第6話

 かーちゃんは天然ボケだ。冬場の話だが、鍵を開けていないだけなのに「扉が凍りついて開かない!」とか言っちゃう人だ。猫と結婚ってあんた……。俺が言っていたようなセリフを、大人なプロレスごっこの時にとーちゃんが言っているのだろうか? 変なところで親子だと実感してしまった。そしてその情報は知りたくなかった……。


「かーちゃん。ラグさんを撫でてただけだよ。気持ちよさそうだったから、撫でた場所が気持ちよかったのか聞いてたの。」


「え!? 気持ちいい? 感じているってことかしら?」


 ダメだ。帰ってこない。


「シンクちゃんはテクニシャンなのね。」


 そうだけど、そうじゃなくて。


「ラグさんをマッサージしてたの。」


 これでどうだ!


「パパも良くママをマッサージと言って揉んでくるわ。胸を。」


 とーちゃんめ! なんでそんな言い方をしているんだ! どうすれば……ハッ! ここは子供らしいカウンターをかませば正気に戻るかもしれない!


「とーちゃんはまだおっぱい飲んでるの? 僕はもうご飯食べられるから、僕の方が大人だね! 」


 どうじゃー!!


「そうなのよ。子供なのよね。うふふ。でもシンクちゃん、大人になっても猫とは結婚できないの。」


 だめだー!!! かーちゃんには俺が重度のケモナーだとでも思われているのだろうか? 猫は好きだが、そんな天元突破した領域には達していない。かーちゃんとまともに会話したのはこれが初めてだ。一体どうやって修正したらいいんだ? 頭をひねっていたらとーちゃんが帰ってきた。


「弁当を忘れちまったぜ。ん、どうしたんだ?」


 ナイスだ、とーちゃん! 弁当取りに来たついでに、かーちゃんを正気に戻していってくれ。


「パパ! 聞いて! シンクちゃんがラグさんと結婚するって言うの!」


 いや、そんなこと言ってないよ。


「ガハハハ。そうか、ラグさんと結婚か。ラグさんはべっぴんさんだかんな。」


 愉快そうに笑って、こっちを見ながら続けた。


「シンク。かーちゃんはああ言っているが、ラグさんと結婚したいのか?」


「ううん。ラグさんは好きだけど結婚したいとは思ってないよ。だって猫だもん。」


「だ、そうだぞ、かーちゃん。」


 かーちゃんはホッとした表情で


「あら、そうなの。よかったわ。」


 と言った。おお、こんなにあっさりと。さすが夫婦だな。


「シンク。かーちゃんが気にしていることには、そのまんま答えてやらなくちゃダメだ。回りくどい言い方は伝わらねぇ。」


 あ!! なるほど……かーちゃんは『ラグさんと結婚するのか?』と聞いていたのだから『結婚しない』と回答しなくちゃいけなかったのか。俺は変に考えすぎて、勘違いの原因となっているであろう理由を否定していたが、もっとシンプルでよかったのだ。


 とーちゃんは俺の顔を見て。


「おっ、分かったみたいだな。昔のギースと同じ顔しているぞ。」


 ギースっていうのはレンファさんの旦那さんだ。ちょっと気難しそうな人で、まだレンファさんほど俺と接点がないから、どういう人なのか詳しくは知らない。

 それはそうと、とーちゃんもかーちゃんも俺が喋っていることについて何も言わないな。何でだろう? ちょっと主張してみよう。


「とーちゃん、かーちゃん。ちゃんと喋れるようになったよ。」


 二人とも不思議そうな顔をして。


「前から喋れただろう(じゃない)?」


 と、声をそろえて言った。えーい、もっとストレートに聞いてしまえ。


「言葉すくなかったじゃん。急にたくさん喋れるようになって不思議じゃないの?」


「文字の練習を2歳くらいからやっていただろう? あんなに頑張っていたんだから、そりゃ上手に喋れるようにもなるだろうさ」


「そうよ。頑張ったもんね。それに特製の積み木もプレゼントしたもの。さっそく効果があったのね」


 積み木受け取ったの昨晩ですやん。両親からすると、知っている単語が増えたからたくさん喋れるようになった、って把握なのか。そして流石に親だな。子供のこととなれば1-4の冒頭にちらっとあっただけの文字練習の描写まで把握しているとは。


「レンファが、トイレトレーニングは大変だ、って言ってたけどすぐ出来るようになったし。うちの子は本当に天才ね。」


「だな! 俺は文字を覚えるの本当に苦労したんだぞ。15歳で成人したあともキチンと覚えてなくて大変だったんだ。」


 うお! そうかしまった! 小学校に入る年頃までにひらがなをだいたい書けるのが当たり前、って感覚だったが、それは前世でのことだ。この世界ではそんなに早い段階で文字を覚えないのか! それに同年代の普通の子供であるヒロと比較されているのであれば、確かに、あれこれ出来すぎている部分は否定できない。


「じゃ、俺は仕事に戻るぜ」


 俺があれこれ思い悩んでいるうちに、とーちゃんはかーちゃんから弁当を受け取って出て行った。


「シンクちゃんもお出かけしようか。広場に行かないとね。シンクちゃんは3歳になる前から行っていたけど、この村では3歳になると広場でポカポカする練習しなくちゃなのよ。」


 ポカポカ……確かに棒で殴り合っているからポカポカか。広場に移動してレンファさんやヒロと合流すると、練習が始まった。今日の俺は昨日までの俺とは違うぜ! 俺が会得したスキルは”剣術”だ。剣の形をした棒を選んで手に取る。剣を持った、と意識すると同時に、握り方、振り方、踏み込み、重心移動の要領が全身に薄っすらと湧き上がってくるような、不思議な感覚があった。なんとなく、出来る、とわかる。レンファさんの合図で素振りを始める。


 シュッ!


 違う! 明らかに違うぜ! 剣術スキルにはレベルがあるようで、今の俺は取得したばかりなので「剣術 Lv1」だ。また、各レベル毎に技がついてくるらしく、「剣術 Lv1」には1つついている。ちなみに魔術スキルにもレベルがあり、レベル毎に使える魔法が設定されている(暖炉前で使うか悩んだ”ファイア”は「火術 Lv1」で使える魔法だ)。よし、せっかくだから「剣術 Lv1」の技を使ってみよう。さすがに駆け出しのレベルからとんでもない威力はないだろうし、使っている武器もウレタンみたいに柔らかいものだから、まあ大丈夫だろう。使えるようになったのは、剣に少しだけ魔力を込めて横なぎをする”スラッシュ”という剣技だ。周囲に誰もいないことを確認する。よし! 発動!


「”スラッシュ”!」


 剣閃がほんの少し伸び、威力もほんのわずかに上昇しているのがわかる。感覚的にはどちらも1.1倍くらいだ。


「し、シンク!?」


 レンファさんが驚いてこちらを見ている。ふふふ、だが、家からここへ来るまでに言い訳はばっちり考えてあるぜ!


「急に動きがよくなったな。どうした?」


「天才ですから!」


 ドヤ顔で答えてやった。

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