お手伝いをしよう! 2

 ディメさんが向かったのは、一軒の古びたお家。


ツボや彫刻など色々なものが置かれていました。

ここは「こっとう屋」というお店らしいです。

他にも絵やお人形、何かの生き物の骨などが置いてありました。


ディメさんが店の入口をくぐると、わたしもおっかなびっくりしながら中に入りました。

中には味噌の外に置かれていた以外にも、不気味なものがたくさん置かれていました。

瓶詰めの目玉の側を通れば見つめられた気分になりましたし、見たこともない生き物の剥製なんかは、今にも襲い掛かりそうな迫力がありました。

わたしは重いカバンを持ちながらそそくさとその場を後にしました。


お店の奥の扉には「従業員専用」と書かれていましたが、ディメさんは御構い無しにドアを開けて中に入って行きました。

わたしもその後について行きます。

その部屋にはお店の外や中よりも物で溢れかえっていました。


その部屋の中央にテーブルが一つと、椅子が二つ…テーブルを挟むようにして置かれていました。

そのうちに一つの椅子に誰かが座っていました。

白い髪の毛のおじいさんが腕を組んで座っていました。

ディメさんがおじいさんに声をかけました。


「来たぞ」


すると、おじいさんも口を開きました。


「時間通りじゃな」


ディメさんはテーブルに近づくと、椅子を引いて座りました。

わたしはその近くでカバンを足元に置いて立ち止まりました。


「…その子供は?」


「ただの荷物持ちだ…気にするな」


おじいさんはわたしの顔を見ていましたが、視線を逸らすとディメさんの方を見やりました。

そして自分の背後の棚から椅子に座りながら何かを取り出すと、静かにテーブルの上に置きました。

それは黒っぽい色をしたツボでした。

とても古い物のようでした。


「そいつが例のもんか?」


「そうじゃ…大昔に使われたという『蠱毒の壺』じゃ」


「使用済みか?」


「流石に未使用品は見つからんかったわい…でも、こいつのかけられた封じの呪いもこれ本体もは新品同様じゃぞ?」


「なら、値下げの交渉の用意をしないとなあ」


「ヘッヘ…御宅、ケチって言われてませんかねえ?」


「よく言われてるよ」


わたしの知らないことでお二人が話しています。

コドクって一体何のことでしょうか?

わたしが首を傾げていると、それに気がついたディメさんがこちらに上半身を向けて説明してくれました。


「蠱毒ってのはな、壺の中に毒を持った虫とかいろんな生き物を詰め込んで、中で戦わせて強い毒を作り出すっていう一種の呪いみたいなもんだ」


ディメさんは視線を壺に戻しながら、続けました。


「おまけに今回探してもらったこいつは特別でな。魔物を小さくしてこの中に封じ込めて虫とかの代わりに使うことができるのさ」


ツボの中に生き物を閉じ込めて戦わせる様子を想像して、わたしは少し怖くなりました。

あのツボの中に怖い生き物がたくさん入っていたと考えただけで、ツボから近寄り難さを感じました。


ディメさんは椅子の背もたれに体を預けながら、壺を眺めていました。


「…ただ、気をつけないといけないのは、虫みたいなろくな知性もない生き物を扱う分には特に注意は無いが、魔物みたいな力も強くて知性があるようなやつを入れるときは注意しなけりゃいけねえ」


