第40話 盗まれた瑠璃光
慎一達が渡り船で向こう岸につくと、いかにも冥土らしい荒涼とした風景が広がっていた。相変わらず、賽の河原では子供たちが石を積んでは鬼に壊されている。
慎一もサキもそれを見ては心にさざ波が立った。
「なあ、コマ。なんで子供たちは石を積んでいるんだ? それでなんであの鬼どもは子供が積んだ石を崩すんだろうな」
コマは神妙な顔をしているが何も発しなかった。
「サキは理由を知っておるようじゃな」
「えっ? そうなのか、サキ」
意外そうな顔をして慎一は先を見た。
「親よりも先に死んだ子供はそれ自体が罪なの。こうやって石を積んでは鬼に壊されるという償いをここでしているのよ」
「じゃあ、お前も……」
「うん、本当は私もここでこうやって石を積んでいたのかもしれない」
悲しそうな顔をするサキ。
「サキは殺されたから、免除になったのであろうよ。閻魔をワシも悪し様に言ったが、あいつの裁きには一貫性があると思っておる」
コマはしみじみと言った。
「お主を助けたのは、ワシのせいで命を奪われてしまったことに対する贖罪じゃ。お主の咎を見逃しているわけではない」
「嘘はいけねえってことくらいわかってるさ。でも地獄に堕ちるほどのことなのか?」
慎一は閻魔の一貫性について疑問を持っている。
「閻魔の裁きに正しい、間違っているなどという倫理感は持たぬことじゃ。閻魔の定めは閻魔が決める。定めに一貫性があるのは事実なんじゃよ」
慎一は肩をがっくりと落とした。
「まあその挙句親より先に死んじまったしな。オレも石を積んでみるかな」
「止めておけ」
厳しい表情でコマは言った。
「えっ、なんで」
「バカ者! 閻魔が下していない贖罪をやればお主、永遠に輪廻転生することなど叶わぬぞ⁉ それでも良いのか!」
「お、おぅ、悪かった」
慎一は詫びた。
「おい、風戸慎一」
声しか聞こえなかったが、忽那が来たようだ。
急に辺りが暗くなり、体感温度が急に下がると強い風も吹いてきた。
石を積んでいた子供も、子供の石を崩していた鬼も、船頭の鬼もみんな蜘蛛の子を散らすように一気に四散した。
「お出まし、かのぅ?」
「ああ、そのようだな」
慎一は印を結んで軍荼利明王に変化しようとした。
「よくここまで来れたな。まずは褒めてやろう」
「へっ、それは有難迷惑だね」
慎一は変化を止めて、姿を見せない忽那に向かって言い返した。
「ここは、俺様の領地みたいなものだ。さっきのように貴様の好きなようにはさせん」
忽那はドスを利かせた声で慎一を恫喝した。
「ああ、お前にはもう一回痛みを体で覚えてもらおうか」
慎一は忽那の恫喝を物ともせず応酬した。
刹那、熱源がーー闘騰気がーー超音速で迫ってきた。
今や闘騰気は慎一にとって恐るるにたらぬ物だ。明王への変化なしで簡単に躱して見せた。
「ズウウゥウン!」
背後の賽の河原で闘騰気は弾けて派手に河原の石を四散させた。
「おい、忽那! もうその火の玉みたいなのは、オレには効かねえぜ?」
サキは、
「さあ式神さん、お仕事よ!」
と言って掌の上に置いた二十枚ほ式神を息を吹きかけて飛ばすと、式神達は命が宿ったがの如く動き始めた。
「やはりお前の仕業か。小娘」
忽那の怒りはサキに向いている。
いつものサキなら、また怖気づいてコマの陰にでも隠れていたことであろう。
しかし今回はどうだ。
サキはしっかりと両の脚を地面に踏ん張らせて忽那に対しても闘う姿勢を見せている。
視線はしっかりと忽那をロック・オンしている。
それを見てコマは頼もしくなったものだ、と内心で感心していた。
「忽那さん! 覚悟して!」
式神を操ろうとサキは両手をオーケストラの指揮者のように動かした。
「忽那には『さん』付けしなくても良いんだぞ?」
横で笑いを堪えて慎一が言った。
「あ、そっか」
と照れ笑いして舌を出すサキ。
式神たちは次々と腕にあたる部分を牛刀のように硬化させ忽那に襲い掛かる。
何体かは闘騰気で撃ち落とされたが、何体かは忽那を斬りつけた。
待っていましたとばかりにコマは化け猫となり、また亜音速まで加速してジグザグに忽那の背後迫った。
両腕をクロスして忽那の背中をX状に切り裂いたのだ。
「致命傷までは行ってねえみたいだが、随分と傷んでるじゃねえか。忽那。オマエはそんなもんか? そうじゃねえだろうが!」
肩で息をしている忽那に向かって慎一は挑発を続ける。
痛みから短く咆哮した忽那は、
「貴様ら、ここをどこだと思っていやがる」
眼光は鋭く慎一を射抜いている。
「煉獄だろ。それがどうした」
慎一が答えると、
「煉獄では、俺様を甘く見るなと言っているのだ」
と忽那は言うと、式神とコマの攻撃で受けたはずの傷が瞬時に治癒してしまったのだ。
たじろぐ三人。
「はっはっはっ」
忽那は勝ち誇ったように高らかに笑った。
「地の利、ってことかよ」
「そのようじゃな」
慎一とコマがそう言葉を交わすと、サキは、
「瑠璃光が!」
と叫んだ。
「サキ、瑠璃光がどうしたんじゃ?」
とコマが聞くと、青ざめた顔をコマに向けて、
「盗まれてアタシもう使えない」
と言った。
あの治癒力はサキの力を掠め取ったものだったのだ。
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