閑話 2:ここは天国それとも地獄

 太陽の光が容赦なく照りつける。


澄み渡るような青い空、日光で光り輝く白い砂浜、命溢れ煌めく青い海。


ここは南国。


都市がある大陸からは遠く離れた小さな島。

自然豊かで何者にも縛られることがない、まさに楽園。

動植物は生き生きとし、その鳴き声も笑っているかのように聞こえてくる。


そんな南国の島、誰も泳いでおらず日光浴もしていない砂浜に一人の人影が。

アロハシャツに短パンを履いた男が、ウクレレを弾きながら歩いていた。

肌は濃い灰色で、頭からは黒い角が生えていた。



彼の名は、”火山の悪魔”ヴォルケイノス。

略称はヴォルケ。


ここ数十年、この島を拠点として生活している。

朝は鳥のさえずりとともに目覚め、昼は砂浜でパラソルの下でうたた寝。

夜は酒場で酒を飲みながら島の住人と語り合い、夜風を体に浴びながら眠りにつく。

そんな日々を過ごす中で、次元の悪魔ディメの仕事を手伝ったり、他の悪魔と旅行に行ったり…


ヴォルケは日々を楽しんでいた。

しかし、そんな彼にも一つ不満に思っていることがあった。

親友がいないことであった。

彼女もいなかった。

島の住民との仲は良かったが、それでも親友と呼べるほどの中のいい間柄の者はいなかった。

孤独では無かったが、代わり映えのない日常にも飽きつつあった。


今日も今日とてウクレレを弾きながら、ここら辺をマグマの海にでも沈めたら楽しいかな…などと考えながら、砂浜を散歩していた。





…にしても暇だなあ…。

ディメからの仕事もこないだしたばっかだし…

悪魔仲間と飲みに行こうか…

でもあいつらこないだ金欠だっつってたしなあ…


ディメに頼んで金でもせびろうかな…

…でもあいつケチだからなあ…


そんなことを考えながらブラブラ歩いていると、視界の端に何かが映った。

白い砂浜とは違った白い物が波打ち際に海藻などの漂着物と一緒に流れ着いていた。


布かなんかかと思いながら近づいてみた。

…それは人だった。

いや、人の形はしていたが、性格には人では無かった。


頭にが半分に割れた光輪。

白いパーカーにゆったりとした黒いズボンを履いていた。

うつ伏せのまま寝転がっていたが、微かにうめき声のようなものが聞こえてきた。


「なんだ?天使でも空から海に落っこちたのか?」


興味本位で近づいてみると、小さな声で何かを呟いていた。


「ん?よく聞こえねえな…何言ってんだ?」


ヴォルケは倒れている男の、フードをかぶった顔の近くに顔を寄せた。

男は何かを呟いた…


「…は…」


「は…?」




「…腹痛い…」


「…はい…?」












 島の唯一の小さな酒場。

その四人席に対面する形で二人の男が座っていた。


「にしても、こんなところで同族に出会うとは思わなかったぜ」


「…俺もだ…」


「で?あんた確か前に飲み会で見たことあるぜ?光の悪魔の…明光だろ?」


黄色いアロハ姿の悪魔と白パーカーを着た悪魔が、酒を飲みながら向かい合って座りながら話していた。

ヴォルケはニヤニヤ笑いながら、明光と呼ばれた光の悪魔はふてくされながらソファに身を埋めていた。


「何であんなとこに漂着してたんだ?」


「…俺は、光の悪魔だ。豆電球の明かりから、太陽の光まで…あらゆる光を取り込みエネルギーとすることができる」


そう言いながら自分の手を見つめると、明光はため息を一つついた。


「…この世界には、ディメに言われてお前に会いに行くためにやって着たんだ。連絡係として、な」


「え?別にディメならドア一つで俺のところまで来れるだろ?」


「…あいつはお前の鍵を座標移動先に設定してたんだ…その鍵をディメの家に忘れてたんだよお前…」


そう言いながら明光はズボンのポケットから小さめの鍵を取り出すと、ヴォルケへと投げ渡した。

ヴォルケは鍵を受け取ると、鍵に通してある紐に指をかけて、ぶら下げながら眺めた。

鉄製のその鍵はどこかの家の鍵にしか見えなかったが、これはディメは作り出した貸出用の次元転移の鍵だった。


この鍵を使うことで、他の次元や世界へと行くことが出来る。

しかしあくまで貸出用なので、決められた場所にしか行くことが出来ない。

また、ディメはその鍵を転移先としてドアを開いて移動が出来る。


「なんだよ、あいつこの島を転移先に設定してなかったのかよ…通りであいつが来る時は俺のすぐ近くに現れると思ったよ」


ヴォルケがテーブルに頬杖をつきながら酒場の天井を見上げた。

コップの酒を一口飲みながら、明光はヴォルケを睨んだ。


「返したぞ。以後忘れないようにな」


「それでなんでお前は倒れてたんだ?」


