第14話 いなくなったヘレス

 その翌朝、ヘレスがいなくなった。

 屋敷のどこを探してもいなくて、みんなで森や町の方まで手分けして探しに行ったけど見つからない。

 シャールに「屋敷に帰ってきたら引き留めて」とお願いして、兄さんと『魔族国』により近い森の奥へ行く事にした。

 誰一人、ヘレスが故郷に帰ったから探すのはやめよう、なんて言わない。

 あの子がいなくなるなんて、なにか必ず事情がある。

 あんなに真面目でいい子が、なにも言わずにいなくなるはずがないもの。

 行く宛がない、と言っていた。

 一体どこへ行ったの?


「いないなぁ?」

「ヘレス……このままお別れになるなんてわたし、嫌です……!」

「うん……。……せっかく町の人たちとも親しくなれたんだし、ヘレスは俺たちにとっても希望だ」

「希望?」


 それはどういう……。


「魔王討伐の話だ。今の陛下が魔王や魔族に嫌悪感が強いから、シーナも魔王に対して騙し討ちのような真似をしたが……実は事前に宣戦布告はしてあった」

「え、そうなのですか?」


 精霊が味方にいるとはいえ、人間はとても非力だ。

 だから作戦を立て、あちらの力を削ぎ、こちらの力を最大限に活かせるようにした上で騙し討ちのような討伐を行ったと聞いていたけれど……。

 魔王には宣戦布告をしていた?

 騙し討ちではなかったという事?

 つまり魔王と正々堂々戦って打ち倒したのかしら?

 ヘレスが「魔族は正々堂々とした勝負を好む」と言っていたから、それならやっぱり魔王も納得の上だったという事?

 んん? なら、なぜ「正々堂々挑んで勝利した」と聞かないのかしら?

 作戦が失敗した事になるから?

 でも「正々堂々挑んで勝利」の方がかっこいいわよね? んんんん?


「俺とシーナの目的は陛下の退位。魔王の討伐も『魔族国』と本気で事を構える事も考えてない。この国が負けるのは目に見えているからな」

「で、ですよね。では……もしかして魔王と協力を……?」


 けれど魔王にはこちらに協力する旨味がないのでは?

 なにを条件にしたのかしら?


「外交……貿易だ」

「えっ」

「この国と一番距離が近い領地を治める魔王……今回討伐された魔王だが、とても性格が穏やかだったらしい。えーと、ユニーは魔王の『力の引き継ぎ』について知っているか?」

「あ……は、はい。ヘレスに聞きました」


 魔王は死ぬと力を子どもへと引き継がせる事が出来る。

 魔神が五つに分かたれた時の名残、と言ってたわね。

 そして『魔族国』の伝承では、最大限に高まった魔王たちが力を合わせた時……魔神が復活する、と。


「その『引き継ぎ』には『意志』も含まれるらしい。歴代魔王たちは歴代魔王たちの意志も一緒に引き継ぐ。だからこそ『王』と呼ばれるんだとさ。シーナたちに倒された魔王ヘルクレスは、何百年も閉じたままの『魔族国』の現状を憂いていた。俺も直に本人から聞いたわけではないが、最初に接触してきたのは魔王側からだったという」

「えっ! そ、そうだったのですか!?」

「シーナが魔王の使い魔と手紙のやり取りをしてたって聞いたな。まあ、それで現状打開のために今回の件を画策したんだとさ」


 そ、そうだったの……。

 あれ? でも、それじゃあ……。


「では、イリーナは……」

「あー、まあ、四属性の精霊と契約した人間はレアだしなぁ。使えるもんは使えって感じ?」

「え……えええぇ……」


 そんな軽いノリで!?

 なんだか兄さんと話していたイリーナの様子を思うと、じゃあ、彼女は最初から兄さんたちの掌の上で踊っていただけのように聞こえるんだけど……。


「ぶっちゃけ他国に渡すわけにもいかないしな。扱いに困っていたのはあるだろう」

「……そ、そう言われるとまあ、そうかもしれませんが……」

「国内でも四属性の精霊と契約した女って事で、一部の貴族たちは取り込みにかかってる。シーナが面倒を見る事でそれも牽制されていた。あの女は独自で目的があって動いていたみたいだが、それもこっちにしてみれば都合が良かった。ユニーには悲しい思いをさせたけどな」

