第7話 口だけの賢者

 復興した城塞都市オーレン。

 その墓地の傍にある聖強教団の施設。と言っても、この街には聖強教団の施設ばかりだが、その一つであり敷地の広さの割りには厳重な建物ではある。

 いま一台の馬車が、開かれた門から中へと進む。

「うー、緊張しますね…」

 乗っている一人、ネイア・バラハは弱音を吐く。

 同乗者であるベルトラン・モロは苦笑する。

「戦場にあっては恐れ知らずのバラハ様も、苦手な物は多くありますね」

 ネイアは憮然として若干の抗議をする。

「戦いだって怖いですよ」

 ベルトランは軽く頷く。

「勿論、承知しております。しかしながら、バラハ様は皆の規範でもあるのです。戦場であれ苦手な場であれ、常に凛とした態度を示していただかねば。守るべき威厳という物も御座います」

 何度となく言われているので重要なのは解るが、思わず溜息も出る。

「世界で私だけじゃないですか? いきなり皆に崇められて、相応でない立場になって右往左往しているのは? 偉くもないのに態度は尊大などと、私自身が一番感じていると思いますよ…」

 ふと馬車の外を見る。

「私が偉いのではなく、すべては魔導王陛下のおかげなのですけどね」

 自分が広く知られるようになったのも、支援団体が聖強教団にまで規模が大きくなったのも、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の栄光あればこそだ。ネイア自身の力ではない。

「なればこそ、魔導王陛下までも侮られる事の無いように、何事にも毅然として参りましょう」

 毎度の事だが、それを言われると弱い。

 魔導王陛下のご威光に泥を塗ってはならないという想いは、ネイアもベルトランも教団員に相通じるものだから。

 馬車は建物の入り口前に止まり、二人が降りる。建物の警備が挨拶をする。

「ようこそおいでくださいました、バラハ様。…生憎と、五人は出迎えも忘れているようですが」

 申し訳なさそうにする警備の者たち。

「いえいえ、どのみち地下階には行くのです。彼らも仕事に専念してもらった方が、皆の助けになるでしょう」

「なんと、お優しいお言葉…。我々も時間を取らせてはいけませんね、どうぞ」感動しつつ、入り口の扉が開かれる。

 一階は警備の詰め所と搬入口。地下がこの建物の本命だ。

 ネイアとしては苦手なので、気乗りはしないが、あらゆる力を求める努力は教団の基本方針にして究極の目標だ。

 待機している者も、立ち上がって教団の印を掲げながら頭を下げてくる。ネイアもそれに応えながら、階段を下りて行った。

 下の階からは、何かをぶつけ合う音が響いて来る。進むと神官や神官戦士ら四人が、布を巻いた木剣と盾で稽古をしていた。

 やがて、こちらに気付くと教団印を示して礼をする。彼ら、四大神を信仰している者は首から聖印を下げている為に、教団の印は指輪や腕輪、耳飾などが多い。

「これはバラハ様、ようこそ」

「鍛錬を欠かさない様子ですね」感心するネイア。

 神官たちは困ったように笑う。

がいつ動き出すかと思うと、備えておきたいという焦りもありますね。墓地のアンデッド対策の方もありますが」

 この建物にいる神官たちは、隣の墓地から発生するアンデッドにも、巡回して対処をしている。

 神官戦士が次の部屋への扉を開く。

 そこにも二人の神官がおり、ガラス窓から奥の部屋の様子が見れるようになっていた。卓付きの椅子に座って会話をしていたが、こちらに気付いて立ち上がる。

「おお、バラハ様。視察の時間ですね、こちらへ」

 二人が武器を携えて準備をする。今まで危険はなかったし、浄化も定期的に行ってはいるが、未知のをしている此処の警備に油断はない。

「中の五人はどうですか?」

「毎日、生き生きとしていますよ。私たちよりもずっと」苦笑を浮べる。

 精神的疲労の方が深そうだ。奥の部屋にいる五人は重要な仕事に就いてはいるが、世間からの理解はまだ得られていない。その為に、この建物内にいるのだが、本人たちは実に楽しそうでこの環境を寧ろ歓迎もしている。

 問題は周りの人間だ。中で扱っているモノに、やはり不安がある。

 奥の部屋へと進みつつ、ネイアにも緊張があった。

 そんな彼らを、全身の皮を剥がされ、天井から吊り下げられている亜人が意思のない瞳で迎える。獣身四足獣ゾーオスティアの遺体であった。

 鉄環と鎖で滑車を使って、上半身を持ち上げられ、四足の下半身を周囲にいる五人に小型の刃で切り刻まれては、詳細画を描かれている。

 解剖、というものらしい。

 これが結構、怖い。ベルトランなどは復讐心が満たされるのか、平然というか嬉しそうですらあるが、「こいつら動かない?」「動死体ゾンビにならない?」などの心配は常にある。

 この建物の秘密であり、警備の者たちが警戒する元凶であり、未だ研究途中の技術と亜人たちの弱点を調べる場。

 そして、亜人を解体していた皆がこちらに気が付く。

「おや、バラハ様だ。という事は、もう時間か。すみません、ささどうぞこちらへ」

 ネイアの特殊技術スキルによって、本人たちの中に眠る可能性を見出された教団員たち。その中で、医者ドクターという職業クラスが発現した五人。

 ここの最重要人物であり、牛頭人ミノタウロスの賢者が提案したとされる、を現代に技術として確立させる任務に就いている。

 その内の一人、白髭の中年男性が手を止めると、ネイアたちを部屋の隅にある掲示板に案内をする。そこには、亜人連合に与していた亜人たちの解剖図が、所狭しと張り出されていた。

