第5話 間違いの始まり

「……どうしたのかな?」


 総司が扉の向こうに姿を消すと紗奈がぽつりと呟く。 すぐ隣で春と文彦が行為に耽っているのはいつものことなので全く気にしていないが、総司の様子は気になるようだ。


「経験ないって言ってたしそりゃ落ち着かねぇだろ」


 彰の言葉に紗奈は少し首を傾げる。 それだけではないように思えたが、何なのかと訊かれても紗奈にもはっきりとは分からない。 ただ何となく総司の様子がおかしかったような気がする、それだけだ。


「それか興奮してトイレ行ってるかもよ。 俺もしたくなってきちゃったし──俺も一緒にいいか?」

「んっ……時間ないからダメぇ……あっ……」


 春に断られた洋介は冗談っぽく肩を竦めるが、すぐにみんなに向き直る。


「で、俺は総司はいいやつだと思うし週末に歓迎会・・・してやりたいんだけどどうだ?」

「あたしは賛成! タイプだし楽しみだな」

「梨子に気に入られるとか羨ましいな、あいつ。 俺にはさせてくれないのに」

「好みってもんがあるんだからしょうがないでしょ。 ぶっちゃけ一番好みかも」

「その内付き合い始めて俺と賢也は捨てられるのか?」


 信雄の愚痴を軽く流す梨子に、洋介は別に不満そうでも残念そうでもなく、むしろからかうような調子で言う。 大事な仲間だから特別な相手ができたらそれを歓迎する、そんな仲間意識が彼らの中にはあった。

 梨子は洋介ににんまりと悪戯っぽい笑みを向ける。


「総司くん次第であるかもね。 まずはお互いよく知り合わないと──紗奈はどう?」


 梨子に話を振られた紗奈は軽く考え込み。


「んー……かっこいいとは思うし一回してみて相性は確認したいかな。 由美は?」

「あたしも紗奈と同じだね。 新しい仲間だから拒むつもりはないし、むしろ楽しみだよ。──春は聞くまでもないよね?」

「んっ……総司くんとはご近所だし……あたしも気になるから……仲良くしたい……」

「んっ!」


 声を押し殺しながら春が答えると、文彦が行為の終わりを示す声を上げる。 早いぞ、とまた揶揄の声が上がるが、事後の余韻と虚脱感から反駁の言葉は出てこなかった。 二人ともそそくさと身繕いをすると、何事もなかったかのようにみんなの輪に加わり腰を下ろす。


「何かさ、紗奈も春も気になってるとかモテ過ぎじゃね?」

「総司くんは元もそこそこいいけど身嗜みとか気を付けてるからかっこよく見えるのよ。 悔しかったらあんたも少しは見習いなさい」

「由美もかよ……くそぉ! 羨ましいな!」


 優太の言葉に笑いが起きる。 別に本気で妬んでるわけでもなく冗談で言っているのは全員が分かっていた。 そもそも彼らの間に誰かのことを好きになったからと妬むような感情はない。


「じゃあ総司を仲間に入れるのやめるか?」

「んなさみしいこと言うなって」


 こんなやり取りを交わしているのがその証だ。 優太の言葉に全員が頷いて、反対意見はないことが確認できた。 それは総司を新しい仲間だと、全員が認め受け入れた瞬間だった。


「じゃあ総司の部屋とかも見てみたいし日曜に総司ん家で頼んでみるか。 総司の親父さんって休日も出てるし夜も遅いんだろ?」

「日曜も現場は動いてるし引っ越しとかで休み取ってたからしばらくは日曜も出るみたいな話はしてたぞ。 寂しいかも知れないから遊びに誘ってやれって親父に言われてるし。 安全にみんなが作業を進められるように遅くまでがんばってるって感心してたな」


 彰が答えると決まりと言わんばかりに洋介が大きく頷く。


「じゃあ内容は秘密にしといてサプライズで驚かせてやろうぜ」

「楽しみだね。 総司くんの初めては誰がもらっちゃう?」

「そこは総司に選ばせてやれよ」

「でもさぁ、気になってるしそしたら初めての相手になれたらって思うじゃない? その方が意識してもらえそうだし」

「……お前、結構マジ?」

「よく知り合って付き合いたいなってなった時のためよ」


 先を見てのアプローチをしようとする梨子に、紗奈と由美は顔を見合わせる。


「梨子がそう言うならあたしはいいかな。 まだそこまでは考えてないし」

「あたしもいいよ。 かっこいいとは思うけど別にそういう感情はないからね」

「やった! 春は──」

「あたしは総司くんの初めての相手になりたいな」


 春の宣言に梨子が苦い顔をする。


「あんたもかぁ……」

「気になってるのもあるけど、総司くんは初めての近所の友達で昨日もご飯作ってみんなより先に歓迎してあげたんだもん! だから最初にしたいの!」

「てか春。 あんたはご近所で総司くんのお父さんも遅いなら毎日だってできるでしょ? 最初のアドバンテージくらい譲ってくれてもいいんじゃない?」

「だったら最初は梨子と春で総司の相手して、どっちがいいかは総司に決めてもらえばいんじゃね?」


 春と梨子の主張に優太が提案すると二人は考え込み、


「ちょっと待って」


 そこに由美が待ったをかける。


「思ったんだけどさ、経験ないんだったらいきなりこんな人数だと気後れしちゃわないかな?」


 由美は元々の姉御肌な性格に加え、彼氏がいた影響か他のみんなよりも冷静に、よく見ていることが多い。 そんな由美の指摘に全員が顔を見合わせる。 春と文彦が始めた後の様子やそそくさと席をはずしたことから考えると、確かにそれはありそうだと全員が感じた。


「だからさ、先に男子二、三人で遊びに誘って経験させてあげた方がいいんじゃない? 春と総司くんの家に近いやつだけで」

「それって春が総司くんの初めてに決まりじゃん」


 由美の提案に梨子が不満げに口を尖らせる。 総司が選ぶならまだいい。 春が先になってもすぐに二番目ならあまり変わらない。 しかし一人でじっくり楽しまれると話は変わってくる。


 梨子も参加できればいいのだが、梨子の家は学校を基準に見て総司たちの家と反対方向だ。 学校が終わってから彰の家に行って楽しんで、となると帰りは大分遅くなる。 あまり遅くなると親がうるさいから学校が終わった後にそっちに行くのは難しい。


「だから梨子には悪いけどさ。 その分、歓迎会では梨子は総司くんとの時間を一番多く取っていいってことにして──総司くんに気兼ねなく楽しんでもらう方が大事でしょ?」


 由美の提案に梨子は少し考え込むと、納得しきれない様子で渋々頷き、他のみんなも賛成する。 少な目の人数で一度体験した方が全員が揃っての歓迎会も楽しめるだろうと、彼らなりの気遣いのつもりだ。


 新しい仲間の総司には思いきり楽しんでもらって、ここにきてよかったと思えるようにしてやりたい──人数が少ないからこそ全員が仲間で、新しい仲間も大事にしたいと紛れもない好意で考えていた。


 あまり遅くなると親がうるさいのはみんな変わらない。 参加できそうなのは同じ方向の彰、信雄、文彦で、総司を彰の家に遊びに誘おうと、それで春と経験させようと、そう話が決まったところで予鈴が鳴り響く。


「ヤバッ! 授業始まっちまう!」


 洋介の叫びに、全員が慌てて立ち上がると教室に一斉に駆け出す。

 教室に戻った10人は先にきていた教師に叱られて席に着き、首を傾げることとなる。 春の隣、新しい仲間のために用意された新しい席──そこに先に戻ったはずの総司の姿はなかった。



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