「あ、いえ、それはもう……」


 そこまで聞いてしまうと、むしろ少し同情する気持ちが芽生えてしまう。

 わたしは、兄さんに頭を撫で撫でしてもらえるだけでウキウキしてしまうのでそれはもういいのです。

 それに、イリーナが扱いに困る存在というのはシーナ様にも聞いていた。

 一部の貴族がその力を手に入れようとしているのも、貴族なのだから目的は丸分かりだ。

 まして……シーナ殿下と兄さんにしてみればイリーナを手元に置いておかなければ、陛下が退位した時の王家の権威が下がる瞬間を狙われかねない。

 その場にわたしではなくイリーナが必要だった。

 仕方がない、とてもよく分かる。

 わたしの心は恨み言もなにも浮かんでこないほどに納得してしまったわ。


「色々と合点がいきましたわ」

「よしよし。仲間外れにして悪かったな〜」

「本当ですわ!」


 そうです、そこだけはまだ納得がいきません!

 なんで話してくれなかったんですかぁー、と兄さんの胸をポカポカ殴るが、あっさり「だって知ってたらユニー、パーティーの時でボロを出しそうだったからなー」と……むむむうううー! なんか自分でもそんな気がするぅー!


「……つまり、兄さんたちにとってもヘレスはいてもらえると助かる存在なんですね。シーナ殿下が王座に就いたあと、この国と『魔族国』の交易を始めるための土台作りとして……ヘレスを架け橋にしたい、と」

「そういう事。さすがにヘレスだけにすべてやらせるつもりはないし、期待しすぎになるから俺たちも歩み寄る努力をしなければならないだろう。だが、ヘレスを受け入れたこの地は必ずその基盤になってくれる。甘い汁を吸っていた領主貴族どもをまとめてポイッとしたら、父さんにこの土地を預けて交易の中心地として発展させたいんだよな」

「父さんに?」

「素で交渉能力高いじゃん、あの人」

「あ、ああ……」


 なるほどです。

 それに、父は元々『亜人国』外交担当だったものね。

 外交のプロを領主に据える事で、『魔族国』との貿易拠点を確立させるつもりなんだわ。

 なんというか、隙がない。

 わたしの知らないところでそんなにも話が進んでいたなんて。

 ……いえ、むしろそこまで話がまとまっていたのにわたしがそれに気づく事が出来なかったのが問題なんだわ。

 仮にも王妃教育を受けてきたのに、いくら情報がなかったとはいえ国の未来に関わる事にことごとく気づかないなんて……。

 自分なりの情報収集網を会得しておかなければならなかったのに、それが確立出来ていなかった。

 社交場では敵が多くて、パーティーの時はまんまとその人たちがイリーナの味方をしたし。

 自分の味方だと思っていた人たちは、あの場では口を閉ざしたままだった。

 ……まあ、もしかしたらそれもシーナ殿下と兄さんが事前に「助けないように」と頼んでいたのかもしれないけれど……ううう……わたしは本当に未熟者……。


「しかし……ヘレスは見つからないな。あまり森の奥へ行き過ぎると国境を超えかねないし……まさか一人で『魔族国』に戻ったのか?」

「そんな……なにも言わずに帰るような子では……」

「だよなぁ……」


 気がつくと、かなり森の奥まできていた。

 兄さんと顔を見合わせる。

 これより先には大きな谷がある。

 ほとんどの魔物は、その谷を超えてまでこちら側には来ようとしない。

 でも、時折先日のような魔物も現れる。

 向こうに人の姿を見れば、積極的に越えようとする魔物もいるかもしれない。

 やはり谷まで行く前に引き返した方がよさそうね……。


「……あら?」

「どうした?」

「そういえば、ヘレスはどうやって谷を超えてきたのかしら……」

「飛行魔法でも使えるんじゃないか? 魔族は精霊の血を引いているから、精霊の力を借りずに自分の魔力で魔法を使えるんだろう?」

「あ……そ、そうですね」


 兵士に追われていたというし、無我夢中で魔法を使ってこちらへ飛び越えてきたのだろう。

 改めて魔族ってすごい。


「……一度戻ろう。もしかしたら家に戻ってるかもしれないし」

「はい……」


 仕方がなく、兄と共に屋敷まで一度引き返す事にした。

 ヘレス……一人で大丈夫かしら。

 魔族であるヘレスが強いのはこの目で見たので知っている。

 でも、お腹を空かせていたりしないかしら。

 いつ出て行ったのか分からないけれど、ちゃんとご飯は食べられている?

 お腹が空いてうちに帰っていたり……したらいいなぁ。


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