第47話 魔王の息子、ライバルが現れる?

 オルフェウス学院長に呼び出されてからちょうど一週間後。


 ルミナス王国、ヴァナルガンド帝国、アルカディア共和国の三国から、教師がやって来る。

 ゼノスたちはグランレイヴ魔術学院の中で一番広い、ドーム状の広間には全校生徒が国ごとに縦一列になり、横並びで整列していた。

 先頭に立つのは、各国の生徒代表。


「なあ、イリスやユリウスは誰が来るのか知らねえのか?」

「何も聞かされていないわ」

「俺も知らぬ」


 返ってきた答えは2人とも同じものだった。

 

「ゼノスこそ、誰が来るか知らされていないの?」

「あー、俺も知らねえな」


 ゼノスは2人と同じ答えを返すしかなかった。

 共和国民でないゼノスでは、仮に共和国から連絡があったとしても名前と顔が一致しない。

 

 監視の為に寄越してくるくらいだ、それなりの力は持っているはずである。

 いざという時に動ける者でなければ、ここに送る意味はないのだ。


 他の生徒たちも誰がやって来るかは当然知らない。

 前後の生徒同士で予想話をする始末である。

 広間がざわつく中、10分ほど経ったところで、扉が開く音がした。


「生徒諸君、新たな先生方をお連れしたぞ」


 オルフェウス学院長がゼノスたちの前に立ち、その隣に3人の男女が並び立つと話し声が止み、広間は静まり返る。


「……なんで、アイツがここに……」


 そう呟きを漏らしたのはイリスだ。

 

「知ってる奴なのか?」

「……ええ。できることなら二度と会いたくなかったんだけど」


 氷のような表情で、オルフェウス学院長の隣に立つ青年を見つめている。

 ウェーブのかかった長く色の薄い金髪に、深海を思わせる濃い青色の瞳をしていた。

 整った顔立ちではあるものの、どこか軽薄そうにも見える。

 ここまで嫌悪感を露わにしたイリスを見るのは初めてかもしれない。


 ユリウスも、いつもとは違う表情を見せていた。


「せ、先生……」


 濃い灰色の髪をオールバックに碧眼、やや面長の顔をした壮年の男を凝視している。

 左目にかけた片眼鏡モノクルが特徴的だ。

 物腰の柔らかそうな紳士を前に、ユリウスは固まってしまっていた。


 おいおい、お前もかよ。


 どうやら、王国と帝国からやって来たのは、イリスとユリウスにとってあまり嬉しくない相手らしい。


 ということは、オルフェウス学院長から見て一番端にいる女性が、共和国から来たってことか。


 赤毛に目じりが垂れ気味の藍色の瞳、左目側にある泣き黒子が特徴的な、どこか飄々とした風情の美女だ。


「一人ずつ紹介しよう。まず儂の隣におるのが、ルミナス王国からやってこられたヴィルヘルム先生じゃ」

「ルミナス王国、次期シュヴァリエ侯爵のヴィルヘルム・シュヴァリエです。高い志を持ち、日々頑張っている皆さんを間近で応援したいと思っておりました。私自身、多少魔術の心得がありますので、皆さんの御力になれればと志願した次第です。こうしてお会いできたことを、心より嬉しく思います」


 ヴィルヘルム先生が一礼し、そして微笑を浮かべる。

 ほう、とあちらこちらから溜め息がこぼれる。

 こぼしているのは皆、女子生徒ばかりだ。


 ヴィルヘルム先生の甘い声と絵画を思わせる笑みに、ほとんどの女子生徒は見惚れてしまっている。

 見惚れていないのはイリスとロゼッタ、そしてレティシアくらいだった。

 特にイリスは顔が引きつり、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。

 いったい2人の間に何があったというのだろうか。


「ヴィルヘルム先生の隣が、ヴァナルガンド帝国からやってこられたイザーク先生じゃ」

「ヴァナルガンド帝国軍、特殊魔導部隊長を務めているイザーク・ルードヴィッヒだ。教え子の様子を見るためにやって来た、宜しく頼む」


 低音で力強い声が響き渡る。

 帝国の生徒たちからどよめきが起きた。

 特殊魔導部隊長というのは、彼らにとって特別なもののようだ。

 だが、ゼノスが反応したのはそこではなかった。


 教え子?

