第16話 真白の魔族


「ところで、あの魔族の子どもは何者なんですか?」


 と、そこで空気が変わる。

 何者かと言われても、わたしが知っているのはヘレスが魔族であり、兵に襲われて怪我をして、命からがらここまで逃げてきた子だという事くらい。

 兄さんも「それは報告済みだし、それ以上の事は聞いていない」と首を横に振る。


「ふむ」

「なんだ? お前もなにか気になる事があるのか?」

「気になるというか、他の魔族を知らないので自然に重ねてしまうのですよ」

「?」

「我々が戦った魔王の姿に、彼は似ていたので」

「…………。なんだと?」


 魔王の姿に、ヘレスが似てる?


「とはいえ、似てるだけなので。髪や肌、目の色、角の形が同じで、顔貌は面影がある、程度ですね。僕も魔王以外の魔族はあの子しか知らないので、魔族が全員あのような髪色肌色とかならばただの杞憂ですがー

「むう……俺もヘレス以外の魔族は見た事がないからなんとも言えないな」

「わ、わたしも……」


 魔族全員がヘレスと特徴が同じなら、ヘレスが特別魔王と姿が似ているというわけではない、という事になるけれど……うーん、こればかりは確かにどうしたら確認出来るのか。

 ん? そもそも、ヘレスが魔王と似ていてなにか問題があるの?

 魔王の姿なんて、魔王と戦ったイリーナ、ハルンド様、シーナ殿下くらいしか知らない。


「まさか復活した魔王がヘレスとでも言うんじゃないだろうな?」

「ちょっとそう思っています」

「そんな! ありえません!」

「おや、即否定されるんですか」

「ヘレスはずっとわたしたちと一緒に生活していたんです! 魔物が森から出てきた時も、魔物を倒して町の人やわたしを助けてくれました! ヘレスは魔王ではありません! 魔王はあんなに小さな子どもの姿をしていたのですか!」

「いや、大人でしたけども」

「じゃあ違うじゃないですか!」


 へんな濡れ衣を着せないで欲しい!

 ……ん? けど、ヘレスがたとえ魔王だとしても、ヘレスは特に悪い事してないのでは?

 倒されてしまった魔王も、別に悪い事はしていないし? あれ?


「そうだな。それともなにか? 魔族の子どもだから『復活した魔王』に仕立て上げて王都で処刑したいとでも言うのか? さすがにそれは許さないぞ」

「!」

「いや、さすがにそこまではしないですけどね。そもそも魔王討伐も魔王側に非があったわけではない。大義名分もない討伐を陛下が命じた、それが陛下にとってどんな意味になるのか、という話です。今はまだ傍観している『亜人国』の方々も、言いがかりで魔族といえど子どもを処刑したとなれば……」


 さすがに口出しはしてくるでしょうね。

 それに大義名分がない以上、冷静な貴族からは反発が酷くなるはず。

 もちろん、ヘレスがこじつけで処刑されたらシーナ殿下の計画は確固たるものになるでしょう。

 でもわたしも兄さんもそれをよしとはしない。

 思えるはずもない。

 兄さんの言う通り、ヘレスにはこの町で『魔族国』との架け橋になって欲しいから。

 手を組んで祈る。

 もう、それなりに時間は経った。

 ヘレスへの『確認』は終わったかしら?

 戻っても大丈夫?

 ああ、ヘレス……どうして黙っていなくなったの?

 ……あんなに偉そうな事を言って、わたしはヘレスがなにを思っているのか分からなかった。

 なにか思い詰めていたのなら、どうして気づいてあげられなかったのだろう。

 わたしはいつも、いつも……。


「! なんだ、この魔力は──!」

「!」

「!?」


 ハルンド様の声に顔を上げる。

 わたしにも感じた!

 今のは──精霊による魔法!

 イリーナとヘレスのいた場所からだわ!


「まさか……」

「ユニー、お前はここで待っ……ユニーカ!」


 ごめんなさい、兄さん!

 でもヘレスになにかあったらわたしはわたしを許せない!

 誰よりも先に駆け出して、イリーナたちのいる場所へ戻る。

 精霊魔法が使われたという事は、イリーナの精霊がヘレスになにかしたのだ。


「ヘレス!」

「ユニーカさん! 来ちゃいけない!」

「えっ」


 見上げた広まった場所には、真白の肌、髪、尖った耳、角、翼、マントのついた豪勢な服、そして金の瞳をもつ少年が浮いていた。

 なにより驚いたのはヘレスと瓜二つの顔。

 しかしわたしに向けられた眼差しはなんの感情も込められていない、とても無機質なものだった。

 顔以外はヘレスに似ても似つかない、この少年に向けてイリーナの精霊たちは攻撃魔法を使ったのだろう。


「ど、どうなってるの! なんで答えないの!? ルクス!」


 そう叫んだのはイリーナ。

 ルクス? それがあの宙に浮かんだ少年の名前?