ヴォルケが明光に質問すると、明光はそっぽを向いてしまった。


「…腹が痛かった…」


「…で?」


「…胸が苦しかった…」


「…」


「…この島へ行くのに海の上を飛んで来たんだが、その時に太陽の光を吸収し過ぎた…」


「…つまりは食べ過ぎで腹を壊して胸焼けになってたってわけ…ね」


ヴォルケがため息をつくと、明光はピキリと眼を歪ませた。


「…全く、なんでお前はこんな地獄で暮らしてるんだ。全くもって理解できないね」


明光は突き放すようにして言った。

ヴォルケはそれを聞いて、信じられないと言った風に一つ目を見開いた。


「地獄ぅ!?何言ってんだ!」


ヴォルケは手元の酒瓶を掴むと、一息に飲み干した。

瓶を荒々しく音を立ててテーブルに置くと、酒臭い息を吐きながらまくし立てた。


「綺麗な海!砂浜!雲ひとつない快晴!自然豊かで動物も沢山!うまい果物も沢山!うまい魚も沢山!美味い料理に酒!空気も美味い!」


大声で明光に叫ぶヴォルケ。

顔の近くで叫ばれながら唾をかけられる明光。

そのフードの中の陰で黒くなっている顔に青筋が立つ。


「そんで何よりも…この島には火山があるのさ!!」


そう言いながらヴォルケは酒場の窓の外を指差した。


そこには、ジャングルの先にそびえ立つ山々。

その中でも特に大きな山。


草木も生えず、黒っぽい岩肌が剥き出しになっている巨大な火山。

火口からは薄っすら煙が吐き出されている。

見た通りままのThe・火山、だった。


「おまけのここいらの海域には活火山の地下山脈が通ってるんだ!そのおかげで俺は毎日元気一杯!活力満々!性欲ギンギン!」


「何の話だ」


「要するにこの島は俺にとってのパワースポット!人間で言うところのマイナスイオン満載ってわけさ!おお!我が天国よ!」


ヴォルケはテーブルに足を乗せて腰に手を当てて構えた。

それを明光は冷めた目付きで見ていた。


「パワースポット…ね…こんな太陽の光が照りつける場所が天国ねえ…太陽光の浴びすぎで頭が馬鹿になったんじゃないか?」


「あ゛あん!?」


ヴォルケは顔がくっつきそうな程に明光に顔を近づけた。

一つ目で三つ目の顔を睨みつける。

三つ目が一つ目の顔をを睨み返した。

明光は視線を外すと、溜息をついた


「はあ…付き合ってられん…俺は帰る」


「はあ?話はまだ終わっちゃ…」


明光は席を立つと、酒場の出口のドアを開けた。


雷鳴。

ザブザブと大きな音を立てながら大雨が大地に降り注いでいた。

おまけに風も建物を揺らす程に吹き付けた。


「あちゃー…ゲリラ豪雨だな。こりゃ当分は外に出れんわ」


「…」


明光は雨にも構わずに外に出た。


「は!?おいおい!こんな雨の中空飛んで帰るつもりか?」


「こんな雨ごときに足止めされてたまるか」


明光はそう言い残すと、酒場から出て行った。

その後ろ姿をヴォルケはテーブルに頬杖をついて眺めていた。

激しい雨の音が部屋の中にも響いてきた。












数時間後、雨が止んだ島の浜辺をヴォルケは歩いていた。


「あいつちゃんと帰れてっかなあ…」


ウクレレを鳴らしながら海を眺めて歩いていると、視界の端に見慣れた白い物体が倒れていた。


「…何やってんだお前…」


ヴォルケは頭に昆布を乗せながら倒れている明光に声をかけた。

明光は何も喋らなかったが、その体が細かく震えていることから、寒いのか怒ってるということが分かった。









再び二人で酒場に戻ると、先ほどと同じ席についた。


「おっちゃん!ビール!瓶で2本ね!」


「あいよ」


酒場のマスターに注文すると、ヴォルケは明光の方へ顔を向けた。


「日中外を出歩けねえってんなら、夜に帰るしかねえな」


「はあ…こんなとこに閉じ込められるとは…」


「まあまあ!今日は俺が飯奢ってやるからさ!」


ヴォルケは楽しそうにテーブルに置かれたビール瓶を掴み、ラッパ飲みをした。

明光は窓の外を眺めながら、ヴォルケの話を聞き流していた。











酒場の外の海から激しい水しぶきの音が聞こえてきた。


その音は、明らかに何か異常が起きなければ起きないような音だった。

海中で爆発でも起きたか、それとも巨大な何かが落ちたか…もしくは出て来たか…


「んあ!?何事だ!?」


「地震…ではなさそうだな」


悪魔二人が酒場の外に出てみると、浜辺の方から巨大な水しぶきが上がっていた。

水中を何かが高速で動いていた。

島の住人も集まってきている。


「な、何だアレは!?」


「魔物か!?」


海の中から何かが飛び出して来た。


青い鱗に長い身体。

鋭い牙と目付き。

まるで龍のようなその姿。


