模擬戦

次の日、朝からごはんをねだるレイラにエッグベネディクトとミネストローネを出した。それはそれは幸せそうな顔で食べていた。


「そう言えばレイラはしばらくゆっくりしてるみたいな話だったけどクエストは?」


「ああ、ある程度お金が貯まったからね。仕事は一旦置いておいて勉強しようかなって」


「なんの勉強?」


「魔法と剣・・・というか対人戦の戦い方ね。レベルはAランクにしては高い方なんだけどスキルがいまいち伸びなくて。魔法も覚えが悪いというか・・・魔物なら大雑把でいいんだけど・・・戦術的にちゃんと確立させたくて」


「ならおれが見ようか?」


「カナトが?」


「うん。あんまり言えないけどレイラよりレベル的に強いし・・・スキルにしても・・・な」


「うーん・・・わかった。ならちょっとお願いしようかな?」


「どこか訓練できる場所みたいなのってある?」


「ギルドの訓練場なら」


という訳でギルドの訓練場である。冒険者スタイルに装備を整えたレイラ。野球のグラウンド程の広さに数組が訓練をしている。


「じゃあかかってきてくれる?おれは手をださないから」


「ほんとに大丈夫?なら少しずつ行くね?」


そう言ってレイラは訓練用の木剣を構える。手加減・・・というか様子見の一閃を半身で避けるカナト。


「もっと早くても大丈夫だよ」


その言葉に徐々にギアを入れていくレイラ。上段からの袈裟懸けに切り上げ、すかさず蹴りをカナトの腹目掛け放つ。それも半身で躱され、レイラは体を回転させての横なぎに繋げる。しかしそれも1歩退くだけで躱してしまう。悪くは無い。それがカナトの印象だった。


カナトの強さを肌で感じたのだろう。身体強化をかけ、速度を上げていくレイラ。しかしながら1つもかする気配すらない。魔力を剣に込めて3段突きや至近距離からの火球など織り交ぜていく。


「はぁ・・・はぁ・・・さすがに1つもかすらないなんて・・・」


「悪くはないけど・・・レイラの場合素直すぎるかな?視線や気配で狙いがバレバレと言うか」


「はぁ・・・ふぅ・・・それは前も言われたかも。どうすればいいんだろう」


「魔力感知とか気配察知とかその辺のスキルは?」


「あるよ」


「なら目じゃなくてそっちの感覚で捉えてみ?」


「感覚・・・感覚ね・・・」


「まずは深呼吸して・・・そうそう。わかる?」


「なんとなく・・・かな」


「じゃあゆっくり行くから避けてみて」


そう言って木剣をゆっくりレイラに振り下ろしていく。この気配察知や魔力感知はカナトが最初の方で取ったスキルだ。元々魔力感知やスキルのない世界からきたカナトにとってその感覚の追加は大きな物だった。


恐らくレイラは魔力のある世界で育ったにも関わらず目による情報を優先してしまっていたのだろう。


カナトからすれば気配を、魔力を、体が新たに覚えたその感覚は目を瞑り耳を閉じても容易に姿や動きを捉えられるほどだったのだ。


「体に薄く魔力を纏わせて気配と魔力を探ることに集中して」


レイラの中で何かが変わったのか、先程よりも動きがスムーズになった。


「そうそういい感じ。あとはイメージかな?おれの体を磁石だと思って。同じS極同士反発する感じ。おれが手を伸ばす。それをレイラは感じて合わせながら反発・・・避けていく感じ」


「わかる・・・わかるこれ」


次第に速度を上げていくカナト。


「はい目を開けて」


ふぅー・・・と息を吐いて目を開けるレイラ。


「これは・・・こんなの教わったことない」


「でもわかるよね?感覚だからうまく伝えられないけど」


「わかる。これは凄いかも。私攻めるのはまぁまぁ出来たけど躱したりが苦手だったの」


「なるほどな。今度はレイラがかかって来てみ?おれの中で隙がある所に磁石が吸い寄せられるイメージで」


先程と同じように集中するレイラ。


振るわれた剣や攻撃はスピードこそさっきと変わらないものの、カナトは内心驚いていた。嫌がる所をしっかりと察知して攻撃してくる。さすがにステータスやスキル、全てにおいてレイラより上のカナトに一撃を与えるのは難しい。それでもカナトが上手いと思わせる攻撃だった。


