第8話 「盗聴器」の有効活用

「……あれ、まだマーティさんとストンウェルさん、来てないんですか?」


 ヒュ・ホイは先に球場にやって来ていたスタッフに訊ねた。


「ええまだです。遅れるという連絡も入っていないし……」


 共通時十一時半。

 サンライズのその日のベンチ入りメンバーは、昨日と同じグラウンドへと入っていた。

 既に客は入りつつある。これでもかとばかりに弱い「エディット・トマシーナ」だが、それだけにこのチームに対する地元民の愛情は深く、また複雑なものなのかもしれない。


「ここの交通事情はアルクとは違いますからねえ…… もしかしたら、それで時間が掛かっているのかもしれませんよ」

「まあいーさあ。どうせストンウェルは今日はお休みだし、マーティは……」

「マーティがわざわざ決めなくとも今日の相手なら大丈夫だろ」


 皆口々に好きなことを言う。実際、昨日のストンウェルが打たれたことそのものがおかしいくらいだったのだ。

 昨日のスコアは15対1だった。皆実に楽しくぽんぽんぽんと打ちまくった。特にトマソンあたりは飛ばしに飛ばし、場外ホームランも一発出たくらいだった。


「けど、あのひと達が来なかったら、どんなにいい試合だって、没収ですよ。うちの負けになるんですよ」


 ホイの言葉に、皆声を無くす。


「そう言えば…… そういうルールだった…… よなあ。先生!」


 柔軟運動をしていたテディベァルは、チームの生き字引に話を振る。


「……えーと、確か、試合が終了するまでに、ベンチ入りメンバーが揃っていないことには、その試合は結果はともあれ没収、とありましたね」

「……ちゃんと来ればいいんですけど……」


 ふう、とホイはため息をつく。


「携帯端末は持ってって無いのかよ?」

「マーティは落とすのが嫌だから、って部屋に置いておく方だし」


 何のための携帯端末だよ、とテディベァルはわめく。


「ストンウェルは基本的にアレは持たないんですよねえ。従って連絡を取る方法は無し」

「……ったくあいつらは……」


 会話を聞いていた監督までが、頭を抱えた。


「おいお前等、今度から絶対にどちらかに携帯端末を必ず持つ様に言っておけ!」

「どっちか、でいいんですかい?」


とトマソン。


「だいたいあの二人は何かとくっついてるだろ」


 ぷっ、とダイスは口にしていたドリンクを吹き出した。彼は本日の先発登板だった。

 確かにあの二人はよく行動を一緒にしているけれど。


「……あ」


 ふとダイスは、顔を上げた。


「ミュリエルさーん、昨日のあれ、回収しましたか?」

「昨日のあれ?」

「ほら……」


 口に出して言うには、「盗聴器」はなかなか恥ずかしい、もしくは物騒な言葉である。

 ほらほら、とダイスは指を回す。ミュリエルはああ、とうなづく。


「そう言えば、彼のスタジアムジャンパーのポケットに入れて置いたんですねえ」

「通信はできないかもしれないけど」

「何なに何のことだよ」


 昨日はあの場にいなかったトマソンやホイは興味深そうに「先生」の行動を見守る。

 回収はしていないらしい。ベンチに引っ込むミュリエルの方に彼等は視線を飛ばした。ミュリエルは自分のジャンパーのポケットから、見覚えのあるイアホンを取り出した。片方を耳に押し込む。


