打つ手がこれくらいしかありません」

 おい、余計なことはするなよ? なっ?

「来世でも、ポエムの力で、皆さまを笑顔にしてください。ね? ジョン・ポエマーさん」

 おい、へんな改名はよせっ! あ、やめろっ!!

 うっぐっ、ぐぉわぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――っ!!


 自称ハードロック・シンガー。

 前世の名前は、ジョン・ロック。

 オレは、本名を『ジョン・ポエマー』と改められて、どこぞ異世界に転生させられちまった。


◇   ◇   ◇

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