「どう?」


「なんだろう・・・自然とどう攻めればいいかわかる。気づけば体が動いてる!」


「多分だけどレイラには才能があると思う。ちょっとアドバイスしただけなのにもう掴んでるしさ」


「でもまだ入口なんだろうな・・・というかカナト強すぎない?感覚を研ぎ澄ませれば研ぎ澄ませるほど力の差が凄いんだけど・・・」


「それが分かるってことはレイラも強いってことだよ」


「あれ?レイラ久しぶりだな!」


「教官!お久しぶりです!」


そこに教官と呼ばれたスキンヘッドの大男がやってきた。


「クエストは終わったんだな。それで練習してんのか?」


「そうです!今カナトに対人戦を教わってて」


「あ、カナトです」


「カナト?冒険者か?おれはここで教官を務めているボガートだ。よろしくな少年!」


「カナトは冒険者じゃないですよ。でも私より物凄く強くて、それで教わってたんです」


「ほう。少年と思ったがその若さでレイラより強いか。どうだ?ちょっと模擬戦でも」


「あ、おれは・・・それよりレイラと模擬戦してもらえません?」


「ん?別に構わんが・・・久々にやるか?現役を引退したとはいえまだまだやられはせんぞ」


「カナト・・・教官は元SSランクの冒険者よ」


「なら丁度いいんじゃないか?さっきの感覚思い出せればそこそこいい勝負になると思うけど」


「ほほう・・・カナトと言ったか。言うな?ではかかってこい」


そう言ってボガートは木剣をレイラに向ける。


「レイラ集中だ」


「うん」


集中していくレイラ。踏み込みと共に一閃。二閃と剣戟を重ねる。ボガートもさすが元SSランク冒険者と言うべきか、攻撃をいなしていく。段々とギアが上がり、身体強化を重ねて感覚のままに手数を増やすレイラ。最初こそ余裕の表情のボガートだったが、段々と真剣な表情に変わっていく。お互いの攻撃が熾烈と言っていいほどの剣戟。


「よし!そこまでだ。ふぅー・・・だいぶ腕を上げたな。今ならSランク相手でも余裕じゃねぇか?」


「はぁ・・・はぁ・・・ありがとうございます」


「いい動きだった。さっきよりも攻撃が吸い付いてたし」


「吸い付くか・・・いい表現だな。こっちの嫌なとこ全部ついてくるぜ。で、レイラにこれを教えたってことはお前さんはもっと強いのか?」


「強いよ」


「ほう。どうだ?いっちょやってみねぇか?」


「んー・・・剣で?」


「なんでも構わんぞ?」


「まぁ・・・剣はあまり得意じゃないけど剣でいこうか。レイラはさっきの感覚維持したまま戦いを感じてて。それも修行になるからさ」


「わかったわ」


「じゃあ行くぞ?」


そう言ってボガートは踏み込みから胴体へ3段突きを繰り出す。それをカナトは全て避けながら懐に入り、剣の柄でボガートの手首を打ち据えた。くっと浅く声を漏らし、ボガートは剣を離すが、そのまま体術に切り替えて下段への蹴り、さらに顔面への蹴り、そのタイミングで手放した剣を逆の手で持って横なぎの一閃を放つ。


さすがにSSランクだっただけはあるとその格闘センスに驚くカナト。全て見えるし躱せるが、恐らく自分よりは遥かに格下。それでもこの技量は凄まじい。


ボガートはさらに身体強化を発動し速度をどんどん上げていくが、カナトはボガートの隙を木剣で軽く叩いている。スキルも惜しげなく使ってくるがカナトはそれらを全て見切り、余計な力が入っている箇所や逆に力をかけていない所を集中的に軽く叩く。


「はぁはぁはぁ・・・ふぅーーー。参った。はぁー参った。お前さん剣聖ですってオチはねぇだろうな?」


汗だくで座り込むボガート。


「言ったと思うけど剣はあんまり得意じゃないよ」


「それで得意じゃないってことあるか!?ここまで手も足も出ねぇなんてねぇぞ?しかも初心者相手にやるように指摘してくるしよぉ」


「でもあんたの腕も相当だと思ったよ。それは間違いなく」


「けっ。これは鍛え直しだな・・・いい運動になったわ。カナト、レイラまたな」


そう言ってボガートは腰に手を当て、いててと立ち去った。


「で、どうだった?」


振り向きレイラに問うカナト。


「正直・・・凄すぎて・・・」


それがレイラの率直な意見だった。剣が得意じゃないとか絶対嘘だ!と言いたいほど圧倒的な剣さばきだった。


「多分そのうちだけどレイラもあれくらいは出来ると思うよ?」


「え?」


「言ったろ?才能あるよって。今の凄いって思ったけどなんとなくおれが叩いてたところとかわかったでしょ?」


そう。レイラはその技量に圧倒されながらも理解していたのだ。どこに力が入り、どこが抜けているか、そしてどこを狙われ、どこを攻めればいいのか。まだ入口に立った自分にそれをやれと言われても体はついて行かないだろう。


「・・・いずれそこまで強くなれる?」


「それはおれが保証する。まだまだ冒険者で稼いで行くんだよね?ならまだ時間はあるよ」


「そっか・・・私はまだまだ強くなれる・・・」


その後カナトの指導により、剣よりも先に足運びや体捌き、感覚の強化を徹底的に行った。



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