第20話 国と国のこれからは


 ……そう、シーナ殿下はこういう方なのだ。

『役割』を最優先にする。

 それはこの方が生まれながら『王となる事を定められている方』だから。

 そう、教育されてきた方で、この方自身が強くそうあろうと努力し続けてきた方だからだ。

 気づいたのね、イリーナ……あなたはすでに籠の鳥。

 けれど、籠の中でどう生きていくのかは選べる。

 しっかりと多くの事を『見て』、世界を広げれば……この国の空をすべて飛び回る事も出来るでしょう、あなたならば。

 シーナ殿下の言う通り、あなた次第。


「そ、そんな……そんなのまるで、飼い殺しじゃないですか……!」

「やっとお気づきですか、イリーナさん」

「! ハ、ハルンドさん……!」

「……ああ、僕はあなたのその顔が見たかった。とてもいいですね、怯えと絶望が混じっていてとても魅力的です。明るく快活なあなたが、王家に鎖で繋がれて、しかも大した愛情エサも与えられないと分かった時、どんな表情をするのか……僕はそれが、ずっと見たかった……」

「……な……なっ……」

「とっても可愛らしいです。素敵でいいと思いますよ。実に僕好みでした」

「っ──!」


 …………ハルンド様だけは敵に回したくないと思いました。

 兄さんの言う「ガチモンの鬼畜眼鏡」とはこういう事なんですね……?


 

「…………。じゃあ……ユニーカさんは……あの町を、出ない?」

「そのつもりよ」


 呟いたヘレスの言葉に頷く。

 父や兄も、立場と仕事は変わるだろうけれどあの屋敷を出る事はないだろう。

 改めてそう説明するうちに、ヘレスの顔はだんだんと赤くなる。

 そして口許を手で押さえ、目を背けた。


「じゃあ、じゃあ……全部、僕の早とちり……?」

「えっと……そう、かしら?」


 ヘレスはわたしたちが町から出て行くと思ったのね?

 だから突然いなくなった。

 な、なんという事でしょう。勘違いだったのね……?


「そういやぁ、行くところがないとか言ってたもんな。……でも、ヘレスよ。お前今……魔王になったんだよな?」

「!」


 兄さんの言葉にハッと顔を上げる。

 そうだ、ヘレスは今……父と、そして双子のお兄さんの力を『引き継いだ』のだ。

 それってつまり、ヘレスが今の、この『魔族国』の王の一人という事。


「俺の交渉相手はあなたという事で間違いないか?」


 シーナ殿下が、改めて問う。

 これから先、わたしたちの国と『魔族国』の関係を変えていくための魔王。

 目を見開いたヘレスはゆっくり自分の胸に手を当てる。

 深く考え込むように、一度目を閉じた。


「……そうですね、間違いない。僕が今の『五片魔王』の一人です。父の記憶も……まだ曖昧な部分は多いですが概ね戻りつつあります。それに、今聞いたお話……僕も今後、人間や亜人たちと交流していきたい。『魔族国』に、果たして他国が欲するようなものがあるかは分かりませんが……この国はこのままではいけないと思う。ならばせめて、魔王の一人である僕が変化をもたらしましょう。他の魔王たちがどう思うかは、分かりませんが……」

「ヘレス……では……!」

「ユニーカさんのいる、あの町を……交易の場となるよう、僕も力をお貸しします」


 決まりです。

 兄さんたちの計画は成功する。

 シーナ殿下たちは王都に戻って、陛下に退位を迫るだろう。

 その後、わたしたち家族があの付近の領主から地位を奪い、領地を立て直す。

 うーーっんと! 忙しくなる!


「では、詳しい話を……」

「はい。……あ、でも、その前に、一つ条件が……」

「条件?」


 わたしも思わず首を傾げた。

 ヘレスは一度ゆっくり深呼吸をする。

 それから、わたしに一歩近づいた。

 近い。大きい。


「ユニーカさんに、お嫁さんになって欲しいです。僕の」

「…………。え?」


 な、なんて?


「ルゼイントの王妃になってしまうなら、それは仕方ないと思っていました。だってあなたは人間だから。でも、そうではない。あの町にずっといてくれる。それなら、友好の証として……ユニーカさんに、僕の……お嫁さんになって欲しいです。……。……いや、そうじゃなくて……いや、その、そういう意味も含めて……、……ユニーカさんは、僕の命の恩人で、憧れで、特別なので……他の誰かにとられる前に……僕の奥さんになって欲しいです」

「………………」


 ふぁ、ふぁーーーーーー!?

 ヘレスがなにかとんでもない事を言い出し……言い出したわー!?

 でも言ってる事はごもっとも?

 い、いいえ! いいえ!

 そういう問題ではない!?


