第28話 魔王の息子、両手に花になる
――今のところこれといった魔族はいねえ、か。妙な話だ。
ダンジョンに潜ってからそれなりに時間が経つ。
ゼノスは魔力探知を使用して、自分の周囲に潜んでいる魔族のレベルと距離を把握していた。
ゼノスたちが今回初めて入るこのダンジョンは、レベル1から4までの魔族が出現する。
ウィリアム先生から教えられた情報の中で注意すべき魔族はインプだ。
全身は真っ黒で、頭には小さく尖った角が二本、ひょろりとした
充血したように赤い目に
単体での攻撃力はゴブリンと大差ないが、厄介なのは魔法を使ってくるということ。
指先から『フルグル』という、風魔法の中でも初級の雷撃を放ち、これを受けてしまうと短い時間だが痺れて動けなくなる。
身動きが取れない状態で攻撃されれば、当然ダメージを受ける。
魔族との戦闘に慣れてきた生徒たちではあるが、魔法を使ってくる相手は初めての経験であり、リスクを伴う。
その為、今回は一部を除いて四人一組で潜ることになった。
――四人いれば、何かあっても落ち着いて対応できるはずだ。
戦いの基礎や心構えは教えてきたつもりだしな。
これまでの課外授業で、ゼノスは自身の経験に基づいた戦い方を生徒たちに教えてきた。
怖くても目を逸らすな。相手の動きをよく観察しろ。死角は作るな。仮にダメージを受けたとしても痛みを怖がるな、奴らは恐れを敏感に感じ取って積極的に狙ってくるぞ。
ごく基本的な部分だけではあるが、ゼノスは教えを請うてきた生徒たちに対して、何度も言い聞かせてきた。
「ギイィィィ!」
甲高い鳴き声を
飛び跳ねるように間合いを詰めてくるインプだが、おもむろに右手を上げようとした。
だが、インプが右手を上げるよりも早く、ゼノスは『イグニス』を放つ。
『イグニス』に触れたインプは、声にならない悲鳴を上げて灰と化す。
魔法を使用する前には、必ず前触れとなる動きが発生する。
動きを注意深く見てさえいれば、余裕をもって対応することができるのだ。
教えられた生徒がゼノスのように迅速な対応ができるかどうかは、また別の問題ではあるが。
「ゼノスの反応が早すぎてやることがありません」
「そうか?」
「そうです」
分かりやすくレティシアの頬が膨らんだ。
ゼノスの実力が見たいと言っていたのだから、むしろ歓迎すべきことのはずなのだが、どうやらレティシアも魔族を倒したいらしい。
「じゃあ、次出てきたヤツはレティシアに任せるか。その角を曲がったところに一匹いるしな」
「やった! あれ? どうして魔族がいるって分かるのですか?」
「いや、普通分かるだろ」
魔力探知の有効範囲はおよそ2キロメートル程度。
そのエリア内であれば索敵可能だ。
また、魔力探知を使用せずとも50メートル以内であれば、魔族の気配などもある程度察することができる。
ゼノスにとってはごく当たり前のことだった。
「いやいや、普通は分かりませんからね」
だが、レティシアは即座に否定する。
ゼノスのように、魔力探知を使用できる人間は熟練の魔術師でもごくわずかしかいないし、もちろん気配を探るといったこともできない。
果たしてゼノスの言う通り、通路を曲がったところでインプを発見する。
「あ、本当にいましたね……っと!」
レティシアは即座に駆け出し、自分の魔力が込められた剣を振り上げると、インプを一刀両断する。
レティシアの魔力によるものだろう、真っ二つになったインプの断面は凍り付いていた。
「どうですか」
振り返りこちらを見上げる姿がいかにも褒めてほしそうな顔をしていたので、ゼノスはレティシアの頭をポンと軽く撫でて「見事なもんだ」と告げる。
ゼノスの大きな手で頭を撫でられたレティシアは、気持ちよさそうに目を細めてうっとりとした表情をしていた。
ゼノスたちは他の組と違い、四人ではない。
彼の実力を考慮したウィリアム先生が決めたのだ。
もちろん、ゼノスに確認を取ったうえで。
了承したゼノスは、残った一人と課外授業についてきたレティシアの三人でダンジョンを進んでいる。
残りの一人とは、
「甘やかしすぎではないですか、ゼノス。彼女の実力があれば、あの程度の魔族は倒せて当然です」
そう言って
二人きりではないので、口調は王女様モードである。
「あら? もしかして、イリス様は嫉妬なさっていらっしゃるのですか?」
挑発するような声で、イリスを見る。
「……っ!? そ、そんなわけないでしょう」
「そうですか? 私も撫でてほしい! みたいな顔をされていたように見えたのですが、私の思い違いだったようですね。申し訳ございません」
「別に構いません」
――撫でてほしいに決まってるでしょうっ!
本当に悪いなんて思ってもいないくせに、取ってつけたような謝罪までして。
ついてきて正解だった。
本当は別の生徒がゼノスとレティシアの組に入ることになっていたのだが、身分が違う他の生徒では、レティシアの暴走を止められるはずがない。
そう判断したイリスは、生徒にお願いして代わってもらったのだ。
「それよりも! いつ魔族が現れるか分からないことですし、もう少しお互いに距離を取った方がいいんじゃないかしら」
レティシアの小さくて柔らかな手が、ゼノスの右腕を絡め取っていた。
「え? でもゼノスは魔族のいる場所が分かると言っていましたよ。ですよね?」
「あ、ああ。確かにどこにいるかは分かるけどよ」
「この近くに魔族はいますか?」
「……いねえな」
「だったら、しばらくはこのままでもよいですね」
レティシアはゼノスの右腕を離そうとしない。
そして、イリスを見るとフッと鼻で笑った。
貴女に真似ができますか? と言っているようだった。
――いいわ、乗ってあげようじゃない!
イリスは、つつ……とゼノスに近寄る。
そのまま左腕に抱きつく――ようなことはせず、袖の部分をつまんだ。
レティシアの挑発に乗ったイリスだが、好きな相手との距離が近ければ近いほど緊張してしまう。
ましてやレティシアのように自分から腕を絡ませるのは、ハードルが高すぎた。
恥ずかしそうに顔を伏せ気味にしているが、耳が少し赤らんでいるのがハッキリ分かる。
ゼノスは心の中で「やべえ」「可愛い」を何度も繰り返した。
多少の時間を要し、落ち着いたゼノスは両脇を見る。
タイプは違うが、イリスもレティシアも美少女だ。
今の状況を他の生徒、特に男子が見ていたら
二人は張り合うようにして、ゼノスから離れようとしない。
差し迫った危険はないものの、ずっとこの状況は宜しくなかった。
しかし最適な行動が何か、まるで思いつかない。
戦闘に関しては百戦錬磨のゼノスだが、恋愛に関しては全くの初心者だ。
――親父、こういう時はどうすりゃいいんだよ……。
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