第22話 わたしの知らないわたしの気持ち【前編】

 

 そんな事件の半年後、わたしは今日もアルナとイルナに手伝ってもらいパン生地をこねていた。

 ローズさんによって生成される小麦粉は日に日に品質が上がっており、畑の野菜も種類が増えていく。

 それに伴い、わたしの料理のレパートリーもかなり増えたと思うの。

 もちろん、まだまだ町の食堂を名乗るには足りない。

 なにが足りないって、わたしの料理の腕がね。まだまだなのよ。

 パン作りも本業のパン屋さんには到底及ばないし、スープ作りも貴族時代に食べていたものを思うと素人同然。

 はあ、やはりその道で生きてきたプロにはそうそう簡単には追いつけないものね。

 まあ、けれど、そんなわたしの作る料理にも「美味しい」と言ってくれる小さなお客様がこの食堂には通ってくれる。

 でも、それは自慢する事ではないのよね。

 だって、タダだし。

 そう、無料だから食べに来るのよ。

 この町の子どもたちの親は、相変わらずとても忙しい。

 隣町との境に建設中の城。

 その工事に携わってる人たちの子どもは、食事時だけでなく数週間、親と会えていない。

 これもなんとかしてあげたいのよね。

 だって、絶対に寂しいじゃない?


「ユニーカさん、二番目のパン焼き上がったよ!」

「ありがとう、アルナ。三番目を焼き終えたら、夕方の分の生地も作りましょう!」

「はーい」

「おねえちゃん、スープ、ぐつぐつしてるよ」

「沸騰したのね? 教えてくれてありがとう、イルナ」

「えへへぇ」


 まだ小さいイルナはアルナのようにパンの生地をこねたり出来ないけれど、ちゃんとこうしてお手伝いしてくれるの。かわいい!

 煮立った鍋に、切った野菜をたくさん入れて煮込む。

 今日はポトフよ。

 しかも、魔物肉ソーセージ入り!

