第17話 宇宙冒険家6

「やられたわね」


 ドレッドヘアの女の声が、宇宙船ばかりで人気のない停泊場に響く。

 となりに並ぶまばら髭の男は、この世の終わりとばかりにワナワナと唇を震わせながら、己の乗っていた船を見つめていた。


「まさか無賃乗船者じゃなくてハイジャック犯だったとはね」


 女が腕組みしながら冷静につぶやく。

 その言葉の通りだった。


 今から数十分前。

 彼らは船に潜んだ無賃乗船者をしらみ潰しに探していた。

 と思ったら、その無賃乗船者はいつの間にか武器を構えて背後から現れ、船を降りろと乗組員達に迫ったのだ。


 そして今、無賃乗船者……いいやハイジャック犯に船を追い出され、なす術もなくその船を見つめているというわけだ。


「やられたわね、じゃない! 用心棒のお前がいながら、なんで船を乗っ取られてるんだ!」


 やっと我に返ったのか、まばら髭の男が抱えた頭をブンブン振りながら言う。ドレッドの女は涼しい顔で答えた。


「あたしは用心棒じゃなくて、今はほぼ客室サポート係だったでしょ。用心棒の仕事なんてないからって、あんたが決めたポジションじゃないの。それに顧客管理のあんたこそ、戸締まりに気を付けておくべきだったんじゃないの?」

「ぬぬぬ、なんだと……」


 はあ、とため息をついたのは、まばら髭のさらにとなりにいた整備士のエリだった。

 呆れ顔全開で二人の間に割って入る。


「押し付けあってる場合じゃないだろ。中は? あんたの実力なら乗り込んで奪い返せるだろ」

「それが乗客を一人人質に取られててね。手が出せないのよ」


 ドレッドの女の言葉に、まばら髭も頷いた。


「やつら人質を連れてコックピットにいるんだ。大方、今は離陸の準備をしろと脅しに入ってるとこだろう」

「なにを呑気に……。じゃあ飛び立つまで時間の問題じゃねえか」


 さらにため息を重ねかけたエリに、ドレッドの女は何故か自慢気な顔で答えた。


「コックピットにいるのはあたし達のエースパイロット様よ。心配しなくてももうすぐ反撃が始まるわ」





「とにかく離陸だ、離陸! 早くしろ!!」

「は、はーい」


 コックピットに響く、焦った男の怒鳴り声と、気の抜けた女の返事。


 行き先の座標もまともに指定できないとはね、と女は相手に聞こえるか聞こえないかの声でささやいた。


 ここは今まさにハイジャック犯に占拠されている船のコックピット。


 三枚の特殊透明パネルの窓に、操縦席は一つ。今では旧式の計器が並び、配線も所々むき出し。操縦桿もかなり年季が入っていた。


 狭い操縦席の奥にはリビングのような空間があり、テーブルに冷蔵庫、給湯設備に酒瓶の棚まで備えられ、今や乗組員達のくつろぎの場となっている。


 そのコックピットには桃色のヘッドバンドの女が一人。

 サラサラしたストレートヘアは肩までで切り揃えられ、前髪の隙間から理知的な瞳がのぞいている。整った面は細く、かなり可憐な印象を与えるが、着ているのはゴテゴテのカーゴジャケットにパンツで、手は操縦桿に置かれていた。


 そしてコックピットにいるのは彼女だけでなく、


「ああ、うまくいってる。何故か首から下がアヒルの超イケメンを人質にとった。計画は順調だ」


 この船のハイジャック犯達と、その人質にとられた乗客の一人……スペースアイドル明星ミンシンと目される超イケメン(今はアヒルの着ぐるみ姿)がいた。


 明星は唇を引き結んだまま身動き一つせず、起きることをただそのまま眺めている。

 ハイジャック犯達は冷静な人質に構わず、慌てた調子で携帯端末でどこかに連絡をとっていた。


 ハイジャック犯達と言っても人数はたったの二人。武器はエネルギー銃が一丁だけだ。

 どうやら停泊場の整備艇の影に隠れて、戸締まりの雑な船をあさっていたらしい。

 いつものごとく、ろくに監視カメラを見ていなかったこちらの隙をついて船に乗り込んでいたのだ。


 しかし銃を持っている男は何だかソワソワしているし、銃を持ってない方の男は落ち着いてはいるが、どちらも犯行に慣れているようには見えない。

 二人とも服装は、黒い汚れの目立つTシャツに作業着のようなズボン姿で、どこかの工事現場から抜け出した作業員のような格好だ。


 頑なに発砲はしないし、脅しにかかっているくせにどこか焦っているし。

 事件を宇宙港の警備に嗅ぎ付けられたくないか、銃が偽物か、撃つ度胸がないか、そのどれかだろう。


 しかしコックピットの窓の外は静かで、宇宙港の警備隊がこの事件に気付いている様子はない。

 ここは自分達の力でハイジャック犯にお帰り願わなければ。


 やつらまだどこかとの通信に夢中になってるな。よし。


「今だよ、ワンダフル!」


 ヘッドバンドの女が叫ぶと、コックピットの後方から、酒瓶の棚の裏に隠れていた宇宙船整備犬・ワンダフルが勢いよく飛び出す。     

 これは完全にハイジャック犯達の不意を突いた。


 わっほわっほと息を吐きながら、ワンダフルはそのまま勢をつけて犯人達の背に体当たりする。……かのように見えたが。


「わうーん」

「な、なんだこいつ?」


 駆け寄っていったワンダフルは犯人達に無邪気にまとわりつくと、特に攻撃する姿勢も見せず、クンクンと彼らの匂いをかぎ始めた。

 とりわけ銃を持っていない方……落ち着いていて口数少ない犯人の方にすり寄ると、鼻面をくっつけて甘え始める。


「ちょっとワンダフル、何してるの!?」


 宇宙船整備犬の超予想外な行動に女が狼狽する。その女に向けて、焦っている方の犯人は銃口を突き付けた。


「おい、今度変な真似したら頭吹っ飛ばすぞ!」

「は、は~い。ごめんなさい」

「もういい! さっさと出発しろ!」


 ふうぅと一つため息にもならない息を吐いて、女は仕方なくまた操縦桿に手を置き直した。

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