第11話 勇者と魔王で勇者魔王ゴッコしてみる


 村人に挨拶回りをする前に、メイドがチェリーの髪の毛を結んだ。

 メイドが選んだ髪型は編み込みハーフアップで、チェリーはまるでどこかのお姫様のようになった。

 まぁ、服装は昨日と同じ布製のブラウスだけれど。

 僕はチェリーをジッと見詰めて、「似合うよ」と言った。

 チェリーは少し照れながら「ありがとう」と応えた。


 そして僕はチェリーを連れて、村人の家を一軒ずつ回る。

 ちなみにミロッチはずっと子供たちの玩具にされていた。

 村人たちは僕の結婚に驚いたが、すぐに祝福してくれた。

 中には式をやろうと言う者もいた。

 チェリーは僕に紹介されると、ノリノリでクルッと回転したりした。


「チェリーでぇす! 体力と腕力には自信あります!」


 楽しそうに自分のチャームポイントだかストロングポイントを伝えた。

 基本的に、明るい子なんだなぁ、って思った。

 全ての家を回って、挨拶を済ませ、自宅に戻るともうお昼前だった。

 ミロッチはまだいじめられていた。


「少し疲れた?」

「全然? あたし体力あるし」

「じゃあ、お昼ご飯の前に薪割りやろっか」

「いいわよ。あたしが斧でガンガン割ってあげるわよ」


 僕たちはバスルーム横の薪置き場に移動した。

 伐採した木材を、僕が手頃なサイズに切って置いている。

 それを更に細かくするのが薪割りだ。

 使用に適した大きさに加工する、と言えばちょっと職人っぽくてかっこいい。


「はい、じゃあこれ斧。重いから気を付けてね」


 僕は大きな両手斧をチェリーに渡した。

 チェリーはその斧を軽々と持ち上げて、マジマジと見ていた。


「あたし、斧ぐらい余裕で扱えるわよ。……って!!」チェリーが叫ぶ。「何よこの斧!! 金じゃないの!! 金の斧とか!! 柄も全部金じゃないの!!」


「うん。泉の女神様がくれたんだよ、昔」

「女神様、魔王に何あげてんの!?」

「僕は嫌なことがあると、割と泉に行ってたからね。女神様も見かねてプレゼントしてくれたんだと思う」

「女神様がプレゼントするとか、レナードどんだけ落ち込んでたの!?」


「さぁ。でも日々が憂鬱ではあったね」僕は肩を竦めた。「当時は使い道もないし、だけどせっかくの好意だし、って仕方なく貰ったんだよね」


「仕方なくで金の斧を貰うな!!」

「でも、今はこうして役に立ってるから、貰って良かったなぁって思うよ」

「無駄遣い!! 金の斧の無駄遣い!! 薪割っていい斧じゃない!! ってゆーか、無造作に薪と一緒に転がすな!! 魔王ってどうしてこう、常識ないの!?」


「いやいや、使わない方が無駄でしょ?」僕が反論する。「飾っとけって? そんなの、斧だって望んでないよきっと」


「そうかもしれないけど、薪割りって!! 金の斧で薪割りって!! 贅沢の極み!!」


 チェリーが喚くので、僕は溜息を吐いた。

 そして強制的に薪割りをさせようと、木材を持ち上げてチェリーの方に投げた。

 そうすると、チェリーは器用に金の斧を振り回して木材を細かく刻んだ。


「ふっふーん」


 チェリーは自慢気に胸を反らした。


「ほう。やるじゃないか。さすが勇者よ!!」僕は楽しくなって言う。「だがしかし、我が攻撃をいつまで受けられるかな!!」


 僕は連続で木材を投げつける。

 割と強く投げた。

 けれど、チェリーは即座に真剣な目をして、スパパパン、と金の斧を振り回す。

 その結果として、木材は細かく分割された。

 チェリーは金の斧をその場でクルッと回してからポーズを決める。


「ふっふーん! 世界の半分をくれるなら、許してあげてもいいわよ!」

「おのれ勇者め! って、世界の半分要求されたぁ!!」

「楽しそうですね」


 バスルームの窓から、メイドがヒョコッと顔を出した。

 僕とチェリーは固まった。


「勇者、魔王ゴッコですか」メイドが笑う。「いい歳して、本当に楽しそうですね」


 僕とチェリーは揃って頬を染めて俯いた。


「照れているようですが」メイドが微笑む。「楽しいのはいいことです。特にお二人は、人生を楽しんでください。他人の目など気にせず」


 それだけ言って、メイドが姿を消す。

 たぶん、昼食の用意をしに戻ったのだ。僕たちの楽しそうな声が聞こえて、様子を見に来ただけなのだろう。