「あ、ありゃあ…リヴァイアサンでねえか!?」


「な、何だってえ!?」


リヴァイアサンが吼える。

その咆哮で近くの簡素な家々が吹き飛んだ。

周りの人々は吹き飛ばされ、近くのものにしがみついていた。


「俺、確かこの前隣の大陸の港町でな、騎士団様に会ったんだ…」


「何で騎士団様がそんな田舎の港町に?」


「何でも、商船を襲う凶暴な海の魔物を追っ払うためにやって来たって言ってただ」


「じゃ、じゃあ…こいつはその騎士団様が追っ払った魔物ってことか…!?」


「なんてこった…あんなのに襲われたらみんな殺されちまう…!」


人々は恐怖で顔を染め、逃げ惑った。

しかし逃げ場などどこにも無い。

ここは孤島の南国、船で逃げようにも魔物が待ち構え、空を飛べる者もいない。

戦える者もいるが、あくまでも狩をしたりする程度のもの。

巨大な怪獣と戦える勇敢な人間など、この島に一人として存在しなかった。









「…ふーん、最強の生物リヴァイアサンに会えるだなんて運がいいな!」


「はあ…ただでさえ馬鹿がいるってだけで五月蝿いってえのに、余計なのが増えやがった…」


二人の悪魔が、浜辺で暴れるリヴァイアサンの前に立ちはだかった。

ヴォルケの体からは炎が燃え上がり、目はギラついていた。

明光は冷めた目付きでリヴァイアサンを眺めていた。


「どうする?俺は丸焼き一択だ」


「…好きにしろ、俺は見てる」


明光は数歩後ろに下がると、近くにあった大きめの石に腰掛けた。

そも様子を横目で見ながら、ヴォルケは手を合わせて骨を鳴らした。


「あっそう」


ヴォルケはニヤリと笑うと、首をコキリと鳴らしてリヴァイアサンの元へと足を進めた。


「さてさてお魚さん、今からしっかりと両面焼いて外パリ中フワの焼き魚にしてやるよ!」


ヴォルケの腕が熱を帯び、光り輝く。

腕をリヴァイアサンへと突き出す。


「くらえ!『熱波到来!』」


ヴォルケの腕から大量の炎が吹き出した。

その炎はリヴァイアサンの体を包み込み、全身を焼き尽くした…かに見えた。


リヴァイアサンの周りの海から海水が巻き上がる。

そのまま全身を包み込むと、ヴォルケの炎を全て消し去ってしまった。


「はあ!?思ってたよりも効いてねえな」


リヴァイアサンの体からは湯気が出ていたが、目立った傷は無かった。


リヴァイアサンは口を大きく開けると、口に魔力が集まり出した。

口の奥が輝き、光が解き放たれた。


青く白い光線が放たれた。

ヴォルケが横に飛んで避けると、先ほどまで立っていた場所の地面が抉れ、光線の到達した遠くの山が真っ二つにされた。


「げっ!?ありゃあウォーターカッターみたいなもんか!?」


「や、山が…!?」


「も、もうおしめえだ!!」


ヴォルケは憎々しげに目の前の怪獣を見上げた。

腕を組んで首を傾げて悩みだす。


「うーん…火と水じゃあ相性が悪い…こりゃあ他の悪魔を呼んだ方が良さそうだな」


ヴォルケはチラリと後ろで座る明光を見て、ジーッと明光の顔を見つめた。

明光はそれに対して、視線を外して遠くの海を眺めた。


「…手伝ってくれてもいいんだぜ?」


「何で俺がお前の、人間なんざ助けなければならんのだ」


「仲間なら助け合うのが世の常ってもんだろ!?」


「俺はあくまで仕事上なら助けるビジネスパートナーだ…プライベートまで他悪魔となんざ極力關たかあないね」


「ケチ!」


「ケチで結構!」


明光はヴォルケの顔のまじかまで顔を寄せると、三つの目玉で睨みつけた。


「手伝って欲しけりゃ、それ相応の利益を俺に示してもらおうか!」


「ぐぬぬぬぬ…」






リヴァイアサンが水の高圧ブレスであたりをめちゃくちゃにしていく。

建物は破壊され、地面は抉れてまともに歩けないようになってしまう。

島が崩壊するのも時間の問題だろう。


「オラこの海蛇野郎!これでもくらえ!」


ヴォルケが右手から炎、左手から溶岩を噴出させてリヴァイアサンに攻撃するが、その身に纏った水のバリアによって全て防がれてしまう。

おまけに、相手は余裕綽々と言った様子で徐々に近づいてくる。


その巨体が水中から飛び出すと、体に水を纏いながら浮かび上がった。

そのまま島の内部へと侵攻していく。


「くっそ!このままじゃ俺の楽園がぶっ壊されちまう!」


ヴォルケは地面を見つめながら、真剣な表情で考え込んだ。


「…こうなりゃこの島の火山を噴火させて、その力でこいつを倒すか…しかしそうなると結局島が滅茶苦茶になっちまう…一体どうすりゃいいんだ…!?」




明光は悩むヴォルケを座りながら眺めていた。


(…ここももう終わりだな。倒しても倒せなくてもここは滅茶苦茶。大勢が死ぬ)