 ってことは、もしかして。


 ゼノスはちらりと横を見た。

 その視線の先にいるのは、イリスと同じく顔を引きつらせているユリウスだ。

 いつも自信に満ちているユリウスからは想像できない。

 

「最後に、アルカディア共和国からやってこられたモニカ先生じゃ」

「アルカディア共和国のモニカ・ブランシェよ。私に他の2人のような肩書きはないけれど、上からの命令でやってきたってことで宜しくね」


 肩書きはないと言ってはいるが、暗色の修道服に身を包んでいる時点で怪しいことこの上ない。

 しかも、上からの命令で、と明言しているくらいだから実力も持ち合わせているのだろう。

 

 ゼノスはため息を吐いていた。


 せっかくアルヴィナ先生の監視が楽になるかと思っていたのに、3人が3人とも一癖も二癖ありそうな人物だ。


 もしかして負担が減るどころか、増えるんじゃねーのか……?


 そう考えてしまうのは仕方のないことだった。


「室内の授業は4人の先生が持ち回りで担当し、課外授業は4人の先生がついて行くことになる。三ヵ国は得意な魔法もそれぞれ違う。学びの機会と思って励んでほしい」


 オルフェウス学院長の言葉で3人の先生の紹介が終わる。

 

「ゼノス、早く教室に戻りましょう」


 イリスの声からは焦りが感じられた。

 一刻も早くこの場から離れたい理由が、彼女にはあった。


「イリス様。お久しぶりです」


 ゼノスの背中を押す手がピタリと止まる。

 残念ながら、覚えのある声によって引き留められた。


 ゼノスに説明しておきたかったのに……。


 イリスは諦めてゆっくりと振り返った。

 

「シュヴァリエ様。ええ、私がこっちへ向かう前にお会いして以来かしら」

「そのような他人行儀な呼び方でなく、ヴィルとお呼びくださいと言ったではありませんか。私は貴女の婚約者なのですから」


 こ、婚約者だと!?

 いったいどういうことだ。


 イリスに婚約者がいるなどということは聞いていない。

 ゼノスがイリスを見ると、ちょうど視線がぶつかった。


 頭を激しく左右に振って否定している。

 首が痛くならないか心配してしまうほどだった。


「違います! 婚約者ではありません! 貴方は私の元婚約者候補に過ぎないでしょう!!」


 顔を真っ赤にしたイリスが、怒鳴り声で否定する。

 

 よかった、婚約者じゃないのか。


 ホッとしかけたゼノスだったが、すぐに「ん?」と違和感に気づく。


 元婚約者候補だと……?


「姫様には国王様がお決めになった婚約者候補がいらっしゃったのです。聞いていらっしゃらなかったのですか?」


 ロゼッタが背後から、ゼノスにだけ聞こえる声で耳打ちしてきた。


「なん、だと……」

「そのご様子ですとご存じなかったようですね……。婚約者候補はシュヴァリエ様を含め4人。ただ、どなたとも婚約するつもりのなかった姫様は、魔術学院に入学するからと言ってお断りされたのですが……」


 納得いかずに、今回のことを口実に追いかけてきたってわけか。

 気持ちは分からなくもないが、だからといって何もしないわけにはいかない。


 俺とイリスは恋人同士なのだから。


「イリス。教室に戻るんだろ。行こうぜ」

「イリス様。そちらは?」


 ヴィルヘルム先生が眉を寄せてイリスに尋ねた。

 イリスが答える前に、ゼノスが口を開いた。


「アルカディア共和国のゼノス・ヴァルフレアだ」

「……ああ、君が」

「俺のことを知っているのか」

「オーヴェル様にお会いしたときに少しだけ君の話が出たのですよ。あんなに嬉しそうに話すオーヴェル様は初めて見ました」


 口調自体はとても穏やかだが、ゼノスを見るヴィルヘルム先生の眼差しはどこか挑戦的なものを感じる。


「貴方とは機会があればゆっくりお話がしたいですね、できれば2人きりで」

「そりゃどーも」


 完璧な動作で差し出された手を取り、ゼノスは握手をした。

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