「ああ、まだ効いてるよ、ダイス」

「何処に居るか、判ります? 場所によっては、呼び出すとか……」

「君も結構頭回るようになったね…… うーん、何かずいぶんざわついているな…… え?」


 ミュリエルの声色が変わった。


「先生? どうしたの」


 急に難しい顔になったミュリエルに、ホイは問いかけた。すると「先生」は監督に近づき、皆を手招きした。


「何だミュリエル…… それは」

「すいませんちょっとこれは盗聴器です。……ああそんな顔しないで下さい。ちょっとした余興で」

「それより何が」


 監督もまた、声を潜める。さすがにいくらこの場所が広くて、そうそう向こうやこっちに声が届く場所ではない、と言っても、その単語は物騒だった。


「……銃声が、しました。二発」


 銃声。その言葉に彼等は身体を固くした。

 特に彼等のホームグラウンドがあるアルクは、一昨年まで政情不安だった土地柄だ。銃声だの爆発物だの、と言った単語には敏感だった。


「だけどストンウェルは大丈夫だと思います。あくまで、彼及び彼の近くで鳴った、という訳ではなく、遠くで鳴っている様な感じです」

「確か、あの二人、ストンウェルさんのお兄さんを送っていく、って言ったんですよね」


 ダイスは行きがけの彼等の様子を思い出す様に言う。


「じゃあ何処だあ?」

「わざわざ寄り道して行くとこはあのひと達には無いでしょう」

「じゃ、宙港か!」


 トマソンはどたどた、と自分のバッグのファスナーを開ける。中からノートサイズの薄型のTVを取り出した。アンテナを伸ばし広げると、やや荒っぽいながらも、映像が映る。


「テディ、今日のニュースペイパー持ってるか?」

「何で俺に聞くのよ! ホイ持ってる?」

「ニュースペイパーだったら、確かここの売店で売ってたよ。ちょっと待って」

「あ、僕が行ってきます」


 控え捕手のエンドローズはベンチから飛び出した。


「畜生、他惑星の電波ってのは合わせにくいな」


 トマソンはダイヤルとアンテナを苦労して動かす。

 無論一番簡単に局を合わせる仕組みがついている薄型TVが無い訳ではない。

 ただ彼が持っているのは、どの惑星でも対応できる様に、逆に選択がアナログ式になっているタイプだったのだ。電波の種類、周波数、向きや状態は惑星ごとに違う。妨害電波が流れている惑星だって少なくはないのだ。


