第13話 淡色


「あの後、霧島さんは全部持っていけたのかなぁ。」

「そうだよね。……持っていけたと信じようか。」

「うん。」


わしわしと墓石を磨きながら、佐々木は言う。今日は霧島のもとへ見舞いに行った後に、霧島の奥さん——霧島みやこさんと、その娘さんのお墓参りにも来る予定だったのだ。


「それにしても、色々付き合わせちゃってごめんなさい、万桜さん。」

「ううん、気にしてないよ。……景人さんのお世話になった先輩がこられなくて困っているなら、代わりにやってあげたいと思うし。それに」

「それに? 」

「景人さんと一緒に居られるならどこでもいい。……です。」


突然の告白に、一瞬思考が飛んだ。「そ、そそそそうだね、俺も一緒に居られて嬉しいですっ」などと返しながら、ピカピカに磨き上げていく。

水をかけて、彫られた内側を歯ブラシで擦って綺麗にして。線香台の中まで、きっちりと磨いて。二人がかりで磨き上げ、これで良し、と納得できるまで完璧に綺麗にした。汚れ一つない状態だ。


もう二か月以上もたっているのにこんなにも綺麗に維持され続けているのは、ひとえに霧島の手入れによるものだった。一度に妻子を亡くした霧島はそれで精神的に参ってしまい傷病休暇に入ったものの、毎日朝にここへ来て手入れをしていたのだそうだ。

本人曰く「未だあの二人に縋っているどうしようもない男だよ」との言だったが、景人はそうは思わない。——きっとそれは、霧島にとって必要な別れの儀式であるはずだ。きっと、夢だってそうだ。二人を失ったのが突然すぎて、きっとまだ受け止めきれていないだけ。……俺だって、そうなったら。そう思って隣の万桜を見る。


あまりに現実感が無くて、想像もつかない。隣で静かに手を合わせている彼女が、突然いなくなってしまったらなんて。それも、子どもを身ごもった状態で、転落死、など。


あの時の霧島を思い出すと、胸が痛い。悲痛、悲愴。そんな言葉では言い表せない。


景人もそっと手を合わせて、願う。

——どうか、霧島さんを見守っていてくださいね、みやこさん、菜々ちゃん。


                 〇


そんな二人を見つめる人物が二人。菜々とみやこ、その人だ。

二〇九号室の子ども部屋。その壁にはぼんやりと、墓掃除をしてくれた一組のカップルがうつっている。


「も~~なんて初々しいカップルなの! 可愛い! 末永くお幸せに——……! 」

「ママ、パパを見守っていてくださいね、って真剣にお祈りされているのにそんな調子でいいの。」

「いいのよう。言われなくても見守ってるんだし! 」

「まあそれもそうよね。」


菜々は、手元のクローバーの栞を見つめて口元をほころばせた。これは、ついさっきここへ来たパパがおいていった、プレゼント第一弾だ。どうやらもっと用意して持ってきてくれるようなので、楽しみにしておくことにする。ちなみにママには桜のしおりを持ってきてくれた。それを見た瞬間大笑いしていたけど、二人の間になにがあったんだろうか。


さっきパパが来てくれた時には、そこそここのマンションも頑張ってくれた。パパは律儀にも、色んなするはずだった通過儀礼や、この前話していた朝顔の観察日記のこともきちんと教えてくれたのだった。最後には「菜々の七五三姿、見たかったなぁー入学式、出たかったなぁ——~~」とか言いながら吸い込まれて帰っていったけど。

まあ、とにもかくにもパパが元気になっているのなら大いに結構。しょんぼりしているパパばかりみていてもつまらないもの。


「ねえママ。」

「ん? なぁに菜々。」

「パパ、元気になってきてくれて、良かったね。」

「——うん、そうだね。また元気になって、人生楽しんでもらわなくちゃ。」

「ママは、いや? 」

「なにが? 」

「パパが、元気になって私たちの事今ほど気にしてくれなくなること。」

「…………。」


ママだって、きっとまだ現実を受け入れられてない。この現状が、いつまでも続いてほしいと願う一人だろう。——私だってそうだ。こんな素敵な両親のもとを離れたい訳が無い。

でも、元気にはなってほしい。複雑な心境だ。


ウサギのぬいぐるみを目線まで持ち上げて、見つめる。

——これは、火葬の時にパパが「子どものために揃えておいたから」って入れてくれたぬいぐるみ。だからお気に入りって言うのもあるんだけど……駄目ね、これをいつも持っていることで忘れないで欲しいって言っているようなものだわ。


「菜々。無理しないで良いのよ。」


考え込んでいると、頭上から声が降ってきた。そのままふわりと抱きしめられる。


「わがまま言って良いの。言いたい事を言いなさい。すっきりきっぱりできるまで。お互い、パパに向けてぶつけちゃおうよ。それですっきりさせておかないと、だぁれも前に進めなくなっちゃう。」

「……そうね、そうだよね。流石ママ。」

「でしょう? あ、だから一回ママとパパでお話させてね。」

「うん、うん。もちろんよ。沢山お話していて。それを私、支えながら聞くから。」

「うん、ありがとうね。菜々、いい子ね……。」


いつしか壁はただの壁に戻り、静謐を取り戻していた。しばらくの間、二人で励ましあうように寄り添っていた。

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