ディメさんはツボから、目の前に座るおじいさんに視線を移しました。。

その眼はツボ越しに油断なくおじいさんを睨みつけていました。




「特に、実体の無い魔物対応の支配の術を施していない物に、霊体系の魔物を入れちゃあいけない。…いつまでこの茶番を続ける気だ?」




ディメさんがそう言い放つと、おじいさんの肩が細かく震え出しました。

徐々におじいさんの顔が歪んでいき、大きな声で笑い出しました。

その笑い声は、たくさんの声が合わさっているかのように聞こえ、部屋の中に響きました。


「ヒヒヒヒヒヒ…いつから気づいていた…?」


「部屋に入る前から、こうなってねえかと予想はしてたが、まさか予想が当たっちまうとはねえ…」


おじいさんが顔を真上へと向け、その口が大きく開かれました。

口から勢いよく煙のようなものが吐き出されました。

モクモクと天井を漂った煙は、徐々に集まっていき、人のような形になりました。

女性のような姿をしたそれは痩せていて、骨と皮だけのように見えました。

それは、お化けでした。

とても怖いお化けです。

わたしは怖すぎて気絶しそうになりましたが、なんとか意識を保って逃げようと後ろにあるドアに向かい、ドアノブを回しましたが、一向に開きませんでした。


「ヒヒヒ…壺の中で他の魔物の連中を食ってたところを、このジジイが蓋を開けちまったんだよ。ま、おかげで外へ出ることができたがね!」


「そのまま壺の中にいてもよかったんだぞ?」


「誰があんなとこに戻るものか!それよりもあたしゃあ、外の世界で好きに暴れてやるのさ!手始めにあんたらを食ってやろうかねえ!?」


ディメさんは椅子から降りて立ち上がると、宙に浮くお化けを見上げました。


「たかがゴースト系モンスターが偉そうに…今壺の中に戻って大人しく蠱毒の材料になるってんなら殺さないでおいてやる」


そうディメさんが言うと、お化けは高笑いをあげました。


「私を殺すってえ!?実体の無いわたし相手にどうするってんだい!?指をくわえて大人しく私に食われちまうがいいさ!」


そう言うと、お化けはディメさんに向かって天井から飛び込んできました。

お化けの煙のような手からは、鋭い爪が生えていて、その手で切り裂こうと腕を突き出していました。

わたしは目をつむってその場にうずくまりました。




ガキィン!!




