第15話 魔王の息子、射殺す

 ゼノスは放たれた矢のごとく、森の中を疾走する。

 ただ闇雲に走っているわけではない。


「——邪魔だ」

「ゴブゥッ!?」


 目の前で突っ立っていたゴブリンを一刀のもとに切り伏せる。

 ゼノスは魔力探知を使用し、近くにいるゴブリンを次々と切り倒していた。

 だが、本命はコイツじゃない。

 ゼノスは速度を速めて森の奥を進んでいく。

 しばらくすると、前方で唸り声が聞こえた。

 しかも、声は一つではなく複数だ。


「『イグニス』」


 ゼノスは赤く燃え盛る剣を構えると、一気に走り出した。

 目の前に背丈の高い茂みが見える。

 あの向こうだ。

 草を突き抜けた瞬間、「ギシャアッ!」という声が左右から聞こえてくるが、慌てることなく走り抜ける。


「……全部で十五体か」


 足を止めた瞬間、あっという間に包囲網が完成した。

 知能の低いゴブリンとは思えないほど統率の取れた動き。

 ゴブリンが群れているだけではこんな動きは出来ない。

 ということは近くに――見つけた。


 小高い丘の上に立つ、普通のゴブリンよりも一回り大きな個体。

 ゴブリンロードだ。


「グルルル……」


 ゴブリンロードが嫌らしく笑う。

 ゼノス一人だからと勝利を確信しているのだろう。

 事実、ゼノスを囲んでいるゴブリンたちは舌なめずりをしている。


「ギャウウウ!!」


 ゴブリンロードが甲高い声で喚いた。

 それが合図だったのか、ゼノスを取り囲んでいたゴブリンが一斉に襲い掛かってくる。

 だが、ゼノスは落ち着きを払っていた。


「俺じゃなければ、お前らの勝ちだったんだろうがな」


 ゼノスは大振りの斬閃一つで、ゴブリン十五体は綺麗に真っ二つになり、ゼノスの足下に転がる。


「……ッ!?」


 ゴブリンロードは声にならない悲鳴をあげた。

 相手はたった一人で、こちらは十五で囲んでいた。

 圧倒的に有利だったはずだ。

 それなのに気が付けば全てやられているではないか。

 このままではマズい。

 一旦退き、奴らの手を借りねば……。


 瞬時に勝ち目がないと悟ったゴブリンロードの決断は早く、その場を一目散に離れようと振り返った。

 アレは危険だ。

 今回は失敗したが、今のうちに殺しておかねばならない。

 奴らの群れの力を借りて、次こそは――。

 

「——敵に背を向けるんじゃねえよ」


 近くでザシュッ! という音がした。

 ゴブリンロードは己の顔を下に向ける。

 すると、ちょうど胸の辺りから真っ赤な剣が突き出ていた。

 血飛沫と絶叫が同時に発生する。


「ギャアアアアウウッ!?」


 ゴブリンロードは懸命に後ろを振り返ると、ゼノスは先ほどまでと同じ場所に立っており、右手には剣がにぎられていた。

 ただし、その刀身は異様なまでに伸びている。

 

「こいつは便利なもんでな。流し込んだ魔力量で自在に刀身の長さを変えることができるんだ。こんな風にな」


 シュルシュルシュル、と刀身が短くなり、元の長さへ戻っていく。

 胸元から血が溢れ、草原に飛沫しぶき、ゴブリンロードはその場に崩れ落ちた。

 ザッザッザッと、地面から生える草を踏みしめる音が徐々に近づいてくる。


 ―—マズいマズいマズい……!

 このままでは殺される!