 なんと、ヘレスがわたしの作るパンと交換してくれるようになったの。

 まだこの町限定の品物で、町の人たちもあまり多く食べられていない。

 わたしが作るパンがそれほど多くないからね。

 試験的な『交易』の真似事。

 でも、実はちょっと楽しい。


「ヘレスはまだ戻って来れないのかな?」

「そうねぇ……」


 どうやら魔物肉ソーセージでヘレスを思い出していたのは、わたしだけではなかったらしい。

 アルナが頰を膨らませてそんな事を言い出すので、わたしもつい、眉を下げてしまう。

 ヘレスがいつこの町に戻ってくるのか……それは本当に分からないの。

 だって、ヘレスは今『魔族国』の王の一人になってしまったから……。


「ユニーカさんの父ちゃんも、この町の偉い人になるんだろ?」

「うーん、まあ、偉いは偉いけど……この町の偉い人ではないわよ?」

「え? そうなの? でもみんなユニーカさんの父ちゃんが偉くなるって言ってたよ?」

「そうね」


 わたしたちが『魔族国』にヘレスを迎えに行って一週間、突然国中に報せが回った。

 国王陛下が退位を決意された、という報せが。

 ご年齢を思えば退位にはいささか早い。

 しかし、『魔族国』へ攻め入り、魔王の一人を討ち倒した事に大義名分がなく、またその倒した魔王の後継──ヘレス──がこのルゼイント王国へ和平と交易を持ちかけた。

 その事で『魔族国』側に非も争う意思もない事が露呈し、現国王陛下は一気に立場が非常に悪くなったのだ。

 とはいえ、本来であれば王太子シーナ殿下もまた同じくお立場が悪くなる。

 だって前魔王ヘルクレスを討ち取ったのは殿下と『勝利の聖女』イリーナ、そしてハルンド様だ。

 けれど、事前に交渉を進めていたのがシーナ殿下であった事、ハルンド様の根回しがここに来て一気に開花。

 誰も文句の言えない状況になったのだという。

 ……まあ、それは聞いていた通り。

 イリーナ自身は本人の努力次第で立場はよくなると思うけれど、今のところ完全に『利用された聖女』のレッテルが貼られて軟禁状態。

 殿下との結婚話はなくなっておらず、シーナ殿下に敵対しようとした一部勢力にすら『戦う以外利用価値がないに等しい』モノとされている。

 ちなみに、シーナ殿下と敵対しようとした一部勢力とはシーナ殿下の弟殿下を王に推す派。

 こう言ってはなんだけど、シーナ殿下ご本人が大変優秀であるのに加え、うちの兄さんとハルンド様が双璧として仕えているのでお察しです。

 まあ、そんなわけでシーナ殿下は早々に動いたのだ。


「なんて言えば分かりやすいかしら……えーと、領地、は分かる?」

「んーと、この町を含めた……国の庭の一部みたいな?」

「ええ、そうね。そんな感じ! ……父さんはこの町を含めた領地をお預かりする事になるのよ」

「…………。え? それって町の偉い人より偉くねぇ?」

「ええ、そうよ」


 それもまた計画通り。

 兄によって不正を暴かれたこの地域の領主貴族たちは、シーナ殿下の即位に反対していた。

 どのみち取り除く予定の彼らが国王陛下への『忠誠』を口にしてシーナ殿下の即位を遅らせようと躍起になった結果、王都で行われた『話し合い』はそれはそれは大変スムーズかつ愉快な『パーティー』になったそうだ。

 ハルンド様がウキウキしながら満面の笑みで言葉攻めしている姿が目に浮かびますね。

 その場には兄さんと父さんもいて……まあ、呼び出されたていで上手い具合に『役者』として揃えられていたのだけれど……そこで後釜を申しつけられた、という流れだ。

 その見事な手腕に中立の貴族も、反対していた貴族も、みな押し黙ったと兄さんはクックッと喉を鳴らして思い出し笑いしていた。

 ずるい。わたしも見たかった。

『観客』として見たら最高のショーだっただろうな。


「……じゃあ、ユニーカさんも、貴族に戻るのか……?」


 不安そうな表情でわたしを見上げてくるアルナ。

 ふふふ、デジャブ。


「ええ。けどこのお屋敷からは出ていかないわよ。ヘレスにも言ったけれど、わたしはこの町で領主の娘として、町の人たちと支え合って生きていくって決めたの」

「!」

「だから心配しなくていいわ」


 アルナの頭を撫でる。

 すると分かりやすく瞳と表情が輝きを増していく。かわいい!


「はっ! こ、子ども扱いするなよな!」

「あら」


 手を押し返されてしまった。

 頰を真っ赤にしてそっぽを向かれると、なんだか寂しいわ。


「ユニーカさん、おれの事全然男だと思ってないだろ」

「え? ……え、えーと、だ、大丈夫よ? ちゃんと男の子だって知ってるわよ?」

「違うよ! む、むううぅっ……くそっ、せめてあと五年早く生まれてればぁっ」

「ア、アルナ?」


 なにか怒り始めてしまった。

 むむむ、男の子にも難しい時期があるのね。

 はっ! ……これがシャールの言っていた思春期!?


「なあ、ユニーカさんが貴族に戻るならさ……その、おれみたいな平民が……ユニーカさんと結婚するにはどうしたらいいの?」

「え!」

「おれ本気だから! ユニーカさんと結婚したいって思ってるから! ……だから、どうしたら貴族のユニーカさんと結婚出来るようになる? 教えてくれよ!」

「……え、え、えーと……」


 ど、どうしたらいいのかー!

 これはどう説明したらいいのかしらー!

 い、いえ! これは普通に、きちんとお断りをしましょう!

 さすがに一回り近く歳が離れているのだから。うん。

 身分以前に歳の差が、ね?


「あのね、えーと、わたし……と、歳上が好き、かなぁ?」

「!!」


 ごめんね、アルナ。

 でも、やっぱりわたしとアルナは年が離れすぎていると思うの。

 大変申し訳ないのだけれど、わたしなんかよりも歳の近いかわいい女の子と幸せになってね!


「ず、ずるい!」

「え!」

「そんな分かりやすい嘘で騙されると思うなよ! 絶対子どもだからそう言っておけば諦めると思ってるな!」

「うっ!」


 み、見透かされてる!


