「祝福祭」

 次の日、合同軍事演習が終わって、ソクラタン高原からドラゴンに乗って急いで自宅へ帰り、シャワーを浴びた。色々な事を考えながら、少し長めに湯につかる。風呂を出る頃には、身体が火照って、少し汗ばむほどだった。自室に戻り、書類整理を始めた。


 カイル・アルトリア。軍事国家アルトリアの王位継承権第一位の、正真正銘の王子様。容姿端麗ようしたんれい眉目秀麗びもくしゅうれい、庶民向けの政策を打ち出したり、外交で手腕を振るうなどしていて、国民からの人気も高い。俺はカイル王子に会った事は何度もあるが、こちらからコンタクトを取ったことはない。さて、どうしようかと一計を案じていると、自室のドアがノックされた。


「お兄様、今、よろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

 妹のキリエが一通の手紙を手にして、俺が座っている机の前までやってきた。


「アルトリア国王からです。今年の祝福祭への招待状です」

「あー、もうそんな時期か」

 祝福祭。感謝祭とも言われる祭で、小麦の収穫時期であるこの時期に神に感謝をする……という行事事ぎょうじごとだ。街ではパレードが行われたり、出店などが出て、華やかに彩られ活気づく。しかし毎年、街での警備のために俺と獅子王軍のメンバーは忙しくなるので、俺は祝福祭にあまり良いイメージがない。


「招待状か……でも、街に出て警備をしないといけないから、今年も断る事になるんだろうな」

「では、お断りの御手紙を出しておきましょうか?」

「そうだな……ん?祝福祭には、アルトリアの王族ロイヤルファミリーは全員参加するんだっけ?」

「ええ……カイル王子、ディズ王子、シャナ姫も参加されますよ」

「今年は参加するか」

「え!?どういう風の吹き回しですか?貴族関係のパーティーに出るのを、毎回あんなに嫌そうにしていらしたのに」

「いや、たまにはライオンハート家の長子としての責務でも果たそうかな、と」

「いい心がけですね。では、私とお兄様が出席する旨、返信いたしますね」

「うん。よろしく頼む」

「しかし、不便ですよね。思念通話でやり取りすれば早いのに、今時こんなアナログな方法を使うなんて」

「しきたり、というのは大事なものなんだよ、キリエ」

「思念通話が開発されたのは150年前ですよ?私達、貴族はもっと効率的な方法でまつりごとを行うべきだと思います」

「正直に言うと、俺もお前の意見に大賛成なんだがなあ。まあ、あまり表立ってそんな事を口にするなよ。ただでさえ俺達ライオンハート家には敵が多いんだ。これ以上、厄介ごとを増やすのも面倒だし」

「分かりました……」

「祝福祭は何日後だ?」

「二日後です」

「そうか。それまでに獅子王軍の皆に、警備体制のおおまかな予定プランを伝えないとな」

「あまり根を詰めないようにしてくださいよ」

「ああ、いつも心配をかけるな。ありがとう」

「お茶でも淹れてきましょうか?」

「いや、今から警備体制について考えないと。交通整理や誘導も俺達の仕事だから、集中したい」

「分かりました。では、失礼しますね」

 キリエはニッコリ笑って、部屋を後にした。階段を降りる音を聞き届けてから、俺は美咲へメッセージを送った。祝福祭の事、カイル王子に謁見えっけんする予定の事、春日部遥の事を伝えること。ぐに美咲から着信があった。


「春日部遥が、ありがとうございますと言って、涙を流しているわ。ハロルド、私からも感謝を言わせて。ありがとう」

「どういたしまして、と春日部遥カスカベハルカに伝えてくれ。カイル王子の協力があると、今後の俺達の行動も色々とやりやすくなるしな。具体的に言うと、ティーファの居場所や、この術式に関しての調査も随分ずいぶん楽になると思う」

「それもそうね」

「祝福祭は二日後だ。あれから加藤悟カトウサトルに、ティーファから連絡はあったか?」

「昨日、数分だけ通話したわ。あと、今日の晩に少し通話をする事になった」

「内容について、教えてくれるか?恐らくティーファ的にはどんな話題でも構わないと思ってるはずだ。ティーファの目的は『レベルアップ』を早めることだから、会話の内容については、何でも良いわけだし」

「それが、悟さんに自分が異世界に居るってカミングアウトしてきたのよ」

「……どういう事だろう」

「ティーファの考えが読めないわ」

「慎重に事を運ばないとな」

 時間切れタイムリミットになって、美咲との通話を終えた。美咲は明後日まで大阪オオサカに居ると言っていたので、あの5人が一緒に居るのは後、数十時間。俺は一抹いちまつの不安を抱えながら、書類にペンを走らせた。




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