第19話 3人の再会


 深夜、犬神山。


 花奈と夕翔は家に帰らず、山小屋に滞在していた。

 それぞれ寝袋に入り、厚手のマットの上で寄り添って眠っている。


 ——ようやく、来たみたいね。


 何かに気づいた花奈はゆっくり体を起こし、夕翔を妖術で深い眠りにつかせる。

 式神たちもすでに花奈の肩に座り、準備を終えていた。


 ——ごめん、1人で出かけてくる。ゆうちゃんはここで疲れを癒してて。


 花奈は夕翔の頬にキスをした後、寝袋から出て黒いスニーカーを履き、赤いダウンコートを着た。

 そして、足元に置かれた荷物を抱え、ある場所へ転移した。




 

 犬神山、柴狗神社。


 山の中腹に建てられた神社に、和服風の服を着た女性——伊月が立っていた。


 ——こっちは冬か……。誰もいないみたいね……。


 伊月は寒さで体を丸めながら辺りの様子を窺う。


「——伊月、久しぶり」

「え!? 姉上!?」


 伊月は誰もいないと思い込んでいたので、思わず大きな声を出し、慌てて口を押さえる。

 花奈は、伊月が花奈の魔法陣を使ってこの世界に来た場合、知らせが来るように魔法陣に仕掛けを施していた。


「驚かせてごめん。気配を消してたから。寒いでしょ、これ着て」


 花奈は抱えていた黒のロングコートとヒールのないショートブーツを手渡した。


「ありがとうございます。その服はこちらの世界のものですか? 動きやすそうですね」


 伊月はコートを羽織りながら、花奈の服を上から下までまじまじと見る。


「あとで下に着る服もあげるよ。結界が張られた場所まで案内するから、付いてきてくれる?」

「はい。あの、お話があるのですが——」

「——ここは目立つから、もう少し山の中に入ってからにしてくれる?」

「はい……」


 伊月は焦る思いをどうにか抑え、花奈の後ろについて歩き始めた。


 2人は鳥居を抜けた後、舗装された山道から外れて茂みに入っていく。


「——姉上、そろそろ私の話を聞いていただけないでしょうか? 急ぎお伝えしたいことが」

「なに?」


 花奈は前を向いたまま返事をした。


「嗣斗様がこちらの世界へ渡ったようなのです」

「——じゃあ、嗣斗もこの近くにいるのね……」


 花奈は冷静に答えた。

 伊月は花奈の返答に戸惑う。


「どうしてこの場所に来るとお思いに?」

「先に質問に答えてくれる?」

「はい……」


 伊月は首を傾げながら返事をした。


「何を願ってこの世界に来たの?」

「……嗣斗様と結ばれることです」


 花奈は口角を上げた。


「それが伊月の質問に対しての答えだよ」

「え?」

「『伊月が願った内容に1番関係する人物がいる場所』へ伊月が来れるようにしておいたの。もし、国王になりたいと願ったのなら、私のところに来ることになってただろうけど……結果的に同じ場所だったね」


 花奈は振り向き、優しい笑みを伊月に見せた。

 久しぶりに花奈の笑顔を見た伊月は、張り詰めていた緊張が緩んでしまい、目に涙を浮かべながら花奈に抱きつく。

 我慢していた苦痛や悲しみ、嗣斗への想いが溢れ出してしまっていた。


「——姉上……嗣斗様が……」

「どうしたの?」


 花奈はすぐに伊月の肩を抱き、心配の表情に変わる。


「私が試作した未完成の魔法陣を使って、嗣斗様がこちらの世界に渡ってしまったのです!」

「どんな魔法陣だったの?」

「妖魔と契約する方法です……。どうしても完全な体で移動できる方法が見つからなくて……」


 花奈は眉間にしわを寄せる。


「伊月がそれを使わせたの?」

「違います! 母上がそそのかしたようで……」

「そう……、魂が食い尽くされる可能性が高いわね」

「はい……。ですが、保護系の効果でしばらくは自我を持っているはずです。嗣斗様の妖力が使い切られるまでは……」


 伊月は悔し涙を流す。


「なら、急がないと。どれくらい時間が経ったかわかる?」

「同じ時間の流れであれば半日かと」

「ちょっと待って……嗣斗の妖力を探索してみる……」


 伊月は懇願するように花奈を見つめる。


「——いた。少し離れた山中を犬型でうろついてる。私の張った結界の外ね」

「行きましょう!」

「うん。捕まって、転移するから」

「はい!」


 伊月はしっかりと花奈の左腕に掴まった。


「行くよ——」


 花奈は伊月と一緒に嗣斗の元へ転移した。





 2人は嗣斗の背後に転移した。


「——あれが嗣斗様……?」


 嗣斗の変わり果てた姿を見た伊月は、ショックで口を押さえる。

 それは、花奈たちの身長と同じくらいの灰色の狼だった。

 ただの狼ではない——3つの頭を持ち、妖魔の侵食を示す黒いまだら模様が身体中に広がっている。

 完全に妖魔化はしていないが、ほとんど時間が残されていないことは明白だった。


「伊月、私が結界をこの周りに張って嗣斗を拘束する。伊月は——」

「——何をすべきか、心得ております」


 伊月の心強い返事を聞いた花奈は口角を上げた。


「お願いね」


 花奈は伊月の右肩を軽く叩いた。


「お任せください!」


 花奈は瞬時に3人を囲むように結界を張る。

 次に、桃色の花の鎖で三頭狼の四肢と三首、胴体を縛り、地面に固定した。


『——グルルルル……ニ……ゲロ』


 嗣斗の中央の顔は、おどろおどろしい声で危険を知らせてきた。


 ——え? 逃げろ?


 伊月はその言葉で動きを止めてしまう。


「——まだ話す力を持っていたとは……しぶといですね」


 上空から男の声が聞こえた直後、3人を囲っていた結界が突然、パリンと割れた。


 そして、次の瞬間——。


 嗣斗の体はバラバラに切り刻まれた。

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