「ただいまー」

「に、兄さんっ」

「シュナイドさん! おれが貴族のユニーカさんと結婚するにはどうしたらいいですかっー!」

「アルナー!?」


 そのタイミングで帰ってきた兄さんに、アルナが駆け寄る。

 そしてあろう事か、絶対適切にその方法を教えてしまうだろう兄さんに質問し直した!

 いやー! やめてー! 兄さん、アルナを変な道に進ませないでー!


「お、お前まだ諦めてなかったのか。なかなか根性あんじゃん」

「あ、諦めるの早すぎでしょ! まだ告って半年しか経ってねーよ!」

「ははは。そうかそうか。……まあ、そうだなー……手っ取り早いのは騎士団に入る事だろう」

「騎士団? 騎士様になるの……え、なれんの?」


 ううう、やっぱりぃ!

 兄さんなら簡単に教えてしまうと思った!

 そう、平民が貴族と結婚するもっとも手っ取り早い方法は商人になるか騎士になるかのどちらかだ。

 ただ、どちらも簡単な道ではない。

 まず商人は準爵位いが頂けるほどに、国に貢献しなければならない。

 商人の貢献とはつまり多額の納税、または寄付の事。

 伯爵家以上に儲けられるようになればそれも可能だろうが、一代でそこまで稼げる商人はよほど運に恵まれているか、兄さんのように商才があるか、だ。

 普通どんなに儲けられても爵位を頂くまでには三代はかかるはず。

 それに商人からの成り上がりは、家の古い貴族にとても馬鹿にされる。


「だが騎士は個人の実力主義。貴族出身の騎士が大半だし、無駄なコネも手伝って多少のクソ雑魚や無能も出世が早い。平民出の者が出世しようものならそういう無能からの圧力もかかる」


 兄さん、言い方がひどい。

 そういう騎士が多いとは聞いているけど、言い方……! 言い方……!


「でもそれを跳ね除けられるほどに強ければ準男爵くらい、二十代のうちに与えられるだろうさ。これからシーナの奴が即位するし、そういう雑魚や無能は出世しづらくなる。死ぬほど努力すれば一番の近道だろうな」

「騎士……」


 なるほど、と拳を作って兄さんを見上げているアルナには申し訳ないけれど、かなり無茶苦茶言っている事にお気づき頂きたい。

 確かに近道ならば騎士が一番だと、わたしも思う。

 でも本当に『死ぬほど』努力しなければならないだろう。

 アルナは平民。多分、生まれてこの方、剣を持った事もないと思う。

 そんな子どもが今から剣を握って鍛錬して、騎士団の入団試験に受かるかどうか……。

 早い子なら五つか六つの頃から剣を教わるというもの。

 貴族の男児ならば剣や弓は必須科目なので、幼少期から基礎を学ぶ。

 天賦の才でもなければ、五年の遅れを覆すのは……本当に大変なんじゃないかしら?

 それになにより騎士になったあと、爵位を戴くほどの武勲を立てる機会が果たして訪れるかしら?

 平民出の騎士は基本的に見回りや門番などしかやらせてもらえないと聞くのよね、貴族出の騎士が出世するために……。

 そして武勲というと、主に魔物退治。

 その魔物も今後は『輸入品』としてお肉が入ってくるので、騎士の仕事として「逃げてきた家畜狩り」みたいになるんじゃないかしら?

 ……それって武勲になる、の? ううーん?


「おれ、騎士になる!」

「じゃあ今から少し剣の基礎を教えてやろう」

「兄さんんんっ!?」


 なんっ! なんっですってえええええっ!

 学園始まって以来の剣の天才と謳われた我が兄! が! 剣の師匠を買って出るううぅ!?

 だ、大丈夫なの!? 兄さん人に教えられるの!?

 剣の基礎を教わった五歳の頃に剣の師匠に一本取って辞めさせ、その後も騎士団の偉い人(※兄さん曰く雑魚や無能)をばったばったと実力で捻じ伏せて辞めさせて騎士団の勢力図を完全実力主義に塗り替えたルゼイント王国始まって以来の鬼才と呼ばれた我が兄が! 人に! 剣を! 教える!?

 あまりの強さに学園では『剣禁止』され、魔法や政治学中心に教わってきた兄さんが!?

 そんな剣に関してはシーナ殿下すら「化け物」と評した兄さんに……。

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