明光にとって人間とはそこらの虫と同じ程度の認識でしかなかった。

この島だって、そこまで興味を持てないでおり、一つや二つ住めなくなったってどうとも思わなかった。

それをあそこまで頑張って何とかしようとするヴォルケの姿が不思議でならなかった。

一体何が彼をそこまで動かすのだろうか…全くもって理解ができないでいた。


明光は立ち上がり、帰り支度を始めた。


すると、明光のそばを通ってだれかがヴォルケの元に近づいた。

子供ずれの女性だった。

母親のようで、胸には赤ん坊を抱いていた。


「ヴォルケさん…島のために頑張ってくださって有難うございます」


「な…アリアさん!大丈夫だって!俺があんな蛇野郎さっさとぶっ倒しちまうからよ!」


ヴォルケは腕に力瘤を作るが、それを首を優しく横に振りながら、アリアという女性は静かに目を伏せた。

女性と悪魔の周りに人が集まって来た。

誰もが優しげな表情を浮かべながら、ヴォルケに感謝の言葉を伝えた。


「ここまで有難うな…こっからはオラ達が頑張る番だ!」


「何とかみんなで島の奥に逃げて、大人であいつらの気を引いて海まで誘導する」


「女子供は何としても守らにゃならん!」


「あんたも逃げてくんろ!」


一人の女性がヴォルケの手を両手で包み込むようにしてとった。


「しょ、食事処の…」


「…毎日毎日、この島のみんなを笑顔にしてくれてありがとね…私らのこと、忘れないでくれると嬉しいわ」


人々の心が一つになり、その光景はどんな芸術品よりも美しいものとなった。

明光はその光景をまぶしそうに目を細めて眺めていたが、ハッとしたように目を見開いた。


人々の体の、心臓の部分から光が溢れ出ているのを明光は見た。

その温かな光は、光の悪魔でである明光ですらそうそうお目にかかれるものではなかった。


それは、勇気と優しさが生み出す、この世で最も明るい光。




欲しい




明光はそう思った。

心の底から。









「おい、馬鹿火山」


明光はヴォルケへと早歩きで近づいていった。


「誰が馬鹿火山だ!火山馬鹿と言え!」


「何でそうなる…それよりもだ」


明光は親指で後ろで暴れるリヴァイアサンを指差した。


「俺があいつを殺してやる」


ヴォルケは訝しげに、リヴァイアサンから明光へと視線を変えた。


「…どういう心変わりだ?」


「代わりに、そこにいる連中の死んだ後の死体は俺がいただく」


「死体を?」


「ああ。心に光を持つ奴の心臓は格別だ…生きているうちから奪おうとしないだけ、ありがたく思って欲しいな」


ヴォルケは後ろにいる島の住民たちの方を向いた。


「…死後の死体を提供するってんなら助けてくれるって…あいつが…」


「ヴォルケさん!」


先ほどの手を握った女性が前に一歩出た。

その顔は危機的状況であるにも関わらず、明るいものだった。


「…私らはあんたが頑張ってくれなきゃとっくにあの化け物に殺されてたんだ」






「私らの命はとっくにあんたに預けてるよ!」










「…明光…」


「何だ」




「…頼んだ…!」


「…それでいい」











空を一筋の光となった悪魔が光速で駆け抜けた。


リヴァイアサンの腹へと光が衝突する。

凄まじい衝撃と音とともに、リヴァイアサンは海へと倒れこんだ。

光は跳ね返り、空中で静止した。


明光は右手を天空へと掲げた。

その手の先、遥かなる天上、宇宙へと到達した大気圏外。

そこに、明光の羽である長方形の形をした『栄光の羽』が4枚浮かんでいた。

そのうちの3枚が太陽へと最も広い面を向けて、残る1枚の周りをゆっくりと回転し始めた。