…十数秒が経ちましたが、一向に叫び声も、ディメさんが食べられてしまう音が聞こえてきませんでした。

恐る恐る目を開けてみると、立っているディメさんの背中が見えました。


ディメさんはいつの間にか持っていた持ち手のついた黒い杖で、お化けの爪を防いでいました。

爪と杖の間からは火花が散っていて、金属のこすり合うような音も聞こえてきました。


お化けは後ろに飛んでテーブルの上に浮かび上がって、ディメさんと距離をとりました。

その顔には驚きの表情が浮かんでいました。


「な…!?どうやって実体の無い私の攻撃を防いだんだい!?」


「…本来なら教えたりはしないが、今回はギャラリーもいることだし特別に教えてやる」


ディメさんはため息を吐きながら、ズボンのポケットからビニール袋のようなものを取り出しました。

透明な袋の中には、白い粉状の物が入っていました。

その袋の口を開けて手を入れると、すくい上げるようにして粉を掴みました。


「『原初の海』…あらゆる生物が存在し、全ての生命が生まれたとされる特別な海…そこから取れた特別な塩だ」


ディメさんはその塩をお化けへと投げつけました。

すると、塩を被ったお化けは苦しそうにその場で暴れ出しました。


「うぎゃあああああああああ!!?」


「生命エネルギーが凝縮された塩だ。霊体屍人にこいつはよく効く」


お化けが苦しんでいるのを見ながらディメさんが指を鳴らすと、その背後にドアが現れました。

そのドアが徐々に開き出しました。


お化けは苦しそうに顔を掻き毟ると、憎々しげにディメさんをにらみました。

その顔は怒りで歪んでいました。

お化けは怒りで体を震わせると、ディメさんへ向かって突撃して行きました。


ディメさんへとその鋭く尖った爪が向けられると、背後に控えるドアが完全に開ききりました。

その瞬間、ディメさんは袋に入った塩を空中へばらまきました。




扉から腕が突き出てきました。


空中に巻かれた塩が腕の周囲に集まり出し、いくつかの白い塊になっていきました。


突き出されたが手が、人差し指と中指以外を折って指先をお化けへと向けました。



指先が上へと跳ねあげられると、塩の塊がお化けへと向けて弾丸のように飛んでいきました。


塩の塊がお化けへとぶつかると、そのまま塩の塊はお化けを通り過ぎていきました。

お化けの後ろの壁に塩で穴が空いてしまいました。




よく見ると、お化けの体に穴が空いていました。


徐々にその姿が薄くなっていきました。


「ば…馬鹿な…!?し、塩ごときで、このあたしが…!!」


お化けはそう言い残して消えていきました。





「ソル、感謝する」


ディメさんがそう言って指を鳴らすと、ドアから飛び出ていた腕は中に引っ込んで、ドアは閉じられてそのまま消えていきました。

わたしはその様子を口を開いたままぽかんと眺めていました。


ディメさんは倒れているおじいさんに近づくと、そのほおを軽く叩きました。


「おい起きろ、全く…問題を起こしやがって」


「んにゃ…わしゃあ一体何を…」


「てめえが持ち込んだ物品にてめえが害を受けてちゃあ世話無いぜ」


ディメさんはそのまま床に座るおじいさんと少しお話をすると、テーブルの上のツボを手に取りました。

それを持ってわたしの方へと近づいて来ました。


「鞄だせ」


「は…はい…」


わたしは慌てて近くに置かれていたカバンを手に取りました。

そのカバンをディメさんへと差し出すと、ディメさんは簡単に持ち上げてテーブルの上に乗せました。

わたしじゃ頭の高さまで持ち上げられないくらい重いカバンを、あんなに軽々しく持ち上げるだなんて…

すごく力持ちなのでしょうか…?


ディメさんがカバンを開けて、その中にツボを入れると、底が無いみたいにスルスルと入っていきました。

一体どうなっているんでしょうか?

ツボをしまってカバンを閉じると、ディメさんはカバンをわたしに渡しました。

そのカバンを受け取ると、腕に重さが一気にのしかかって来ました。

カバンが音を立てて床とぶつかってしまいました。

ディメさんが冷たい目で見下ろして来ました。

わたしはドキッとしながらうつむいてしまいました。










お店の外に出ると、太陽の光がわたしたちを照らしました。


先ほどのお化け騒動が嘘のようでした。


「助けた礼にかなり値引きできたからな…浮いた金で昼飯はいいところで食うか」


ディメさんは腕時計を見ながらそう呟きました。

その間、わたしはお店の前の通りを眺めていました。

通りを歩く人たちは、わたしたちをチラリと見ることはありましたが、あまり気にすることなく通り過ぎていきます。


「…ディ、ディメさん…」


「ん?なんだ?」


「ど…どうして…周りの人は…」


ディメさんは数回瞬きをすると、納得がいったように右手の握りこぶしで左手のひらを軽く叩きました。


「ああ…俺の姿がなんで人間に見えてるのか…か?」


わたしはうなずきました。


さっき通りでわたしが男の人に捕まってしまった時に、男の人はディメさんを「黒髪黒目」と言っていました。

けれど、わたしにはディメさんは黒い肌の一つ目の人じゃないものに見えます。


「元の姿を元にして作った人の姿に見える、魔法のかかったペンダントを身につけているからな…」


そう言いながらディメさんは首元から黒い石のはまった銀色のペンダントを取り出しました。

宝石には白い目のマークが描かれていました。

わたしがそのペンダントをジッと見つめていると、ディメさんが首を傾げながらきいてきました。


「…欲しけりゃ、お前の分も用意してある」


「あ…えと…その…」


「…」




…わたしは、自分が人間っていう記憶を持っていますが、鏡を見ればそこには人ではない白い動物と人間を合わせたような生き物が映ります。

その姿を見るたびに、わたしは違和感と、本当に自分が人間だったのかと自分自身を信じることができなくなってしまいました。

でも…もしそのペンダントをつけたら、わたしの人間の頃の姿がわかるかもしれない…

わたしはそう考えていました。


「…お前の考えてることは大体わかる…だが、写真や鏡で見ても、俺ら悪魔や自分自身だと元々の姿しか見えない」


ディメさんがそう言ってペンダントをシャツの中へとしまいました。


「それに、ペンダントの力で見える人間の姿が元の姿とも限らん」


「そう…ですか…」


わたしは残念に思いながらうつむきました。

すると、頭をディメさんに撫でられました。


「そう落ち込むな…いいところに連れてってやるよ」


ディメさんはそう言いながら通りを歩いて行きました。

わたしは撫でられた頭を両手で押さえていましたが、慌ててカバンを持って、その後をついて行きました。



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