「オムライス」



「私、オムライスが大好物なんです」

 春日部遥にハンドルネームの由来を聞くと、彼女は照れながら独白するかの様に言った。


「確かに春日部さん、よく社員食堂で、オムライス食べてるわね」

「はい。両親が共働きで、幼い頃、平日の昼間に、姉が私の食事を作ってくれてたんですけど、その姉の得意料理がオムライスで、とても美味しいんですよ。小さい頃からの大好物です」


 店の前で出会った時、驚きのあまり、私達は2人して、そんな馬鹿な、と顔を見合わせた。おむらいすさん?と私が声をかけると、課長、その名前で呼ばないでくださいよ〜、と春日部遥は恥ずかしそうに返答した。


「でも、まさか、『おむらいす』が、春日部さんだなんて、世間って狭いわね」

「ですね。まさか課長も」

 春日部は急に声のトーンを落として、続けた。






「『異世界人』と恋に落ちてたなんて」






 店員が個室のドアをノックして、注文を取りに来た。まずは飲み物を頼もう。本当はじっくりと吟味して、珍しい日本酒を頼もうと思っていたが、早く話の続きをしたくて、私はよく飲む『獺祭だっさい』と言う日本酒をオーダーした。


「春日部さんは?」

「私はビールを下さい」

 店員に微笑み掛けながら、春日部遥もオーダーを通す。お食事の方は、また伺います、と店員は個室のドアを閉めた。


「春日部さん、話をしましょう。このアプリについて、そして『異世界人』との恋について」

「はい」

「春日部さんも、このアプリで出会ったの?」

「課長の登録してるアプリは『イチゴイチエ』ですよね」

「ええ、そうよ」

「私が使ってたアプリは、『CSFLキャスフル』と言うアプリでした。キャント・ストップ・フォーリング・ラブの頭文字を取ったアプリです。恋に落ちずにはいられない、なんて、少し回りくどい表現ですよね。」

「私とは違うアプリなのね」

「『イチゴイチエ』は、2年前位に出来たアプリなんです。私がマッチングアプリを始めた当初には、存在しませんでした。あと、『CSFLキャスフル』は『イチゴイチエ』の様に、真面目な出会いを求めると言うよりは、もっとフランクで軽い、友人探しみたいなアプリでした」

「『でした』とは?」





「2年前に、突然、サービスが停止したんです」





 コンコン、とドアがノックされて、店員が飲み物を運んできた。そして、伝票を片手に、ご注文はどうなさいますか?と尋ねてきた。慌てて私は、お造りを2人前、前菜を数種類頼んだ。


「ねえ、先ずは乾杯しない?後、ちゃんと料理を選びたいわ」

 私はグラスを前に差し出した。春日部遥も、そうですね、と言って、私のグラスに自分のグラスを軽く当てた。




 乾杯。




「ここの料理は、なんと言ってもお魚です。お造りも美味しいですけど、天ぷらも最高ですよ!」

「春日部さん……さっきまでシリアスな顔してたのに、食べ物の話になると、そんなに明るくなるのね……」

「どうせ食べるなら、美味しいものを沢山食べたいんですよ〜」

 私達は2人して談笑しながら、メニューから美味しそうな品を選んだ。


 店員がお造りと前菜を運んできたタイミングで、さっき2人で決めた料理を注文した。


「なんで私が『イチゴイチエ』の事を知ってるかと言うと、『異世界人』と出会った、もう1人の男性が『イチゴイチエ』を使ってるからなんです」

「そうなんだ」

「『CSFLキャスフル』がサービスを中止して、私の恋は突然終わりを告げました。『イチゴイチエ』に登録してみましたが、出会うのは普通の日本人の男性ばかりです。恐らく、もうカイルと出会う事はないかも知れません」

