「紅潮の原因」


 公式からの通知を見て、直ぐにハロルドにメッセージを送った。


「ハロルド、貴方の所にも『レベルアップしました』と言う公式からの通知が届いていますか?」

「届きました。今から訓練をしなければならないので、この事は後で相談しませんか?美咲さんは何時から手が空きますか?」

「20時には帰宅します」

「では、20時半に通話しませんか?」

「わかりました」


 メッセージを送って、食事を再開した。春日部遥が、心配そうにこちらを見つめていた。


「課長?突然、思い詰めた顔になりましたけど……」

「ああ、うん。何でもないわ。ちょっと家族から……ね」

「そうですか……」

 私が言い淀んだのを見て、春日部遥は空気を読んで、それ以上は突っ込んでこなかった。




 その日は仕事に集中出来なかった。



 上司の山口さんから今日はミスが多いね、と注意されて、両頬をパシパシと軽く叩いて気合いを入れ直した。大丈夫。レベルアップって事は、悪い事じゃない。むしろ良い事の筈だ。


 パソコンのキーボードを素早く叩いて、日報を書き上げた。部下達が帰って行くのを確認して、上がってきたレポートを読む。


「羽生さん、今日はもういいよ。お疲れ様」

 山口さんから仕事を切り上げる様に言われて、お疲れ様です、と返事を返して席を立った。時刻は19時。家までは電車で30分くらい。予定より少し早い帰宅になりそうだ。


 私は帰り道にコンビニに寄って、数本のビールとツマミを買って帰路に就いた。


 帰宅して、いつものルーティンで直ぐに風呂を沸かしてビールを飲んだ。人心地付いて、スマホのメッセージを読み返す。


「ハロルドさんとの親密度が上がりました。LV2になりました。通話の回数が『1日2回』一度に通話出来る時間が『15分』に増えました」


 通話したのは一度だけ。しかも10分にも満たない時間だった。だから気付かなかったが、回数制限と時間制限があったのか。


 ピロピロ〜🎶と聞き慣れた音楽が鳴った。風呂が沸いたのだ。時計を見ると、19時50分。風呂に入っても、20時半には間に合う。夕食はハロルドと話をしてからにしよう。私は風呂場に向かった。


 30分後、自慢の長い髪をドライヤーで乾かしながら、スマホでハロルドにメッセージを送る。


「ハロルド、私は帰宅して準備が出来ています。手が空いたら連絡下さい」


 冷蔵庫からビールを取り出して、乾いた喉に潤いを与える。美味い。


 スマホが鳴った。


「美咲さん、こんばんは。私はもう訓練を終えて、帰宅しています。電話を掛けても良いですか?」


 あ……しまった!風呂上がりで完全にスッピン。失念していた。


「ハロルド、今日は声だけの通話でも構いませんか?」

「はい。分かりました」

「では、掛けますね」


 数十秒待って、通話ボタンを押す。


「こんばんは、ハロルド」

「こんばんは、美咲さん」

 ハロルドの声。数日ぶりに聞いたけど、何だか落ち着く声。


「レベルアップってどう言う事なんでしょうか?」

「そうね……そもそも、このアプリってどうなってるのかしら?普通のアプリじゃないと思うけれど……」

「私の周りで使っている友人は、近くに住んでいる、同じアプリを使っている女性と出会ったと言っていました。異世界と繋がる事はないでしょうし、通話するのに何かしらの制限があるとも言っていません。」

「私は同じアプリを使っている知り合いが居ないので、何とも言えません。後で調べてみますね」

「あの……もし迷惑でなければ、検証の為に朝と夜の2回、15分話しませんか?」

 ハロルドは少し恥ずかしそうに言った。


「それはいい考えだわ。ハロルドはいつも何時に起きるの?」

「私は6時に起きて、自宅の庭で剣の訓練をするので、早起きですよ」

「凄い!とても健康的だわ。私はいつも7時半くらいに起きます」

「何時に家を出ますか?」

「8時半には必ず家を出ます。9時から仕事です」

「8時からの15分、私と通話して下さいますか?」

「そうね……いつもは起きて直ぐにお風呂に入って、朝食を取るのでギリギリだから、明日からは7時に起きる様にしますね」

「それは申し訳ないです。でも、ありがとうございます」

 ハロルドは嬉しそうだ。こんなオバサンと通話するのが嬉しいなんて、ハロルドって美的感覚がズレてるのかしら?


「ハロルドは軍人なのよね?」

「そうです。『獅子王軍』と言う部隊で騎士団長をしています」

「どんな部隊なの?ドラゴンに乗って戦ったりするの?」

「いえ、『獅子王軍』は所謂いわゆる、陸軍ですね。魔法を使えない軍人ばかりですが、代わりに強靭な身体能力を持った男達が剣を振るう部隊です」

「魔法……そちらの世界には魔法があるのね」

「そちらの世界には、魔法がないのですね?けれど、こちらの世界でも、魔法が使える人間は人口の数パーセントです。稀有けうな能力ですよ。私は使えませんが、私の妹は使えます」

「兄弟が居るのね?」

「はい。可愛い妹です。後、弟も居ます」

「ハロルドは長男なの?」

「そうです。美咲さんは一人っ子ですか?」

「ええ。兄弟が欲しかったわ」

 雑談が盛り上がってきた。


「ねえ、ハロルド。貴方は軍人だから、戦争に出る事もあるのよね?」

「ここ数年は平和なので、戦闘には出ていませんが、過去に何度か隣国との戦に出ました」

「ハロルド……私は貴方が心配だわ」

「ありがとうございます、美咲さん。でも、私は強いので心配いりませんよ」

 スマホに表示された通話時間を見ると、そろそろ15分が経とうとしている。


「ねえ、ハロルド。このまま15分が経つのを待ってみない?どうなるのか見てみたいわ」

「そうですね。後、2分位ですかね?」

「そうね」

「明日の朝も話せる様になったけれど、なんだか名残惜しいです」

「何かお互いに質問をしましょう。それを明日の朝、お互いに答えると言うのはどうかしら?」

「面白いですね!では美咲さんからどうぞ」

私の提案にハロルドは嬉嬉として言った。


「ハロルドはお酒が好き?もし好きなら、どんなお酒が好き?お酒を飲む女は嫌いかしら?」

「えーと。この答えは明日までお預けなんですよね?」

「そうよ。今、答えてはダメ。次はハロルドの番よ。何でも聞いて頂戴」

「分かりました」

 ハロルドは少し間を空けて、意を決して言った。


「私の印象はどんな感じですか?好きか嫌いか、答えて欲しいです」

「え……」




 思わず答えそうになった瞬間、通話が切れた。




 スマホを見ると、「タイムオーバー」と表示されている。私は、はあ〜と溜息をいた。お酒の所為ではないだろう。顔が赤くなった原因を考えながら、夕食の支度を始めた。







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