「届かぬメッセージ」


 その日の夕方、美咲に、いつもの様にメッセージを送った。しかし、返信が来ない。仕事が忙しいのかな?と思って、暫く返信が来るのを待っていたが、小型水晶が返信の通知を受けて光る事はなかった。


 夜になった。いつもなら通話する時間になっても、何の音沙汰もない。俺は不安になって、たまらず美咲に追撃のメッセージを送った。


「美咲さん、何かありましたか?とても心配です。メッセージを読んだら、返信下さい」


 毎日のやり取りが、当たり前になっていた。そもそも、俺と美咲は、文字通り『住む世界が違う』。この日々が、当たり前の様に続くと思っていた事が間違いだったのだ。


 事故に遭ったのかも知れないし、急病かも知れない。最悪の考えが頭を過ぎった。いや、命に関わる問題でなくても、例えば俺との関係を続ける事が、嫌になったかも知れない。他に気になる男が出来たのかも知れない。


 頭の中を、ドス黒い物がグルグルと回る。


 俺は小型水晶を首に下げて、木刀を片手に庭に出た。考えていても仕方ない。今は体でも動かして、頭を冷やそう。


 ゴム製の人型の模型に、何度も木刀を叩きつけた。段々と集中力が増してきて、頭の中が空っぽになっていくのが分かる。


 得意の突き技を放って、人型模型の頭に打ち込んだ。息が切れてきて、近くのベンチに掛けてあったタオルで汗をぬぐった。




 返信は、まだない。



 仕方ない。待つしかないんだ。俺は、訓練を続けるか、部屋に戻って事務仕事をするか悩んだ。




 すると、小型水晶が鈍く光った。




 俺は慌てて、術式を展開した。




「よお、ハロルド!良かったら飲みに行かないか?」

 カーネスからのメッセージだった。落胆して、溜息混じりに返事を返す。


「お前、明日、仕事なんじゃないのか?」

「俺の商売は天気に左右される。俺の仕事は海運業だぜ?明日は大雨みたいだから、酒場で飲んで、明日は丸一日寝るよ」

「俺は明日、仕事なんだが」

「昼からだろう?キリエに聞いてる。そんなに遅くまで付き合えって訳じゃない」

「そうだな……少しだけなら」

「お?いつもは渋々と返事をするお前が、快く飲みに付き合ってくれるのは珍しいな。迎えに行くよ。10分で着く」

「分かった。着替えて、待ってる」


 気分を変えないと。俺は部屋に戻って、下着姿になってタオルで汗を拭き、楽な格好に着替えた。


 10分後、カーネスが時間通りに家にやって来た。


「カーネス様、お兄様を夜に連れ出すの止めてください!」

「いやいや、キリエ。ただ、飲みに行くだけだよ。仕事の愚痴とかを話すだけだ」

 玄関で、カーネスとキリエが言い合いになっていた。


「よお、カーネス。それじゃあ、行こうか?」

「お兄様!明日の仕事に差し支えがない様にして下さいよ!いつもみたいに飲みすぎて、倒れてカーネス様に運ばれる、なんてみっともない事にならないで下さいね!」

 キリエの小言が続く。


 はいはい、と生返事を返して、カーネスと並んで家を出た。気温は少しだけ肌寒い。とても過ごしやすくて、気分が落ち着いてきた。


「なあ、ハロルド。お前、何かあったのか?」

 カーネスが心配そうに、俺に尋ねてきた。


「何か……とは?別に何もないぞ」

「いや、お前が俺の飲みの誘いを快諾するなんて、珍しいな、と思って」

「俺だってたまには飲みたいさ」

「いつもみたいに酔い潰れるなよ」

「うるさいな」

 やはり、いつもと雰囲気が違って見えるのだろうか?カーネスに勘づかれそうになって、俺は気を引き締めた。




 酒場に着いた。


「先ずはエールにするか?つまみは、ソーセージとポテトでいいよな?」

「ワインが飲みたいな。シャンパンにしよう」

「おいおい、ハロルド。初めから飛ばすなよ」

「なんだか飲みたくなってきたんだよ」

 俺は店員を呼び止めて、強めのシャンパンを注文した。


「あー、こりゃ、帰りは背負って帰らなきゃならなくなりそうだな」

 カーネスは、ポリポリと頭をきながら、呟いた。




 クイっと、シャンパンを飲み干して、カーネスと仕事の愚痴を酒のさかなにして飲んだ。この時間なので、客はそこそこ入っている。段々と楽しくなってきて、俺は店員にワインのおかわりを注文した。カーネスが、ピッチを落とせ、と注意してきたが、無視した。ふと、酒場の掲示板に貼り付けてあるチラシが目に入った。


「なあ、カーネス。このチラシって……」

「ああ、これな。『出会いを与える魔法術式』の情報掲示板だよ」

「ちょっと見てきていいか?」

「ああ」

 俺は席を立って、掲示板に貼り付けてあるチラシを眺めた。前にカーネスに聞いた情報の他に、眉唾物の情報もあった。しかし、異世界人との出会い方、出会った経験がある、等と言う情報は書かれていなかった。


 酒場の扉が開く音がして、振り返った。そこに居たのは、ティーファ・オルゼだった。


「ハロルド様じゃないですか」

「ティーファさん、数日ぶりですね」

「ハロルド様、かなり飲んでいらっしゃる様に見えますよ。顔が真っ赤です」

「そんなに飲んでませんよ。酒に弱いんです。ティーファさんは、御一人で飲みに来たのですか?」

 俺からの問いかけに、ティーファは少しだけ口篭くちごもって、小さな声で俺に言った。


「ここに来れば、『出会いを与える魔法術式』の情報があると、知人に教えられまして」

 俺は前から抱えていた疑問を、ティーファにぶつける事にした。


「ティーファさん。貴方は何故、この術式に興味が?」

「ここでは話せません。個室でなら……」

「知り合いに一言、断ってきます。是非、聞かせて下さい」

「分かりました」

 俺はカーネスの居るテーブルに戻って、知り合いの女性と少し話してくると告げた。カーネスは、飲みすぎるなよ、とだけ言って、近くに座っていた同業種の男性と話し始めた。


「ティーファさん、奥の個室に行きましょう」

「はい」

「何か飲まれますか?」

「ギムレットを」

 店員を呼び止めて、奥の個室にギムレットを運んでもらう様に頼んだ。


 個室に入って、早速、俺はティーファに質問した。


「先程の話ですが……」

「はい。お話しますね」

 ティーファは深呼吸して、俺の目を見て言った。


「この術式は、異世界と繋がる事が出来る可能性があります」


 ティーファの一言に、俺は言葉を失った。

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