「高かったんだぜえ? 帝国全土対応ってのは」

「あんたがそういう趣味だって聞いた時にはなかなか驚いたけどよー」


 テディベァルは呆れ半分、感心半分でじっとその手元を見つめた。と、エンドローズがニュースペイパーを手に飛んでくる。


「トマソンさん、ニュースはここの三番VHFの『8』に合わせて下さい。今の時間だったらやってるはずです」


 おう、とトマソンは太い指でダイヤルを操作し始めた。ぴーぴーがーがー言っているだけの画面とスピーカーが、次第に画像と音声をクリアにしていく。


「お、何か見えてきたぜ」

「……ん? これ宙港じゃ」

『……です』

「おいトマソン、音声もう少し上げろよ」

「待て待て、こういうのはなテディ、結構微妙な……」

『……警官隊の要請を……』

「警官隊?」

「ちょっと待ってくれよ!」


 ベンチに居たメンバーは、トマソンをぐるりと囲む格好になる。

 その一方でミュリエルは、イアホンの向こう側の様子に神経を集中させた。眼鏡の向こう側の瞳が真剣な色を帯びている。



「……」


 搭乗手続きが妙に止まってしまっている。

 ジャスティスはおかしいな、と手元の時計を見た。既に搭乗予定時間が過ぎているではないか。


「おい、何かあったんで?」


 ぐい、と手続きをしている係員の方へと身体を乗り出し、彼は問いかける。


「……あ、あの……」


 どう答えていいものか、係員もまた、困っている様な顔だった。だいたい、普通だったら、二人三人で手分けして行われる手続きが、一人になっている。


「おいおい、いきなり人手不足かよ」

「すみません、ちょっと今立て込んでまして……」


と言ったところで、搭乗時間が過ぎている訳だ。さすがにこれはただごとではない、と誰でも判る。


「遅れるんだ、な?!」


 強く、念を押すようにジャスティスは手続きカウンターの係員に問いただす。


「は、はい」

「……ったく、だったら最初からそう言え」


 言いながら、彼は列を外れて、吹き抜けのウインドウの側のカウチに掛ける。やれやれ、と葉巻を取り出し、火を点けた時―――

 音が、響いた。

 彼は慌てて振り向く。カウチを飛び越えて、ウインドウに手をついた。

 人だかりの中に、二つの半円が出来ている。そしてその中心に、銃を持った男女が居た。

 なるほど、それで搭乗手続きが止まってやがるのか。

 ちっ、と彼は舌打ちをする。

 そのまま視線を下に巡らす。


「……あの馬鹿ども……」


 彼の視線の下には、見事に目立つ、青のスタジアムジャンパーがあった。



「……おいマーティ、ガムなんざ買ってるからだぜえ……」

「……大した時間じゃないだろ。それより、今、何時だ?」

「真正面」


 ノブルは小さく正面を指さす。壁に大きく取り付けられた時計は共通時の十一時四十五分を指していた。


「……だいたいここから、球場までどのくらいかかる?」

「二時間弱、ってとこかな。だからさっきさっさと出ていれば、ちょっと遅れるくらいで済んだけどよ……」


 ちょっとどころでは、どうやら済みそうも無かった。

 あの白い紙巻き煙草のカップルを見た時、嫌な予感はしたのだ。

 案の定、彼等の反対側――― ゲート近くでいきなり発砲音が響いた。

 反射的にマーティの身体は動く。「活動」中のくせだ。

 さっと周囲を見渡した彼の視界の中に入ったのは、先ほどの白い紙巻き煙草の男女が、銃を手にしている図だった。

 男の手には機関銃、女の手には散弾銃があった。彼等を中心にして、ざざっ、と半径5メートルばかりの空間ができる。

 ちら、と先ほどの音の方面にも視線を動かすと、そちらには短銃を持った男が一人。そちらにもある程度の空き場所ができていた。


 全部で、三人か? 


 マーティはとりあえず判断する。

 だが見える敵が三人だからと言って、全部で三人、とは限らない。

 ちら、と周囲を見渡すと、チケットカウンターの扉が微かに動いたようだった。なるほど、あそこから出た者が居るな。


「……大丈夫かね」


 誰が、とはノブルは付け加えなかった。さあね、とマーティは答える。

 今しがた出て行ったカウンター嬢が果たしてすぐに救助を呼んでくれるのか、がミソだ。

 いやそれだけではない。上から見下ろしている連中は。

 ゲートを上がって、搭乗を待つ彼等がどう反応してくれるのか。

 何にしろ、困ったことに巻き込まれたなあ、とマーティは思った。ひどくのんびりと、そう感じていた。


「……あんた落ち着いてるなあ、マーティ」

「……まあなあ」


 何せもっと厄介だったことは山ほどある。敵が明らかで、自分や相棒を確実に狙っていた中を突破したこともしばしばだった。

 それに比べれば、少なくとも、今この目の前にある状態は、判りやすい。

 解決は、するだろう。確実に。自分が関わろうが関わらまいが。……関わらないに越したことはないが。

 ただ、時間が惜しい。マーティにとっては、それだけが問題だった。


「……最高何時まで、大丈夫だと思う?」

「あー…… 試合開始が十三時だろ? ……引き延ばし引き延ばしても、三時間…… 四時間…… は無理だね、あのチーム弱すぎる」


 球場までは二時間はみたい。試合に三時間かかるとして、……十四時がタイムリミットだ、と彼は思った。

 生命の危険は――― 考えていない訳ではない。ただそれは、今ここでなくても、何処でも同じだ、とマーティは考えていた。何処にいようが、いつ何があるかなんて判りはしないのだ。

 あの「冬の惑星」に居た頃。

 過去は霧の中だったし、先は全く見えなかった。それでもただ、毎日毎時毎分毎秒を、とにかく生きていた。次の瞬間に何があるか判らなかったから、とにくか前だけを見ていた。

 その習慣が、彼の身体にはこれでもかとばかりに叩きこまれている。

 周囲を見渡す。犯人は、やはり三人なのだろうか。

 位置的には。変わらず入り口とゲート側の両方に彼等は陣取っている。本当に三人だけだろうか。とりあえず三人と仮定しよう。


「……何か、通信機に向かって言ってるぜ」

「ああ」


 だが遠すぎる。幾らマーティの目が良くても、唇の動きを読む程に近くはない。

 ちっ、とマーティは舌打ちをする。もどかしい。

 どうしてこんなに周囲に人が多いのだろう。これから搭乗する人々、見送りに来ている人々、老若男女、百二百三百、どのくらい居るだろう? 

 この場所が広すぎるのが悪いんだ、と彼は思う。広くても、人数があっても、銃の力というのは大きい。そしてまた、「もしかしたら」それ以外にも仲間が存在する可能性。ああ鬱陶しい。

 これが単に自分や相棒だけが狙われている時だったら、話は早かったのに。

 先ほどとはやや矛盾した考えを彼は巡らす。


「……それにしても、何をあいつら、言ってるんだ?」


 ノブルは囁く。売店の近くに居た彼等にとって、両出口の側に居る犯人達は実に遠い。


「……さすがに俺にも判らないなあ……」


 壁の時計は、彼等に刻々と過ぎて行く時間を告げている。……既に十二時になりかかっていた。

 何を目的としてるんだ、とマーティは思う。それによって外側からの対応も変わってくるだろう。

 困ったな、と彼はあごに手を置いた。

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