第5話 魔王の息子、人気者になる

 ゼノスがグランレイヴ魔術学院に入学してから一週間が経った。

 同じくらいの年齢とはいえゼノスは魔族であり、他は教師や生徒を含めて全て人間。

 しかも、ゼノスは初日に水晶を破壊している。

 今までゼノスの周りには、魔王や四天王を筆頭に皆大人ばかりであったことを考えると、早々にばれてしまうのではないかという不安がゼノスにはあったのだが――。


「ゼノス、おはよう!」

「おう、おはよう」

「ゼノスくん、また手伝ってほしいんだけど」

「いいぜ」

「あ、ずるーい! ゼノスくん、アタシもー」

「いいけど、後でな」

「やった!」


 ゼノスの周りには人だかりができていた。

 ゼノスは怪しまれるどころか、一週間でアルカディア共和国の生徒たちの中心的存在になっていたのだ。


 ——おかしい、どうしてこうなった。


 特別なことは何もしていない、普段通りにしていただけのはずだ。

 それなのに、いつの間にか皆から頼られる存在になっている。

 ゼノスは訳が分からなかった。

 当然、初めからこのように馴染めたわけではない。

 アルカディア共和国の生徒は皆、ゼノスを警戒していた。

 魔力測定の水晶が割れたこともそうだが、広間を出る際に帝国の第一皇子と王国の第一王女がゼノスに声をかけてきたのだ。


 共和国は中立国として、先の帝国と王国の戦争には参加していない。

 そして中立の立場であるからこそ、どちらの国とも一定の距離を置いて接していた。

 ゆえに、帝国や王国からはどっちつかずの国として快く思われていない。

 にもかかわらず、ゼノスは帝国と王国の生徒から声を掛けられた。

 しかも、第一皇子に第一王女という重要人物からだ。

 何者なんだと警戒されない方がおかしい。


 そのゼノスがどうしてここまで信頼される存在になったのかというと、単純にゼノスから接触していったということに尽きる。

 ただし、ゼノス自身は特に何か特別なことをしたという認識はない。

 そう、いつも通りに、自分の思うままに行動していただけなのだ。


 例えば、入学一日目のことである。

 魔術書室で、本を取ろうとしている共和国の女子生徒がいた。

 

「くっ……と、取れない」


 読みたい本は本棚のかなり高い場所にあり、必死に手を伸ばしても届かない。

 そんな時である。

 

「ほらよ、これで合ってるか」


 ゼノスは女子生徒の背後から手を伸ばして本を取ると、それを女子生徒に手渡す。


「えっ!? あ、うん」

「そりゃよかった」

「あ、ありがとう……」

「気にすんな。また何かあったら言いな」


 礼を言う女子生徒に対して、ゼノスは軽く手を振りながらその場を去った。

 免疫のないはずの女子生徒にこのような対応が出来たのは、最初にイリスという少女に一目惚れしたことが大きい。

 おかげで、イリス以外の少女に対しては普段通りに動けた。


 例えば、入学三日目のことである。

 国ごとに分かれて、ダンジョンでの実習があった。

 グレンレイヴ魔術学院から馬車で2時間ほど行ったところにある廃鉱だ。

 その日は初めての実習ということで、全員でダンジョンに潜ることになった。

 ダンジョンの中は真っ暗な洞窟。

 魔法による明かりで、生徒たちの周りをうっすらと照らし出している。

 ダンジョンに入ってから十分ほどすると、奥からヤツが姿を現した。


「うわぁ! スライムとゴブリンが出たぞ!?」


 スライムはレベル1、ゴブリンはレベル2の魔族だ。

 人間は、その脅威度によって魔族をレベル1から99まで定義している。

 レベル1や2といえば、さほど訓練を受けていない者でも武器さえあれば倒せるレベルなのだが――。


「くっそ! このゴブリン、ちょこまかと動きやがって攻撃が当たらねえぞ!?」

「いやああっ! ぶよぶよしてて気持ち悪いぃ!」


 魔族は魔族領や、ある一定の場所――ダンジョンや魔族領に隣接する森など――以外で見かけることはない。

 子供のころから魔族について教えられているため、魔族についての知識は持っている。

 しかし、各国から選出された優秀な生徒たちではあるが、実戦経験は全くないのだ。

 初めての戦闘に、共和国の生徒たちはパニックに陥った。

 ——が。

 そんな中、落ち着き払った生徒が一人。


「……なんだ、ゴブリンか」


 ——まあ、いきなり強い魔族とやらせるようなことはしねえよな。

 少しずつ経験を積ませて、段階的に目標を高く設定していくのが賢いやり方だろう。

 俺は最初から親父や四天王を相手にしごかれてたけどな!


 ゼノスは拍子抜けしたようにつぶやくと、ポケットから右手を出した。

 その右手には、剣の柄だけが握られている。

 ゼノスが剣の柄に魔力を注ぐと、赤い刀身の剣が姿を現した。

 この柄は、入学翌日に魔術学院から支給された魔術道具だ。

 魔力を注ぐことで柄に込められた術式が反応し、属性に応じた刀身が姿を現す。

 刀身の強度は注いだ魔力の量に比例する。


 ゼノスは走り出しゴブリンに接近すると、何気なく、無造作に剣を振った。

 赤い光が剣の軌跡を描く。

 次の瞬間には、ゴブリンが真っ二つになっていた。


「わ、悪い。助かった」

「気にすんな。それより、まずは一回深呼吸してみろ」

「すー、はー」

「それからもう一度、残ってるゴブリンを見てみろよ。どうだ、速いと思うか?」

「いや……さっきと比べて遅く見える。なんでだ?」

「そりゃあ、お前の方がゴブリンより強いからだよ」

「俺の方が……強い?」

「そうだ。落ち着いて攻撃してみろよ。お前ならやれる」


 そう言って、ゼノスは男子生徒の肩をポンと叩いて送り出す。

 勇気づけられた男子生徒がゴブリンに一太刀浴びせたのを確認したゼノスは、いまだパニックを起こしている女子生徒を助けに行く。


「『イグニス』!」


 スライムの体が炎に包まれ、一瞬で灰になる。


 ——イグニス。

 それは炎の魔法。

 ゼノスが最も得意とする炎系の魔法で、一番威力が弱い。

 その分、長い詠唱を必要とせず、発動しやすいのが特徴だ。


「! ……ありがとう」

「おう。怖かったら、無理せずに今日は魔族に慣れるだけにしとけよ」


 ゼノスはニッと笑いながら、女子生徒の頭を優しく撫でる。


「う、うん」

「よし。じゃあ、さっさと片付けるか」


 ゼノスは残っている魔族目掛けて走り出した。

 このように、ゼノスは共和国の生徒一人ひとりに対して、いつも通りに接しただけなのだ。

 特別なことをしているつもりはなかった。

 そう、ゼノスにとっては。

 ゼノスは『超』がつくほどの世話焼きなのだ。

 しかも、相手が今一番望んでいることをさりげなく、自然に行う。

 多感な時期の少年少女に与える影響は絶大だった。


 そして、現在に至る。

 こうしてゼノスは、たった一週間で共和国の生徒たちから頼られる存在になったのだ。

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