第3話精霊流し

私が恋した女たち、私の愛した男たちの亡骸を引きずって海辺まで出て、ひとつひとつを海に流し、精霊流しの爆竹の音が幻聴のように聞こえてくるのに私はとうに故郷を捨てた。残された土地はすでに干からびて、ムツゴロウも殺された。野呂邦暢のろくにのぶの抱いた怒りを幼い私は知っていたのに、彼と出会った夏も遠く行き過ぎて、図書館の奥で人知れず眠る本を開く者はいない。そうして朽ちてゆくものを弔うこともできず、時間ばかりが過ぎて、甘ったるい追憶に身をゆだねる夜は、たいてい絶望の淵を覗きこむことになる。死に損なった十八歳の私の手がおいでおいでと手招きするのを眺めながら、さくらさくらを口ずさんで、少女の私も一緒に海へと流す。制服の黒いストラップシューズとワンピースが水の中へ沈んでゆく。行き着く先は常世の国だと知っている。二十歳の私は海上他界にあこがれていたから、きっと間違いない。泣くに泣けないまま遺体の数々が水底に沈んでいくのを眺めて、二十一歳の私がたった一度きり吸った煙草の甘い味を思い出しながら、二十九歳の私は裸足で浜辺を歩く。月が明るい。

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