第35話 煉獄へ

「コマ、何やってんだ?」

 慎一は元紀に憑依した状態で東京科学工科大のキャンパスに戻ってきた。


「おい、お主どうしたんじや?」


「え? ああ、訳あって元紀くんにこうやって憑依してんだよ」

 慎一は元紀に憑依している事を忘れていたほど元紀に馴染んでいる。


「こちらは例の先生と助手さんだね? 改めて初めましてだね。あんた達の目の前にいるのは『川上元紀』君だよ」

 マリー=テレーズは元紀を見て直ぐに顔を赤らめた。


(あら、この人めちゃくちゃ私の好みだわ! 年下かしら…)

 マリー=テレーズにとって、川上 元紀は好みの真ん中ストライクなのだ。


「私は道足恭代よ。この大学の助教授をやってるわ。こっちでサカリがついてるのはマリー=テレーズ・ジュネ、24歳よ」


「先生、私盛さかってなんていませんし、年齢も違います!」

 道足は顔を真っ赤にして抗議するマリー=テレーズを無視して、


「あなたさっきいた仏像になってた人? 普通の人に乗り憑れるのね?」

 と感心しきりで聞いた。


 因みにマリー=テレーズはポスドクの24歳で間違いない。乙女心は難しい。


「仏像というよりそのモデルの明王らしいよ。で、この川上くんとオレは瓜二つでね。何かと便利っちゃ語弊があるけど憑依してんだ。」

 マリー=テレーズはそれを聞いて


(わあ、私の好みが二人も!)

 と、益々興奮している。


「なんであなたは蛇やらカラスやらと闘うのよ? 今さっきだってなんかずいぶん強そうな人と闘ってたじゃない?」

 慎一は答えた。


「成仏出来なくてね。そしたら色々俺を地獄に連れて行こうとする化け物が襲ってくるんだよ。因みにさっきアンタが言ってたカラスは、今仲間だぜ」

 道足が正直に話す。


「私たち、霊科学を研究しているの。あなたたちを映し出したE.G.o.I.S.T.も研究装置なのよ。研究対象として協力してくれないかしら?」


「悪いがオレ達にはアンタの研究に付き合っている余裕がないよ。さっきも言った通り変な化け物に追いかけまわされてるんだって」

 道足は条件を出す。


「どんな事をしたら協力してくれる?」


「いや、そんなの別にないし協力は出来ないよ」

 沈黙で道足の歯軋りが聞こえるかのようだった。


「そう言えば、有紀殿はどうしたのじゃ?」


「おお、その事なんだけど忽那の野郎、有紀を抱えて煉獄に逃げやがったんだ」

 コマは驚いた。


「なんじゃと? それはまずいのう」


「何か手立ては無いのか?」


「私に案があるわ!」

 道足が自信満々に言った。


「その忽那をあなたが追い詰めたからそうなったんじゃないの?」

 慎一は答える。


「そうかもしれねえけど、アレはおれのミスだ。追いかけた先に有紀がいる事を頭に入れておくべきだった」


「つまりあなたに恐れをなしてあなたが来れない所に逃げたのよ。その忽那、っていうのは何なの? 元は人間でしょう?」


「ああ、そうじゃ」

 コマが答えた。


「煉獄というのは、私の知っている限りいわゆる下界とあの世を結ぶ世界よね? 死者だけが行ける世界…」


「もしやとは思うが、お主変なことを考えてはおらんじゃろうな?」

 訝しげにコマは返した。


「そのまさかなんだけど、誰かが ーー 私でも良いわ ーー 仮死状態になって、その霊魂に掴まっていけば行けるんじゃないかしら?」


「馬鹿なことをいうでないぞ、道足殿。簡単に仮死状態などは作れぬのじゃ! 下手をすればこの世には戻れぬぞ!」


「あら、自分の極めたい学問に殉ずるのも研究者として本望だわ」

 道足はふざけているようには見えない。


「しかし、お主はその『エビでんす』を示さねば認められぬのじゃろう?」

 道足は少し黙った。


(やっぱり少し考えが足りない人なんだな。この人)

 慎一がそう思うのも束の間、道足は大声を上げて、


「あなた達の誰かがこのE.G.o.I.S.T.を持って…」


「先生?」

 マリー=テレーズが口を挟んだ。


「何よ! 私がせっかくナイスアイデアを披露しているのに!」


「電源どうするんですか? 馬鹿なんですか?」


「マリー=テレーズ!! 馬鹿とは何よ! 馬鹿って言う方が馬鹿なのよ!」


「仕方ないですね! 長持ちはしませんが、この小型のキャパシタを持っていってください。持って60秒です」


「一分あれば十分よ!やればできるじゃない」

 コマはニヤニヤして二人のやりとりを眺めている。


「なあ、コマ、この人達にはもう関わらない方がいいんじゃねえのか?」

 慎一は心配顔で聞く。


「まあ、ワシは少し付き合ってやってもいいぞ」


「誰得なんだよ。それにこの人達心配だよ」


「それはそうじゃが…」


「それにさ、あと少しで俺の一回忌じゃんか。そこに有紀がいないって、マジでやばくないか?」


(それについてはこの八咫烏に任せて欲しい)

 八咫烏か口を挟む。


(これで、どうだ?)

 慎一もサキも、そしてコマまでも驚いて目を見開いた。


「有紀殿か!」

 コマは叫んだ。


「おい、マジかよ? 八咫烏お前変身できるのか?」


(見た通りだ。この俺様がかわりに有紀とやらの代役を立派に務めてやる)


(カラスさん、女の人なんだからそうやって股開かないで!)


「一抹の不安はあるが、選択肢はないようだな。先生、俺を煉獄に連れて行ってくれ! 頼めるか?」


「この道足恭代に不可能はないわ!」


「先生?」


「何よ!? この盛り上がりに水を差さないで!」


「どうやって仮死状態になるんですか?」


「え?」

 やはり、考えが足りていない道足であった。


(シン兄、それはアタシにやらせて。)

サキが提案する。


「多分、式神でなんとかなると思うの」

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