第13話 憑依

「なるほど、似ているわい」

 元紀をまじまじと見ながらコマは感心したように呟いた。


「俺もビックリしてるさ。他人の空似っていうのは本当にあるんだな」

 慎一も、他人事のように感心している。


「シン兄、この人本当にシン兄の弟とかじゃないの?」

 やはり目を丸くして驚きを禁じ得ないサキが慎一に聞く。


「さっきコマにも言ったけど、俺には兄弟はいないよ」


「へー。そうなんだ」

 ようやく元紀を探し当てた慎一だが、何をしたいのか自分でも分からなくなっていた。

 コマが見透かしたように、


「お前さん、勢いでこやつを見つけ出したのはいいが、何をしたら良いか見当がついておらんようじゃな」


「ああ、なんだかどうでもよくなってきた」

 投げやりに慎一が答える。


「何て言うか、その、この人に、有紀の面倒を見てもらいてえなってちょっと思ったんだよ」

 少し驚いて顔を見合わせるコマとサキ。


 サキは少し怒って、


「シン兄、バカじゃないの?そんなこと女の人が喜ぶわけないよ? 誰でもいいわけじゃないじゃん。この人はシン兄の代わりにはならないんだよ?」

 と強い口調で言う。


 慎一もバツが悪そうな顔をしながら、


「うまく気持ちっていうか、考えがまとまってないんだ。今の取り消すよ」

 と絞り出すように話した。


「俺が勝手に死んじまって有紀を遺してしまったから、なんとかしてやりてえんだけど、声も伝わらない、抱きしめてもやれない。護るなんてもってのほかなんだよ? こんな無力なんてやってられねえ」

 どこまでも自己嫌悪に陥ってしまう。


 コマが助け舟を出す。


「お主、こやつに乗り移るか?」


「え?今なんて?」


「乗り移ったらどうじゃ?」


「そんな事が出来るのか?」


「できるぞよ」


「それを早く言えよ! クソ猫!」


「随分な口の聞き方じゃな。さっきもこの話はしたじゃろうに。忘れたのか。お主。まあ、いいだろう。ワシがこの事にあまり乗り気がしなかったのはな…」


「な、なんだよ、勿体ぶりやがって。早く教えてくれよ」

 思わせぶりなコマに続きを促す慎一。


「お主がこの男に憑依、つまり乗り移ること自体はそれほど難しいことではないのじゃが、憑依した後お主がこの男を御することはかなり難しいぞよ?」


「一体どういうことだ?」


「まあ、やってみるがよい」

 コマは元紀への憑依を勧めた。


「おお、で、どうやってやる?」

 慎一はコマの無案内さに内心イライラしながら憑依の方法について尋ねた。


「ヤツの心の蔵をめがけて飛び込むのじゃ。さあ、やって見せよ」

 自信満々にコマは言い放つ。


「心臓めがけて飛び込む、か」

 眉間にしわを寄せ、半信半疑に独りごちる慎一。


「ええい、ままよ!」

 と言って慎一は隊員たちが食べ終わった食器の洗い物を運ぼうとしているを元紀の正面に立ち、左胸の方をめがけて腕を伸ばし、両手のひらをくっつけて水泳の飛び込みよろしく突進し、飛び上がった。


「意識」としての存在の慎一の姿は消えた。


 その刹那、


「ガッシャーン‼」

 とけたたましく音を立て、食器が床に落ちて四散した。


「おいおいおい、元紀、何やってんだ!」


「だれか箒と塵取りもってこい!」

 次々と隊員たちが元紀が落とした食器の後片付けを始めようとすると、元紀の近くにいた放水長の亀石が、


「おい、元紀? 大丈夫か?」

 自分のしでかした事を傍観してボーッとしている元紀を心配しながら叱責を始めた。


「何やってんだ、お前、人にやらせてどういう了見なんだ? 早くお前も片付けろ!」

 しかし元紀は動かない。


 亀石は顔を真っ赤にして、


「この野郎!」

と叫び、元紀の日に焼けた筋肉質の右腕で胸倉を捻り上げた。


しかし、身長180㎝を超える元紀と、五分刈りのゴマ塩頭である160㎝台の亀石のこの姿は少々ミスマッチである。


 この時、元紀の中では、亀石やほかの隊員が考えもつかない事態が起こっていたのである。


「えっ、あなたは、か、風戸さんですよね?」

 実世界でフリーズした元紀の体の中では、慎一がそこにいる。


「君は僕を助けようとしてくれた救急隊の人だね?」


「ええ、でも助けることができませんでした。申し訳ありませんでした」


「はは、何を謝ることがあるんだ?君のせいじゃない。僕は昨晩あの場所で死ぬ運命だった。それだけのことだよ」


「しかし、」


「しかし、なんだい?」


「人の命を救う仕事をしていて、そうできなかった事については、仕方ない、なんて割り切れるわけじゃありません」


「そうやって、何人もの人を見送ってきたんだろう?その人たちのことを今でも悔やんでいるのかい?」


「ええ、ひと時たりとも忘れたことがない、なんていうことはウソになりますが、ちょっと時間ができて独りでいると思い出すことがあるんですよ」


「君は真面目なんだね」


「それが取り柄ともいわれますが、あまり褒められた気分には・・・いえ、聞きたいんですが、風戸さんは何故『ここ』にいるんですか?」


「ああ、クソ猫がな、俺が事故を起こした原因をつくったボケ猫なんだが、随分と昔から生きながらえている化け猫なんだと」


「はあ、自分には見えませんが・・」


「今君の周りにはすでにこの世の者ではないのが俺を含めて3人?、いや、2人と1匹いるんだ。ただし、あの猫は君の前に姿を現そうとしたければできるようだけどね」


「そうなんですね。それで風戸さんはなぜ僕の中に入ってきたんでしょうか。亀石さん、あ、この怒っている人なんですけどどうにかしないと困ります」


「病院に駆け付けてきた女の人がいただろう?」


「え、ええ。風戸さんの婚約者、と聞きました」


「ああ、有紀っていうんだ。結婚式の打ち合わせをしていた。弟と一緒にね」


「・・・」


「弟は航輝っていうんだが、いい奴でね。俺に弟はいないんだが、本当の弟のように思っていた」


「弟さんを送っていった帰りだったんですね?」


「そうさ。光輝を乗せているときじゃなくて良かったよ」


「そうですね」


「それでさ、君に頼みがあって」


「はあ、その前に自分の頼みも聞いてくれますかね?」


「え? あ、ああ。亀石さんを何とかしないとね。はは」


「そうですよ」

 慎一は一旦元紀の体から出ることにした。


 コマは教えてくれなかったが、元紀の意識の向こうに光が見える。元紀を通り過ぎて光の中へまるでドアを開けて出るように出て行った。



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