2008年 春

 佐藤明さとうあきらに出会ったのは、二年前の春のことだ。

 駿一は二十歳で都内のとある私立大学の法学部に入学した。

 幼く垢抜けない二歳下の同級生たちの中で、駿一はひとり光を放っていた。初めての授業の日、駿一が教室に入った瞬間、女子はその美貌に釘付けになるか恥じらって目を逸らし、男子は一瞬のうちに外見上での敗北を悟る。「普通の人々」の、美しい者に対する反応を、駿一は嫌というほど肌で感じていた。

 駿一は唇を引き結んで黙ったまま、あらかじめ指定された席についた。顔の良さについていちいち褒めそやされるのは煩わしかった。用事があればこちらから話しかければいい。

 最初の授業は第一外国語、つまり英語だ。教官は厳しいと有名な人で、期末テストのほかに毎週小テストを行い、その成績が悪ければ単位は与えないと宣告した。

 教官は早口でどんどん授業を進めていく。駿一は英語が得意だったので難なくついていけたが、隣の男子はリュックサックを漁って青い顔をしている。筆記用具を忘れたらしい。彼には入学式でもその後の説明会でも見覚えがなかった。この授業は学部ごとの選択授業ではなく、勝手に割り振られた必修授業だから、文系学部の一年生が入り交じっていた。

 駿一は隣を横目で見るのをやめて、授業に集中した。声をかけたのは、一時間目終了のチャイムが鳴った後だ。

「コピー取れよ」

 駿一が自分のノートを隣の男子に差し出すと、彼は言った。

「お、俺に話しかけてんの?」

 その言葉には、微妙に東北の訛りがあった。

「君以外に誰がいるんだ。昼休みに法学部食堂まで返しに来い」

「ん、おお」彼は何度も首を縦に振り、ノートに書かれた駿一の名前を見た。「早乙女駿一、ってこれ、本名?」

「当たり前だ。大学のノートに源氏名げんじなを書くやつがいるか」

「へええ、格好いい名前だな! 俺とは大違いだ。……あ、俺は文学部の佐藤明。日本中に山ほど同姓同名がいそうだろ」

「本当だな」

 駿一が笑って、二人は友達になった。

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