 僕とチェリーは顔を見合わせて、苦笑い。


「なんだろうね」僕が言う。「魔王なんて嫌だったはずなのに、こうして君と遊ぶのは楽しいかも」


「あたしも。勇者なんか嫌いだったのに、変なの」


「ちょっと逆もやってみようよ」と僕が提案。

「いいわよ。あたしが魔王ってことよね?」とチェリー。


 僕が頷き、木材を持ち上げて天にかざす。


「勇者のみが扱える、究極の魔法、雷撃」僕が言う。「喰らえ魔王!」


 そして木材を雷撃に見立てて投げつける。

 ちなみに、僕は雷撃を使えない。本当の本当に、雷撃は勇者しか使えない。


「ふっふーん! そんなもの、あたしの深淵魔法で相殺よ!」


 チェリーは金の斧を深淵魔法に見立てて、木材をバラバラに切り刻む。

 ちなみに、深淵魔法は魔王にしか使えない。

 僕もチェリーも、自分だけの魔法を持っているのだ。まぁ、僕は多くの魔法を扱えるので、あえて深淵魔法を使うことは少ない。

 僕たちは時間を忘れて、遊びながら薪割りを続けた。

 気付くと木材がなくなった。

 僕たちを昼食に呼びに来たメイドが呆れたように「よく遊びましたね」と言った。



 お昼にメイド特製のチーズたっぷりピザを食べてから、僕とチェリーは歩いて山に向かった。

 ちなみに、ミロッチは子供たちと遊びまくっているので、置いて来た。


「ねぇレナード、なんで空飛ばなかったの?」


 山の麓まで来たところで、チェリーが思い出したように言った。

 チェリーはバックパックを背負っている。ロープなんかの各種道具が入っているのだ。

 僕は背中に剣を背負っている。獲物を解体する用だ。

 あと、山菜を入れる用の鞄を斜めにかけている。

 僕が立ち止まり、チェリーも立ち止まった。


「君が重いからだよ」

「そっかー、そうよねー、あたし太っ……って!! 酷い!! レナード酷い!!」

「冗談だよ」

「気にしてるのに!! 太ったこと気にしてるのに!!」

「まぁ、確かにあの頃より柔らかそうな身体になってるね」


 筋力が落ちている、という意味。

 別にチェリーはデブじゃない。ガリガリでもないけれど、健康的な感じ。普通、と言えばしっくりくるような体型。


「食べる気!? あたしのこと食べる気!? 油断させておいて、本当は食べる気!?」

「人間食べないからね、僕は」

「じゃあ、いやらしい意味ね!? いやらしい意味であたしのこと食べる気ね!?」

「なんでちょっと楽しそうに言うの?」

「レナードとの会話は、遠慮しなくていいから楽しいの!」

「そっか」


 僕が少し微笑むと、チェリーは急に不安そうな表情を浮かべた。

 そして何か言おうとして、止める。

 だけれど、勇気を出して、もう一度、口を開いた。


「……レナードは違うの?」

「楽しいよ。だから僕は君が好きだよ」

「……あう……不意打ちはずるい……」


 チェリーが頬を染めて俯いた。


「いや、告白したわけじゃないからね!?」


 僕は慌てて言った。


「好きって別に結婚したいとか、そういう意味じゃないからね!? って僕たちもう結婚してるけど!! いや、それは偽装だけども!!」


 慌てたせいで、僕は少し混乱しているようだ。


「……わ、分かってるわよ! 深読みしないでよね!! ちょっと照れただけだし!」


 チェリーが怒りながら、歩き始める。

 僕も合わせて足を進める。


「さて、とりあえず山菜を採りながら、動物を探すよ」

「動物なら何でもいいの?」

「美味しくない奴もいる。でもまぁ、とりあえず見つけたら僕に言って。味の判断するから」

「美味しい奴なら倒せばいいのね?」

「うん。雷撃はダメだよ?」

「分かってるわよ。動物黒コゲになって、可食部なくなっちゃうものね」

「そう。ちなみに、人間は狩りの時、罠や弓矢を使うことが多いけど、僕たちには不要だよね?」

「あたしは武器欲しいけど!? あたしも人間ですけど!? サラッと人間じゃないみたいに言わないでくれる!?」

「あ、そっか。そうだったね」


 僕は曖昧に笑った。

 正直、勇者レベルになると人間かどうか疑わしい。

 少なくとも、僕はそう思う。

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