3枚の羽が太陽光を吸収し、その光エネルギーが、照準を眼下の魔獣へと定める1枚の羽へと注がれていった。


リヴァイアサンが海から顔を出す頃には、羽の光の強さは最高潮へと達していた。

リヴァイアサンが水のブレスを履こうと首をもたげ、名港へと狙いを定めた。


水のブレスが発射される直前、明光の腕が振り下ろされた。

リヴァイアサンには、その光景が、周りの全ての光景がスローに見えた。









「『源たる光を持ってして、母は子を殺す_Primal Radiance_』…!!」












地球の衛星軌道上から放たれた光は、真っ直ぐにリヴァイアサンを撃ち抜いた。


全てを焼き尽くし、貫き、滅ぼす光は、神の生み出したとされる最強生物、リヴァイアサンの鱗を粉々にし、体表をズタズタにした。

牙は折れ、水掻きはボロ切れのように簡単に破れ去った。

リヴァイアサンは、その体に触れていた周りのものとともに、蒸発し、跡形もなく消え去った。



後には、海の怪物の悲しげな鳴き声だけが残された。












島はボロボロ、家も無事なものが数えるほどしか残っていなかったが、そんなことを機にする様子もなく、人々は飲み食いして騒いでいた。

月夜が集落の広場を照らし、置かれたラジオからはどこかの国の知らない歌が流れた。

ただリズムに合わせて歌う歌声は、とても楽しそうだった。


そんな広場の一角、二人の悪魔は並んで横にした丸太に座っていた。


「いやあ!明光、お前結構やるじゃねえか!」


「…相性が悪くなかっただけだ。相手が悪かったらこうはならない」


「まったまた〜謙遜しちゃって〜!」


「…」


明光に睨まれても御構い無しに、ヴォルケは喋り通した。

上機嫌で酒や料理を口に運び、とても楽しんでいるようであった。

明光はそんな火山の悪魔の様子を横目で見ながら、ちびちびと酒を飲んでいた。


「ほら!そんな少しずつ飲まないでもっと豪快に飲め飲め!」


「酒ぐらい好きに飲ませろ」


「そんな固いこと言わず〜」


「はあ…」


そんな悪魔二人の元へ、島の住民の一人が落ち込んだ顔でやってきた。


「ヴォルケさん…そろそろダメみたいだ…」


ヴォルケはそれ聞くと、少し悲しげな顔をすると、立ち上がって呼びにきた男について行った。

明光もヴォルケの後に続く。


二人がやって来たのは無事だった建物の一つ。

そこには怪我人が並べて寝かされていた。


入り口に最も近い場所に寝かされる一人の少年。

その体には包帯がいくつも巻かれ、血が滲んでいた。

その少年の枕元に悪魔二人は並んで座った。

少年にヴォルケが話しかけた。


「具合はどうだ?」


「…あ…ヴォルケさん…」


弱々しげな声がその小さな口から漏れる。

命の灯火が消えつつあった。


「ごめんな…守れなくってよお…」


「…いいんですよ…僕の妹は無事だったんです…それだけで満足ですよ…」


子供にしては聡明な賢い子供だった。

将来は島の外に出て、学者になりたいと夢を語っていた。

そしてヴォルケにだけ、本当はそうして勉強して、お金を稼いで親や妹を幸せにしたいと語っていた。


「…安心しな、お前の分まで妹を守っといてやるよ。…だからさっさと怪我を直せよ…」


少年はニコリと笑った。

とても嬉しそうだった。


「…ありがとう…ございます…ヴォルケさんと一緒に暮らせて…すごく…楽し…かった…で…す……」


…静かになった。

家の中には、他の怪我人の寝息だけが響いていた。


明光は少年を見下ろし続けながら、ヴォルケに話しかけた。


「…約束だ、こいつの死体は貰うぞ」


