第43話 腐れ外道
「コマの奴、闘神がいつのまにか62まで上がっている」
慎一はコマの能力がいつのまにか格段に上がっている事に気がついた。やはり忽那との連戦で経験値が大幅に上がったのが大きいようだ。
コマは、再び亜音速まで加速し、ジグザグに忽那に迫った。
「ワシの爪を骨の髄で味わうが良い!」
コマは鋭く切れ味の良い爪を忽那の死角から臀部に突き立てた。
しかし、忽那は、
「甘い!」
と左脚を一閃、下段蹴りをコマの脇腹に見舞った。
「何度目だ? 何度も同じ手は喰わんぞ。愚か者めが!」
「コマぁーっ‼」
絶叫する慎一。
「闘気が62でも力の差はこれほどまでに歴然なのか……」
「ふぐぅっ…」
コマは声が出しにくいように悶絶している。
「甘い! 甘い! 甘いぞ! コマ! 貴様のような半可通の技などこの俺様にはもはや効かぬ!」
コマの左脇腹の肋骨は粉砕されて、一部は開放骨折となって腹の皮を突き破って外に露出していた。
そこからは黒い体液が心臓の動きに合わせて断続的に吹き出している。
有紀は悲鳴を上げた。
「コマさん!」
玉依姫はこうした光景に慣れているのか黙ったままである。
(こんな時にサキが…いや、そんな事考えてはダメだ。オレがなんとかしないと)
慎一は瑠璃光の使い手が居なくなった今、サキの存在の大きさを改めて噛み締めていた。
「コマ! お前は退いて休んでいろ! 血は、血は自分で止めてくれ!」
慎一はそう怒鳴るように言うと、
「さあ、これで一対一タイマンだ! 忽那! オレはお前を絶対に許さない! サキをあんな目に合わせやがって!」
「お前は、元は単なる人間の罪人だろ? オレがここでお前を退治れば、お前も地獄送りだ」
実際忽那はその粗暴な性格と凶悪な戦闘力が認められて閻魔に生かされている。
「黙っていないで何か言ったらどうだ! いつもいつも形勢不利になると逃げやがって」
忽那はそれでも不敵な笑いをやめない。
「何がおかしいんだよ!」
慎一の不愉快な気分は頂点に昇り詰めた。
「オラァ! 喰らいやがれ!」
三叉戟を両手にしっかりと持ち、忽那に向かって走り出した。
忽那は迎撃しようとクイックモーションで
「その火の玉は、もう喰らわねえって言ってんだろうがぁああ!」
慎一は構わず突っ込んで行き、三叉戟の刃先で闘騰気を分断した。
「ぐぅっ、」
もはや闘騰気が使い物にならないことを悟り、忽那は苦悶の表情を見せ、右手の人差し指を天高く指した。
すると牢屋の鉄格子が一瞬にして消えた。
忽那は有紀の腰辺りを鷲掴みにして引き寄せた。
「きゃぁあああ!」
絶叫する有紀。
「動くな。こんな女、俺様の指先一つでどうにでもなるのだぞ?」
慎一は有紀を人質に取られて一瞬怯んだが、
「忽那ぁ! テメエそれでも男か!」
と怒鳴った。
「戦いに卑怯もクソもあるか。この女の命が惜しくば、まずはその
忽那は勝ち誇った顔で言った。
「どこまでも性根の腐ったやつめ!」
慎一が三叉戟を捨てようとすると有紀が、
「慎ちゃんだめよ! 私の事は構わないから!」
と握りつぶされそうになって苦悶の表情を浮かべながら訴えてきた。
「有紀、オレはこの戟がなくったって、こんな卑怯な奴には負けねえよ。オレは有紀を護るためにこうやって成仏しないで闘ってんだぜ?」
「でも」
有紀は慎一にそう言われても納得ができなかった。
あれほどまでに会いたかった慎一が死んでまでも自分を護ってくれている。
それは嬉しいのだがそもそも何故慎一がこのような妖と闘わなければならないのか。
慎一は、
「ほらよ。これで満足か?」
と三叉戟を放り投げた。
「くっくっくっ。これでお前の力は半減だ。そしてこの女の運命も何も変わっちゃいない」
「テメエ、俺をだましやがったな?」
慎一が忽那ににじり寄って凄むと忽那は、
「なに、俺様は『まず捨てろ』と言っただけだ。勘違いするな」
と、ほぼ屁理屈をこねた。
「汚ねえ野郎だ」
と吐き捨てる慎一。
慎一と忽那は完全に膠着状態に陥っていた。
互いに攻め手を欠き、次の手を繰り出すことができずにいる。
この状況を打開するには、「リスクを取ってでも先に動くべきだ」そんな声が慎一の頭の中で反響している。
慎一は、バイクレースの駆け引きでそうやって相手を制してきたからだ。
しかし決断は容易ではなかった。何しろ有紀が忽那の腕の中にいるのだ。
「忽那! 何がお前の望みだ!」
「望みだぁ? 貴様の死とこの女の死だ! バカめ!」
そう言うと忽那は鋭く尖った指先で有紀の着ていた礼服の上着と、白いブラウスを切り裂いた。
有紀の豊かな胸元が露わになり、手元が狂ったためか鎖骨の辺りに細い切り傷ができてそこから血がにじみ出ている。
「この腐れ外道が!」
それを見た慎一はそう吠えると、真っ赤に体を染めて怒りの力が焔となって吹き出し始めた。
肋骨を砕かれ、内臓も恐らくは破裂している臓器があるのであろう。コマは息も絶え絶えではあったが、意識はしっかりしており、慎一のその姿をみて、
「い、いかん。奴の闘神が100を超えておる…これでは絶対に身体がもたぬぞ!」
と叫んだ。
「有紀を放せ」
慎一は怒りに震えながらさらに忽那ににじり寄った。
忽那にも慎一の闘神が100を超え、自分をはるかに凌駕していることは分かっていた。
しかしながら、忽那がとれる選択肢はこうして有紀を人質に取りながら有利に事を運ぶことぐらいにしかないのだ。
「おやめください!」
そこに飛び出してきたのは、玉依姫だった。
「忽那様は、もっと気高い方だと私は思い、密かにお慕い申し上げておりました。しかし、私が見損なっていたようです」
忽那は玉依姫が自分を慕っていたということ、そして自らの卑劣な行動でその信頼を失ったことを一挙に知ることになり、愕然とした。
自分が好きになった初めての女性、玉依姫も自分を慕ってくれていたという事。
そしてそれを自分が壊したこと。後悔先に立たずという言葉を嫌と言うほどに思い知らされたのである。
忽那半ば自棄やけになり、どうでも良くなった。
目つきは更に鋭くなり、闇の中でも黄色く光っている。そして覚悟を決めたように言った。
「玉依姫よ。貴様の信頼を損ねたので俺様は自分の事をこれほどまでに失望したことはない。かくなる上は、この女を殺す‼」
と叫んだ。
「何故です? 何故そのようなお気持ちになるのでしょう」
玉依姫はそう嘆いたが、忽那には届かなかった。
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