 医者の白髭が、ネイアたちに向き合うと説明を始める。

「現状、皆様が運んでくださった亜人たちの記録です。個体差はありますが、基本的な肉体の構造に大差はありません。その辺りは人間もそうですが、急所となる部分もそう変わりません」

 言って図を指し示す。

 亜人たちの弱点を、解剖する事で解明する。

「どの部位を傷つければ、死に至るのか? その最新版でございます」

 医者たちを集めて亜人を研究させている目的の一つ。

 肉体の急所、その解明。相手を解剖研究する事で、人為的な致命の一撃クリティカルを叩き込めるようにする。

 効率的に相手を殲滅する技術開発の一環。

 逆に、人体を知る事で手術による治療も可能になった。

 敵を知り、己を知る。

 知識によって高まる討伐数と、生存率。相手に致命傷を与え、こちらは絶命の危機を回避する。

 その為の鍵となるのが、彼らだった。

「これで我らの勝利がより堅実となり、犠牲となる人々も減るでしょう。皆さんの働きに感謝ですね」

 白髭の医者も他の者も、ネイアの言葉に照れる。

「いえ、私たちの方こそ感謝を。眉唾であった手術の与太話を、現実の治療法に出来るまでになれたのは、自分たちの才を見つけてくださったバラハ様のおかげですよ。本当に日々が充実しております」

 白髭だけではない。他の四人の男女も、血塗れの姿で満面の笑みを浮かべて、ネイアに感謝を捧げていた。

 その恰好はともかくとして、ネイアも素直に喜ばしい。

「この解剖図から、弱点となる部位を教団親衛隊を中心に広め、戦闘に活用してください。皆さんは引き続き、亜人たちの調査をお願いしますね」

 了解の意を示す皆に、ネイアは頷く。

 そして、今後の指示を終えると、ベルトランと共に教団へと戻って行った。


「ふぅ」

 オーレンにある用意された自室に戻ると、自宅とは違うもののやはり安堵する。

 ベルトランが微笑む。

「お疲れさまでした、バラハ様」

「いや、皆さんもどんどん知識や力が増していて、様々な分野で強化が進んでいますね。これからも、色々な物事に挑戦しなくてはならないでしょうね」

 そう言うと、鍵付きの引き出しを開け、一冊の本を取り出す。

 それは『賢者の手記』と書かれた書物であり、"口だけの賢者"と呼ばれた牛頭人ミノタウロスが書き残した物を編集した書、その聖王国語版であった。

 ローブル聖王国では、禁書目録が時折発行され、禁忌や異端とされる本などが焚書される。当然、口だけの賢者の本もそれに含まれるが、後世に残すとう使命感か、稀覯本への執着か、現存させようと努力した者も少数ではあるが、いつの世にもいるものだ。

 この本も、亜人連合の襲撃に曝された貴族の屋敷、その隠し部屋に置かれていた物を、聖強教団による復興の際に発見し保存した。今では写本が三冊刷られ、各研究所で解析がされている。

 はっきりと言って、口だけと言われるのが比喩でも何でもなく、翻訳されていても内容の理解ができないのだ。聖王国の言葉に訳せない物も多々あり、原文ままの扱いの単語も頻出する。

 手術、もそれであり、医者ドクターたちのおかげでようやく意味が分かった。そんな記述がまだまだあり、未だに手がかりすらない概念や発明もある。

 逆に言えば、それは誰もまだ手にしていない強力な武器ともなる。

 現在、シズのおかげで判りかけている発明の一つがあり、最近になって関わりのあると思われる職業クラス持ちを発見できた。

 口だけの賢者の本、その項目を眺める。

「次は、こちらの開発も進めたいのですが、他の研究所から何かありますか?」

 ベルトランは資料を持ってくる。

「はい。該当する知識や特殊技術スキルではないかと調べた所、三つほど候補があるようです」

 ネイアが覚醒させた者の中には、適正職業クラスは判明したものの、名前だけで後はいったいどうすればその職業になれるのか? どんな事が可能な職業なのかも不明な場合があった。

 本人たちは適正ある事に喜んだものの、どうしたら聖強教団の役に立てるのかが分からず、新しい悩みを持つ事になってしまった人もいる。教団、と言うかネイアとしても、期待させてしまって「それが何か判りません」と伝えるのは、あまりに申し訳なく関連した書物はないかと、聖王国中の知識を調べまくっている。

 それでも分からなければ、シズさんを通じて魔導国の知恵を借りるのであるが、自分たちの全力を先ずは出さねば、聖強教団としての自立は不可能であろうと考えている。

 なので、持ち得る情報から判明が進むのであれば、それに越したことはない。

 ベルトランに渡された報告書を読む。

「なるほど、この三つは問題なさそうですね。このまま進めてください。私は、この件を調べてみたいと思います」

 開いた本を指で示す。

 ベルトランが頭を下げる。

「承知しました。ところでお身体の方はどうでしょうか? お疲れでは?」

 そう言われると、ネイアも困る。

「ベルトランさん、あなたの方が私よりも動き回っているじゃないですか。休息はちゃんと取ってくださいね。私は天使になってから、そんなに体は疲れないのですよ。気疲れはしますけれど…」

 ベルトランは微笑む。

「ありがとうございます、私も適度に休みますのでご安心ください。バラハ様には、お茶を用意しますので、心を休めてくださいませ」

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