ヴォルケは涙を腕で拭きながら、頷いた。


明光は少年の胸…心臓の真上に手を当てた。

その手が光りだした。

手を上へと持ち上げると、その手のひらに、光る球体がくっついていた。


「…なんだ、それ…?」


「”心の光”だ」


「…心の光…?」


明光はその光を優しく持ち上げると、静かに眺めた。


「優しさや勇気、思いやりなどの清い感情から生まれる、精神エネルギーだ」


明光は手に持って光を優しく握り、自身の胸へと近づけた。

すると、光はゆっくりと明光の胸へと吸い込まれていき、完全に胸の中へと入り込むと、一瞬だけ胸の内が光った。

明光は余韻に浸るように目を瞑ると、数十秒が経過してから目を開いた。


「…俺にはな、人が持つ心の光を作るための器官が存在していない」


静かな部屋に、明光の声だけが木霊した。


「人が幸福を覚えながら死ぬには、心の中に決められた量の心の光がないといけない。…俺は生前…人間だった頃の死ぬ間際、幸せじゃなかったらしい…だから、悪魔として死ぬときは、幸せを感じながら死にたいんだ…」


明光は、少年の心の光を持っていた手のひらを眺めた。

その手には、少年の微かな温もりが残っていた。


「…日々過ごす中で失われる分を補いながら、俺は心の光を集めている」


明光は窓の外、島の人々が集まる広場を眺めた。


「…この島の人間…達は、心の光を集めるのに効率がいい…だから俺は交換条件として”この島の死んだ住民の死体”を要求した」


「…そういうわけねえ…」


ヴォルケは息を吐きながら、天井を見上げた。

明光はヴォルケの方へ顔を向けた。


「…お前はどうしてこの島の住民を守ろうとしたんだ?」


「へ?…うーん…」


ヴォルケは悩むようにして腕を組んで俯いた。

しばらくして、明るい表情を浮かべた顔を上げて明光の顔を見た。


「俺には夢がある!太陽に住む夢だ!」


「…はあ…?」


「その夢を叶えるために俺は頑張った!”炎の悪魔”から”火事の悪魔”になって、”山火事の悪魔”になったり…今はようやく火山の悪魔になったが、夢のためにはまだまだ熱さが足りねえ!」


ヴォルケは天に人差し指を突き立てた。


「しかーし!俺自身がパワーアップするだけじゃ駄目だ!一緒に住む仲間がいなくちゃ意味がねえ!だから俺はこの島で長いこと住みながら、友人の作り方や接し方を学んでいるのさ!なのに!せっかく友人ができたこの島で暴れやがってあのクソ蛇が!ムキー!!」


それを聞いて、明光は首を傾げた。


「…それだけのために、今日はあんなに頑張ってたってのか…?」


「んー…それもあるけど…単純に…こんないい奴らを簡単に殺されてたまるかって思ったんだよ」


ヴォルケは立ち上がり、部屋を出て行った。

明光も後についてゆく。


「…変な奴って思うか?」


「ああ、思うね」


「へんっだ!」


二人は浜辺へと向かい、砂浜を並んで歩いた。

月が海を照らし、波がイルミネーションのように煌いた。

白い砂は、一粒一粒が輝いているかのようだった。


「…なあ明光」


「…なんだヴォルケ」


「俺ら友達だよな…?」


明光は立ち止まった。

数歩歩いたところでそれに気づいたヴォルケが立ち止まり、明光の方へと振り返った。

明光は海を眺めたのち、月を見上げた。

その三つの瞳が月に照らされる。





「…お前がそう思うんなら、そうなんだろうな」




ヴォルケは嬉しそうに笑った。




「…あったりまえよ!ダチ公!!」







綺麗な月夜だった。










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