「もちろんすぐに答えは出さなくてもいいんです。僕もあの町には……戻りたいと思っているので」

「え? え?」

「ただ考えて欲しいんです、将来的に……。僕は魔王になるので、世継ぎは必要で……」

「あ、そ、それは、え、ええ……そ、そうね?」

「でも、それなら奥さんはユニーカさんが、いいです」

「…………」

「僕はまだ、魔王としては未熟者なので、ユニーカさんのような人に支えて欲しいんです。……いつか、落ち着いたら町に戻ります。その時に……答えを聞かせてはくれませんか?」


 手を握られて、子犬のような目で見つめられる。

 顔が、熱い。とても熱い。

 ヘレス、子どもだと思っていたあの子が一夜にしてたくましくも優しい『魔王』になってしまった。

 そして、そんな彼からのきゅ、きゅ、求婚んんんんっ。


「婚約の申し込みってとこか? うーむ、いきなりモテモテだなー、ユニー」

「ちゃ、茶化さないで兄さん!」

「あの、でも本当に急ぎません。それよりも、国同士の話し合いをしましょう。あと、あの、もしかして、ですけど、ユニーカさんの持っているバスケットは、お弁当ですか?」

「え? え、ええ、そうよ」


 そういえば、食べようと提案しようとして忘れてたわ。

 お弁当の存在……そう、思い出したら急に──


 ぐううううううう……。


 お腹が、鳴ってしまった。

 や、やだ。どうしましょうてわたしのお腹の音だわ!

 は、恥ずかしい!


「あはは、恥ずかしいです。お腹が鳴ってしまいました。ユニーカさんのお弁当を食べながらでも、構いませんか?」

「!」


 ヘレス、わたしのお腹の音を自分のお腹の音だとごまかしてくれたの?

 あ、相変わらず優しい!

 ……やっぱりヘレスは、優しいまま……。

 あ、あらら? わたし、顔が、とても熱い……?

 お腹の音が恥ずかしかったのもあるけれど、それをヘレスに庇われたのはもっと恥ずかしかったのかしら? ……恥ずかしかったけれど!


「そうだな、俺も腹減った。ユニーの弁当食べながら、最終段階の事を煮詰めるのもいいだろう。シーナはユニーの弁当初めてだろう? 味わって食えよ。きっと最初で最後だぞ」

「ふむ、それは確かに貴重だな。……まあ、最後にするつもりはないんだが」

「…………(あれ? シーナ、こいつ……意外とユニーの事諦める気が、ない?)」


 ヘレスに手を差し出される。

 食事を食べられるところへ案内してくれるらしい。

 でも、以前と違って成長したからなのか……なんというか、とても、とても紳士的で……言い知れぬドキドキが胸を支配していく。

 あんなに小さな子どもだったのに、わたしを「お嫁さんにしたいです」なんて言うその言葉に説得力を持たせるほど大きくなってしまって……。

 子どもの成長は早いと言うけれど、ヘレスの成長は早すぎではないかしら?


「わあ、サンドイッチですね。僕大好きです」

「ええ、たくさん作ってきたからたくさん食べてね」

「人間の国は『魔族国』にない、美味しい食べ物がたくさんあるんですよね。交易をするにも、こちらの国で出せるものってなんだろう、と色々考えなければならないんですが……」

「そう、なのね」


 案内されたのは外の見える部屋。

 丸い大きなテーブルがあり、等間隔の柱が立ち並ぶテラスから真っ黒で星空のような大地が見えた。

 椅子がないので首を傾げていると、床から蔦のようなガラスが生えてきて椅子になる。

 びっくりしているとヘレスはなんて事もないようにそれに座った。

 い、いやいやいや、わたしたちは困惑よ?


「ヘレス、この椅子はなに?」

「え? 椅子ですけど」

「床から生えてきたぞ!?」

「床は魔石で出来てますから……?」

「魔石の床?」


 聞けば、あの美しい星空のような煌めきは大地に含まれる『魔原石』らしい。

 それを集めて精製したものがこの『魔石』。

 魔族ならば自在に姿を変えさせたり、役割を持たせたり、魔法を保持させたり……様々な使い方をする。

 物凄すぎてポカーンとなってしまった。


「我々人間にも使えるだろうか?」

「魔石は魔力があれば動かせると思います。実際、椅子も転移魔法も起動していますし、シーナ殿下に差し上げた『魔笛』も魔石が使われてますので」

「そうだったのか」


 あ、あの門番の獣を眠らせた笛ね?

 あれにも魔石が使われていたの……。


「なるほどなぁ、魔石は『魔族国』の魔原石から精製して作られる。うん、これなら交易の品として申し分ないだろう。問題は貴族しか扱えないってところだが」

「確かに便利ではありますね。使用人の仕事がなくなる、という点で向いてませんけど」

「では、『魔族国』からはなにも輸出が出来ないのでしょうか……?」


 あんな便利なものが人間にも使えるなんて素敵、これから『魔族国』から魔石がルゼイントに入ってくるのね!

 ……と、思ったけれど、そう簡単ではないらしい。

 魔力を持つのは貴族だけ。

 そして魔石が使われるのは主に家具や移動。

 貴族は生活のほとんどを使用人を雇って支えてもらっている。

 そんな使用人たちの仕事を奪うのは、使用人たちの行き場を奪う事。

 どちらかというと、平民に益のあるものの方がいいわよね。お金は、貴族の方があるけれど。


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