第12話 俺が行きたいところ

 さぁ、ショッピングモールに着いた。

 心掛けることはレディファースト。先輩ファースト。俺の考えとか意見は二の次だ。


「先輩、どこに行きたいですか?」


 ……って、あれ? 先輩?

 振り向くと、先輩は入り口の前で立ち止まってしまっていた。


「どうしたんですか? 先輩?」


 見ると先輩は、スカートの裾をぎゅっと掴んで俯いていた。


「あの……えっと、なんか恥ずかしくなってきちゃって……」


 そうだった。浮かれていて忘れていた。

 先輩がかなりの恥ずかしがり屋で、俺と外で恋人らしく振る舞うことに躊躇いを持つほどであったことを。


「大丈夫。リラックスですよ、リラックス」

「そうしようと、手のひらに『人』って書いて飲み込んだけど、全然リラックスできなくて……」


 なんか返しが可愛いな。じゃなくて──


「先輩、ここは俺を『後輩』だと思えばいいですよ?」

「そりゃ、志勢くんは私の後輩だけど……」

「そうじゃなくて、一旦俺のことを『恋人』って意識するのやめてみればいいと思いますよ?」


 そうすれば少しは気持ちが楽になるだろう。そう思って提案してみたのだが……。


「ううん、大丈夫……それに……」

「先輩?」


「それじゃ、デートの意味がないから!」


 どうやら俺の提案は必要ないのかもしれないな。


「あっ、でも……ちょっと待って!」


 けれど先輩は一歩も進まない。

 でもきっと、気持ちを整えたら動いてくれるよな。そう思い、先輩を待つことにしようと考えたときに俺は、杉原先輩の厳しいお言葉を思い出した。


『あのね、ユキナリくん。桃子のペースに任せるなんてダメ!』


 先輩のペース任せじゃなく、自分で先輩を引っ張れ。なんてことを強く言ってたっけな。


 ──よし。


 俺は深呼吸して、気持ちを整えた。そして──


「先輩、失礼します!」

「えっ、ちょっ、志勢くん!?」


 俺は勇気を出して、先輩の手を掴んだ。突然のことに、先輩は「はわわぁ……」と、混乱している。


 ここは、先輩を安心させよう。

 呼吸を整え、平常心で──


「こういうのは、一気にガッ!ってやったほうが楽ですよ?」

「あっ、うん………」


 先輩を引っ張って安心させるイメージで、俺は先輩に優しく語りかけた。


 だが、正直に言おう。

 今、自然な流れで先輩と手を繋いでいて、羞恥はピークに達していることを。


「い、行きましょうか?」

「うっ、うん!」


 抑えていた羞恥心が溢れ出てしまった俺。それが先輩に伝染うつったのか、先輩も俺もしどろもどろ。


「あっ、あの……」

「えっと……」

「もう、大丈夫だよ」

「あっ、はい」


 そしてショッピングモールに入ってすぐ、耐えられなくなった俺たちは即座に手を離した。



 〇



 ショッピングモール館内に入って、なんとなくエスカレーターで二階に上がってみた俺たち。


 お互い、さっきのことよりも恥ずかしいことなんかじゃないと考えてしまったからか、いつの間にか俺たちは二人で並んで歩くことに自然と慣れていた。


「先輩、どこに行きたいですか?」


 まずはレディファースト。俺は先輩に行きたい店を尋ねた。


「私はいいよ。志勢くんはどこに行きたい?」


 けれど先輩は優しいから、俺のことを第一に考えてくれている。少し遠慮しがちな態度に見えるのがどうも引っかかるのだが……。


「じゃあ……」


 けれど、そうなることは想定内。俺はこう答えた。


「『先輩の行きたいところ』に行きたいです」

「……もう」


 先輩は「やれやれ」と微笑しながらも、モール館内の地図を出して、行きたい店を教えてくれた。


 その後は先輩の要望通り、服屋を数カ所巡った。

 その間、先輩に似合った可愛い服を身にまとった先輩を拝むことが出来たのでもう大満足だ。

 時に「どうかな?」と、服を試着した先輩が聞いてくることも。もうそのときの先輩が眩しすぎて……俺は照れ隠しで目線を少し下に向けてしまったこともあったが──


「そ、そんなにまじまじと見られると……」

「す、すみません!」


 再び顔を上げて、先輩に述べる感想を考える俺の視線に、先輩も恥ずかしそうに目線を下に向けた。

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