 地面に打ち付けられたゴブリンロードは、逃れようと懸命にもがいた。


「悪いな」


 だが、それは叶わぬ願いだ。

 

「俺と会ったのが運のツキだと思って、死んでくれ」


 ドスッ! と、ゼノスはゴブリンロードの頭に剣を突き刺す。

 ゴブリンロードは二、三度痙攣し、やがて死んだ。


「まずは一体」

 

 ゼノスは剣を引き抜き、周囲を見渡す。


「次は……」


 ここから東に大きな魔力反応が一つ。

 後は北にも一つ。

 どちらも距離は同じくらいだ。

 

「どっちから片付けるかな――ん?」


 思案していたゼノスは、そこで異変に気付く。

 北側にあった魔力反応が東に移動している? 

 ゼノスは魔力探知を東に集中させる。

 大きな魔力反応が一つ、これはゴブリンロードのものに間違いない。

 その周りに小さな魔力反応が十、二十、いや、三十近くあった。

 

 ——いくらゴブリンが弱くても多すぎだろ。


 どう考えても自然に増えたとは思えない数だ。

 それに――。


「この魔力――イリスか」


 ゼノスは軽く舌打ちすると、驚くべき速度で東へ向かい走り出した。

 イリスが東側のゴブリンと戦っているのだ。

 イリスの周囲には、ゴブリン以外の魔力反応もあった。

 恐らく王国の生徒たちだ。

 イリス一人で戦っていないのは救いだが、この距離だと北側にいる魔族の方が先にイリスのところに着いてしまう。

 今のままでは間に合わない――そう、


「……仕方ねえ」


 イリスを危険から守りたいゼノスはイリスの魔力を探知し、愛しい彼女の顔を思い浮かべる。

 この魔法は相手の魔力と顔を認識しないと使用できない。


「『転移テレポート』」


 視界が真っ暗になり、次の瞬間、目の前にイリスが現れた。

 いや、正確にはゼノスが現れたのだが。


「えっ!? ぜ、ゼノスっ!?」

「お、おい! 何もないところからいきなり現れたぞ!?」

 

 突然現れたゼノスに、慌てふためくイリスや王国の生徒の声が響く中で、ゼノスはイリスたちの置かれている状況を瞬時に、そして冷静に把握する。


 ゴブリンたちは一定の距離を空けて、イリスたちを取り囲んでいた。

 離れた場所には、先ほどゼノスが倒したものと同じゴブリンロードの姿が見える。

 対して、イリスたちは誰一人傷を負っていない。


 それはなぜか。

 生徒たちを取り囲むようにして、金色に輝く光の壁がそびえ立っていたからだ。


「その話は後だ。これは……光の防御魔法か?」

「そう、王国でも姫様だけが使用できる『ディバインフィールド』でございます。ああ、何という美しさでしょう!」


 ロゼッタが指を組み合わせて歓喜の声を上げている。

 これで守りを固めていたという訳か。

 なるほど、少なくとも攻撃は無効化できるだろう。

 ただ、攻め手には欠ける。


 王国の生徒たちは、光の壁の内側から攻撃魔法を放っていた。

 だが、ゴブリンロードの指示か、ゴブリンたちは一定の距離を保っているため、攻撃が届いていない。

 イリス自身も防御魔法の維持に集中しているのか、攻撃に転じることが出来ないようだ。


 なら、俺が出ていくか。

 そう思いながら、ゴブリンロードのほうに目をやったゼノスは、再び小さく舌打ちをした。

 ゴブリンロードが立っている、そのすぐ後ろの茂みからもう一体、新たなゴブリンが姿を現したのだ。

 ただし、姿が違う。


 ——あれは、ゴブリンロードじゃねえ。


 頭に王冠を戴き、手には槍のように尖った杖を持っている。

 ゴブリンロードよりもさらに一回り大きい。

 

「なっ……」


 その姿を見た王国の生徒たちは皆、絶句した。


「勇者協会の情報とやらも当てにならねえな。ゴブリンキングまでいるじゃねーか」

「な……ご、ゴブリンキングだって!?」


 ゼノスがそう言って溜め息を漏らすと、王国の生徒たちは目をあらん限りに見開いた。

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