「貴方の恋の相手は『カイル』と言うのね?」

「写真、ありますよ。見ますか?」

 春日部遥はスマホを取り出して、ロックを解除した。そして、数タップして、写真を表示させる。


 銀髪に紫色の目をした、何処かはかなげな青年が、こちらを向いて微笑んでいる。


「あら!男前じゃない!」

「ありがとうございます。そうなんですよ、滅茶苦茶イケメンなんです!」

 このアプリが容姿の良い男性を選んでいるのか、それとも異世界にはイケメンしか存在してないのかは分からないが、ルックスの良い男性と言うのは目の保養になる。


「それより、何か気付きませんか?」

「どう言う事?」

「この画像、よく見て下さい」

 春日部遥は、自分のスマホを私に手渡した。じっくりと画像を見てみる。そこで私は驚愕の事実を見つけた。


「自動車?彼の背後に、自動車が写ってるわ!」

 カイルと言う銀髪の青年は、公園の様な場所で、こちらを見ているが、その背景に、小さく、白い乗用車が写っていた。


「課長、今のレベルは幾つですか?」

「レベル?あ、ああ、この間、レベルアップした所よ」

「まだレベル2なんですね。レベル15になると、異世界から、こちらの世界に、限られた時間ですけど来る事が出来る様になります」

「本当に!?私、ハロルドに会えるの?」

 興奮して、声が大きくなった。


「落ち着いて下さい、課長。この情報は確かです。実際に、異世界人と恋に落ちた、もう1人の男性も、レベル15になって異世界から呼び寄せる事が出来る様になったと言ってます」

「そうなんだ……私、ハロルドと会えるんだ……」

 思わず泣きそうになって、お絞りで目を軽く叩いた。少し涙が出たかも知れない。




 またドアがノックされて、店員が料理を運んできた。


「課長、お願いがあるんですけど……」

 急に深刻そうな顔をして、春日部遥は私に言った。


「何?協力出来る事なら、何でも協力するわよ」

「ありがとうございます。課長がレベル2と知って、是非お願いしたい事が出来たんです。レベル5になると、『他の人に、このアプリを紹介しますか?』と言う問いかけが出てきます。そこで私を紹介相手に選んで欲しいんです。もう1人の男性は、出会った時には、もうレベル15でした。私は、もう一度、カイルに会いたい。どうかお願いします」

「なんだ、そんな事。勿論、OKよ」

「いえ……実は条件があって……」

「条件?」

「『他人に紹介する』を選択すると、レベルアップのペースが下がるんです。普通なら1年程、毎日メッセージのやり取りをしていれば、レベル15になります。それが数ヶ月、遅れるんです。それが嫌で、私も、もう1人の男性も、その選択をしませんでした」

「そうなんだ……」

「課長の恋の邪魔をするつもりはありません!ですが、お願いします!」

 私は数秒考えて、春日部遥に言った。


「大丈夫。ハロルドと出会える事は決まってるんだし、数ヶ月くらい何よ!可愛い部下の頼みじゃない。レベル5になったら、どうやって貴方を紹介すればいいの?」

「課長……本当にありがとうございます……」

 春日部遥は泣きながら、私に感謝を述べた。


「女2人を泣かせるなんて、異世界人って罪な男達よね」

「そうですね……私、もう一度、カイルに会えたら、結婚しようと思ってるんです」

「そこまで惚れてるんだ?」

「はい。ただ、悩みがあって……」

「悩み?」

「レベル20になると、逆に向こうの世界に行ける様になるんですよ」

「そうなんだ!国際結婚みたいね」

「どちらの世界で暮らすか、揉め事になりそうですよね」

「確かに」

 あはは、と笑って、私は腕時計を見た。19時40分。


「課長、この後、何か予定でもあるんですか?」

「実はハロルド……えーと、私のマッチング相手と、1日連絡が取れない状況になってて、22時から連絡が取れる様になるのよ」

「アップデートですか?」

「いえ、誤って、スマホを水没させちゃって」

「物凄く焦りますよね!」

「あら!春日部さんも?」

「私は落として、画面ごと割れてしまって」

 2人して、あるある、と笑いながら、次のお酒を注文した。


 春日部遥のスマホが、着信のメロディを流しながら、震えた。


 チラっと着信画面を見て、少し失礼します、と言って、春日部遥は電話に出た。


「どうしたの?うん、うん。今、『異世界人』と出会った女性と飲んでるところよ」


 話し相手は、『異世界人と出会った、もう1人の男性』の様だ。


「え?どういう事?」

 春日部遥は、一瞬、言葉に詰まった。そして、少し大きな声で、続けた。





「アメリアと別れるの?」

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