第11話 魔王の息子、魔王に報告する

「くっ、はっはははっ! 何だ、全く連絡してこないと思ってたら、彼女ができましただと。やることやってんじゃねーか、なぁ?」

「……うるせぇ、笑うんじゃねえよ」


 魔術学院に戻ったゼノスは自室に戻ると念信テレパスを使用した。

 『念信』は、声に出さなくても遠く離れた相手と会話ができる魔法だ。

 誰でも使用できるわけではなく、また、面識がある相手でなければ発動しない。

 相手の姿も見えず会話ができるだけだが、頭の中で念じるだけでよいのが利点だ。


 父親である魔王バエルに今までの経緯を報告したのだが、彼女が出来たと伝えた瞬間、大笑いされてしまった。

 こちらからは見えないが、腹を抱えて大笑いしているであろうことは想像に難くない。


「いやいや、俺は感心してるんだぜ、ゼノス。お前が女に興味を持つようになったんだからよ」


 うんうん、と頷き声が聞こえてくる。

 

「もしかして今まで連絡がなかったのも彼女とよろしくやってたからか? 短い間に子供から立派な男になりやがって」

「ちげえよ! 話を飛躍させ過ぎだ、くそ親父! 俺の話を聞いてなかったのかっ」

「なんだ、別に構わないんだぞ? お前が選んだ女なら人間だろうと構わんと最初に言ったしな。ただ、最後まで責任はとれよ?」

「だからまだそこまでの関係になってねえよ! 今日、付き合うことになったって言っただろうが! いいか、今日だ、今日!」

「分かった分かった。ちょっとからかっただけじゃねーか」


 ——これだから親父には言いたくなかったんだ。

 

 バエルは基本的に人をからかうのが大好きだ。

 それは息子であるゼノスに対しても変わらない。

 本人は楽しいのだろうが、からかわれた側としてはイラッとしてしまう。

 相手が父親であればなおさらだ。


「ったく。付き合うことになったって言っても、身分の差とやらのせいで大手を振って付き合うってわけにはいかねえから、親父が期待しているようなことは起きねえよ」

「んー、俺が期待しているようなことってなんですかー?」

「うぜえ!」


 発言だけを聞いていると、魔族を統べる魔王だとは誰も思わないだろう。


「かっかっか、すまんすまん。だけど、身分の差ねぇ……確か、王国のお姫様だったな」

「そうだけど、それがどうかしたのか」

「別に。ただ、血は争えねえなと思っただけだ」

「? 何のことだ」

「こっちの話だ、気にすんな」


 バエルが軽々しい態度で告げる。

 

「しかし、勇者か。ずいぶんと単純な決め方をするもんだ。分かりやすいといえば分かりやすいがな」

「だろう?」


 血筋だとか聖なる力に目覚めた者とか、もっと特別な条件があるのであれば、ゼノスが勇者に選ばれる可能性は皆無だ。

 どれも魔族であるゼノスには当てはまらない。

 だが、功績を上げるだけでいいのであれば話は別だ。

 少なくとも、魔術学院にゼノスより力のある者はいない。

 魔族を倒すだけでよいのであれば、恐らく確実にゼノスが勇者に選ばれるだろう。

 問題は、魔王の意に反して群れで町を襲う魔族がいるということだ。

 そのこともバエルに報告している。


「何人か心当たりはあるけどよ、俺がやめろと言ったところで聞くような連中じゃねえからな」

「魔王である親父が言っても無理なのか?」

「無理だね。奴らは前魔王の側近だった。昔の好き放題に暴れていた頃が忘れられないんだろう」


 今の魔族領は魔王バエルの統治のもとに成り立っているとゼノスは思っていたのだが、どうやら違うようだ。


「まあ、今はまだマシな方だと思うぞ。お前が産まれる前は大掛かりな侵攻もしてたしな。それで国が一つ滅んじまったし」

「おい、初めて聞いたぞ」

「だから言っただろう。お前が産まれる前のことだって」


 滅んだ国の名前はラグリズ王国。

 現在残っている三国に比べれば規模の小さい国だったそうだ。

 前魔王の側近たちが前面に出て、短期間のうちに滅ぼしたのだという。

 これに怒ったバエルが四天王を率いてやり合った結果、側近たちの力を削いだのだとか。

 以降は表立って侵攻することはなくなったものの、裏で手を引いて町を襲ったりしているらしい。

 

 ―—そもそも、親父がなんで人間の国が滅んだことを怒ったのかが疑問なんだが。

 人間が魔族領に侵攻してきたという理由で怒るのであれば分かる。

 しかし、人間の小国が滅んだからといって、四天王を率いてまで止める理由が分からない。


「なあ、ラグリズって国は親父に関係のある国だったのか?」

「ん? ……まあ、な」


 どうにも歯切れの悪い返事だ。

 いつものバエルであれば軽口を叩きながら答えるのだが、それをしない。

 つまり、あまり触れられたくないことなのだろう。

 ゼノスはこういった心の機微に敏感だ。

 瞬時に悟り、話題を変えることにした。


「とりあえず、俺はこのまま魔術学院に潜入したままでいいのか?」

「あー、ゼノスの報告じゃ、脅威になりそうな人間はいないって話だったな」

「おう」


 各国から集まった有望な若者らしいが、はっきり言って話にならないレベルだ。

 あくまで現時点では、だが。

 共和国の生徒たちはゼノスの教えを素直に聞き、真剣に取り組んでいた。

 その甲斐あってか、短い期間ではあるが少しずつ成長している。

 ゼノス自身、気づかぬうちにそんな生徒たちを好ましいと感じていた。

 しばらく様子を見てやってもいいくらいの愛着は持つようになっていたのだ。

 だが、ゼノスが魔術学院に留まりたい理由は別にある。


「とりあえずは継続だ。まあ、出来たばかりの彼女をおいて戻りたくないだろうしな」

「……否定はしねえ」


 図星だった。

 せっかく彼女が出来たのだ。

 まだ恋人らしいことを何もしていないのに、魔族領に戻るわけにはいかなかった。


 ——いや、恋人らしいことってなんだよ!

 

「かかか、色気づきやがって。ま、バレないようにほどほどにな。ミノタウロスをけしかけてきた人間も気になることだし。お前ならよほどのことが限り問題ないだろうが、一応は用心しとけ」

「分かってるよ」


 ミノタウロス程度であれば何体現れようと大したことはない。

 だが、もっと上位の魔族——それこそ、ラグリズを滅ぼしたという前魔王の側近クラスの魔族が出てきたら。

 その時はゼノスも本気を出さねばならないだろう。


「また何か起こったら連絡してこい」

「おう」

「彼女と進展がありましたって報告でもいいぞ」

「だから、うぜえっての!」

「はっはっは、じゃあな」


 そこで念信が終了する。

 次に連絡したときにゼノスが振らなくとも、バエルの方から話を振ってくるに違いない。

 そう確信したゼノスは、自室で一人溜め息を吐いた。

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