「ユニーカ、無事か!? なにがあった!」

「イリーナさん、大丈夫ですか!? その少年は……」

「ダメよ! 二人とも来ちゃダメ! なんで、そんな……シナリオがっ……!」

「え……」


 シナリオ?


「…………」

「やめてルクスーーー!」


 白い少年の手のひらがこちらへ向けられる。

 ……シナリオ……それは、兄さんが魔族に殺されるという、あの?

 真っ白な光の槍が少年の周りに現れたと思うと、それが凄まじい勢いで飛んでくる。

 兄さんは、わたしの前へと飛び出してきた。

 その時からすべてがゆっくりと見える。

 兄さんへ、光の槍が──……あ…………嫌……!


「兄さん!」


 やめて、お願い。わたしから兄さんを奪わないで。

 この人がいなければわたしはきっとたくさんの道を間違えた。

 今よりもっともっとたくさん間違えて、いくつも取り返しのつかない事をしていた。

 この人には誰よりも……わたしよりも幸せになって欲しいの。

 だってこの人は、兄さんはわたしの恩人なの、家族なの……!

 わたしに生き方を示してくれる……兄さんがいなくなったらわたしは──……。


「……っ!」

「!!」


 でも、だからって、ヘレスが攻撃と兄さんの間に飛び込む事を望んだりしていない。

 わたしを抱き締めて地面に伏せる兄。

 だからわたしからは、攻撃がすべてヘレスの小さな体に突き刺さっていくのが見えた。

 真っ赤な血が噴き出す。

 白い槍が消えて、穴だらけになってしまった体が地面に倒れ込む。


「い……いやあああぁ! ヘレス!」

「そんな、そんな……!」

「っ!」

「! ヘレス!」


 全身が震えて力が入らない。

 兄さんが体を起こした時、わたしも跳ね起きた。

 でも、下半身が自分の意思では動かせなくなっていた。

 おそらく『腰が抜けた』というやつだ。こんな時に。

 ああ、なんて情けないのだろう。


「ヘレス……ヘレス……!」


 名前を呼んでも動かない。

 なんで? なんでこんな事に?

 あの白い少年は、なんでこんな……。


「な、なんでこんな……どういう事なの? なんでルクスがここにいるの? こんな展開知らない……!」


 イリーナが精霊に守られながらひどく動揺して後退る。

 白い少年……ルクスは、倒れたヘレスへと近づいていく。

 この場の誰もが分かる。

 あの少年は、強すぎる。

 おそらく、四精霊と契約したイリーナが全力で戦っても勝てない。


「ま、待っ……ヘレスをどうするの、やめて……!」


 ヘレスに手を伸ばす姿に、思わず叫ぶ。

 けれどその手は止まらない。

 まるで求めるように、ヘレスの背中に白い手が触れた。

 そこからは信じられない光景が始まる。

 白い少年がヘレスの体の中に……ズブズブと埋れてゆくのだ。

 思わず「ひっ」と喉を痙攣らせてしまう。

 一体なんなの?

 なにが起きているの?


 ──『引き継ぎが……』


 まさか。

 そんな、まさか、そんな事……。


「…………ヘレス……?」


 ルクスと呼ばれた白い少年が、ヘレスの体に沈み、消えた。

 ゴキ、ボキ……と骨が鳴るかのような音。

 ゆっくり、ヘレスが起き上がった。


「…………」


 白い煙を立てながら、その姿は変貌していく。

 癖のある髪や角が腰まで伸び、肢体は成人男性のものへと成長した。

 わたしの知る中でも類を見ないほど逞しい筋肉を、ルクスという少年が纏っていた白い豪勢な衣服が黒く染まって包んでいく。

 はらり、とマントが落ちるように靡いた。

 翼が開き、細い尾が垂れる。

 顔立ちはヘレスなのに、あの無機質な感情のない瞳がわたしたちを見渡した。


「ルクス……が、そ、そんな……成長……した? こんなシナリオ知らない……! こんな展開……どういう事なの!」

「へ、ヘレス!」


 イリーナが動揺して口走る『シナリオ』。

 見下ろす瞳は同じ色なのに、同じ顔のはずなのに、まるで別人。


「ヘレス!」


 わたしの声を聞こえないかのように無視して、広げた翼を羽ばたかせる。

 あれはなんなの? 誰なの?

 ヘレス、どうして?

 手を伸ばしても届かない。

 飛び上がり、そして一瞬で見えなくなった。

 座り込むイリーナ。

 頭が追いつかない。


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