第2話 父の反対

 見合いが終わった瑠璃子は別室に待機していた父と合流した。父は仲人の婦人と茶を飲みながら歓談をしていた。父は先程の瑠璃子の「好きになりたい」という発言や今までの瑠璃子らしくない言動を受け、娘にどのように接すれば良いのかを仲人の婦人に相談していたのだ。父の隣にそっと腰掛けた瑠璃子に2人はぎこちない笑顔を向ける。

「おお、瑠璃子や。今回はどのような男だったかい。お前の期待に沿うよう男だったかい」

「まぁ、お父様ったら。とっくにご存知のくせによくそのような言い草をされますね。とても良い方でした」

 口元に手をよせ、瑠璃子は微笑んだ。瑠璃子の機嫌の良い時に見せる仕草に、2人は顔を見合わせた。

「とても変わったお人でした。今までにお会いした男性達とは全く違う、面白い方です。そうお思いになってお父様はこのお見合いを仕組んだのでしょう。きっと私が男の人に興味を持つとお思いになって。違いますか」

「合っているよ、瑠璃子。さすが瑠璃子は賢いね。色んな男がいることが分かっただろう。これからはお見合いに本腰を入れて良い青年を探すのだよ。次のお見合いは……」

 そう、父は最初からその気だったのだ。たとえ気に入っている良い青年であっても瑠璃子を幸せに出来る経済力がないといけない、そう思っていた。父はそう言いながら、鞄の中を漁る。次の見合い相手の釣書と写真を持ってきた筈だ。黒い鞄の中に入ったシワの入った手にそっと小さな真っ白い手が重なる。ふと父が顔を上げると瑠璃子が微笑を浮かべながら首を振っていた。

「お父様、私は石田さんを好きになりたいのです」

「好き……男性への好きという感情はお前には分かるのかい?第一、もっとお前に相応しい青年はいるに決まっている」

 恋を知らぬ乙女には分からぬ感情だと父は首を振る。今までドールハウスに入れて愛しんできた陶器製の人形に魔法がかけられて自我が芽生えたようだと父は思う。しかし、瑠璃子も譲らない。

「お父様もお母様と恋愛結婚したのでしょう」

「それだとしてももっと相応しい相手がいるだろう。それに彼を選ぶと苦労するに決まっている」

「経済力ですか?」

 瑠璃子の父に向けられた顔に一瞬鳥肌が立つ。それは見合いのときに相手に見せていた冷たく美しい、陶磁器のような顔であった。息が詰まるようなひんやりとした空気。青い畳の匂いですら、緊張感で何も分からなくなる、そんな感覚である。仲人の婦人はその空気の中に慣れている筈であるが、瑠璃子の放つ冷たい雰囲気に思わず手をぎゅっと握る。

「石田さんも仰っていましたがたしかにお金は大事だと思います。ですがあの方は結婚には愛が大事と仰っていました。私もお父様を17年間見ていましたが、お母様を愛しんでいらっしゃいました。私はあの方に興味があります。それが男性への恋や愛への一歩であると私は思うのです。ですから、あの人を好きになりたいですし、お父様にお認め頂けるまで、私あの方の良いところを……」

「たしかに、アリスとは恋愛結婚だった。イギリスにいたお前のお母さんを私が見初めて一緒になってもらったんだ。だが、お前は経済力のある家庭しか知らない。彼のように申し訳ないが、貧乏な生活をしたことはないだろう。とても苦労をする。苦労をするところを父は見たくないのだ」

 瑠璃子の頑なな雰囲気は変わらない。父はため息をつき、湯呑みの中をみる。こんなときであるのに、茶柱が立っていた。

「分かったよ。瑠璃子、ではこうしよう。瑠璃子があの男に惚れたというのなら、結婚を認めよう。今は興味がある段階だね。であれば、『婚約』を石田くんとすれば良い。それでもっと相応しい相手を私が見つけ、瑠璃子がその青年を好きになるのであれば、その男性と結婚する。石田くんとの結婚は破談だ。瑠璃子の気持ちを優先する。それでいいかい」

「お父様、ありがとうございます」

 空気が緩み、父と仲人の婦人は緊張をといた。

「すまないが、佐竹さん、車を呼んできてくれ。これにて今日は解散だ。佐竹さんもお疲れ様」

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