闘いの後で
腕を上げて伸びをしながら、首を回しながら、髪を整えながら……それぞれリラックスした様子で青い部屋へ戻ってきたメンバーは、一様に晴れ晴れとした表情をしていた。
「いやぁ、腹括った女ってのは、強いね。オレ、自分と殴り合うとか出来る気しないわ。うっかり止めに入りそうになったもん」
「だよな。自分自身に、消えろ! とかな。あれはちょっとシビれた」
「僕は彼女の心の叫びが気に入ったな。なかなか、いい黒さだった」
「ジョーってたまに変態っぽいこと言うよね」
「えっ、え、どこが」
狼狽するジョーを無視して、一同はドサリとソファに沈み込んだ。
「それにしてもさ、今回はマリンに全部持ってかれたねえ」
「ほんとほんと」
「そんなこと……いえ、正直に言うと、少し張り切ってしまいました。初の主役回だったので」
「主役回、って」
クウヤが芝居がかって手を差し出し、声音を装う。
『その薔薇の名前は、アルテミス』
差し出したその手で、ペチンと自分の額を叩いた。
「ッカぁーーー! たまんないね! 最高だったよ、マジで。あれって咄嗟のアドリブ?」
ぴっちり閉じた膝頭を両手で掴み、マリンは恐縮するように肩をすぼめた。
「違うんです。あのキャラは何年もかけて細かく設定を作り込んであるので、全部自分に染み込んでいる感じで。それこそ祖父母の代まで設定があって……あ、馬の方も祖父母の代まで辿れます」
「なるほどねえ。俺は忍者キャラだからシンプルなのが格好いいと思ってたけどさ、羨ましくなったもん」
「クウヤも付ければいいじゃん、設定」
「だって俺、初期設定がミステリアスで影のある寡黙な男なんだよ」
「実際は陽気でおしゃべりなのにね」
「設定だけじゃないよ。演技力もなかなかよね」
「中学高校と、演劇部で脚本担当だったんです。でも、発声練習とかは一緒にしてたし、後は見よう見まねで……」
「やっぱ、キャラをがっちり作り込んでおくと現場で活きるね。小林さん、うるうるした瞳で『アクアマリンさま……』だもんなぁ」
「君はぶれすぎなんだよ、ジョー」
「うるさいな。タッキーなんて外見だけ女子高生だけど、中身おっさんのまんまじゃないっすか。口上もなんか昭和臭いし」
「えっ、一生懸命考えてきたのにぃ」
「……あなたたち、ほんと仲良いわね」
「勘弁してください、もっちさん。嫌ですよ、こんなバンドTシャツばっか着てる人」
「バンドT、良いじゃんよー。みんな思い出の一品だよ? オレ、普段はユニフォーム着用なんだから、私服ぐらい好きにさせろっての」
「だからって」
「女物のジャケット着てる奴に言われたくないし」
「レディースって言ってくださいよ。レディースの方がデザイン性高いし安くて良いんですっ」
「お二人とも、もうその辺で…」
「ほっといて大丈夫だよ、マリン。この二人仲良いから」
「そうそう。ジョーなんて、実はタッキーの鍼灸院のお得意さんだもんねー」
喧しく盛り上がっている中、塚田所長と桃香が部屋に入って来た。
「みなさん、お疲れ様でした。小林さん、今カウンセリングに入りましたが、いい顔してましたよ」
微笑みながら、マリンとジョーにノートパソコンを手渡す。
「では、お二人はいつも通り、こちらで報告書を。そうちゃん、そうちゃん。眠くなっちゃったかな。もっちさん、クウヤさん、タッキーさんと一緒に、君も報告会に参加して貰えるかい?」
大人達がワイワイ喋っている中、いつの間にか蒼一は騒音を物ともせずにソファの肘掛に頭を乗せてうたた寝していた。院長に肩を叩かれて身を起こし、慌てて目を擦っている。
「……何をするの?」
「向こうで何があったかを、皆でお話しするんだ。それぞれ、気がついたことがあれば言って欲しい。もしかしたら、君だけしか気づいていないこともあるかもしれない」
蒼一はジョーとマリンを見遣った。
「私たちは、文章に起こす方が得意だから」
「こうして色んな角度から、向こうであったことを纏めるんだ」
納得した表情で頷いて、蒼一はソファから降りて塚田の手を取った。
「やあ、子供と手をつなぐなんて、久しぶりだ。嬉しいね」
本当に嬉しそうに微笑み、塚田は蒼一を見下ろした。
「では、行きましょう。そうちゃん」
報告会を終えた5人と桃香は、青いソファの部屋へと戻った。部屋では、既に報告書の作成を終えたふたりが談笑していた。
「じゃあ、ジョーは潔癖性なの?」
「そういうわけじゃない。ただ、服と靴を汚されるのが我慢出来ないだけで」
「まぁ、手や顔は洗えばすぐに落ちるけど、服なんかは大変ですものね」
「そうそう! クリーニング代も馬鹿にならない。ま、ムーグゥの中では綺麗に戻せるんだけどさ、咄嗟にイラっときちゃうんですよね」
「ああ。いくら夢の中とはいえ、現実を引きずるところって、やっぱりありますよね。あ、皆さんお疲れ様です」
「お疲れっした」
ジョーは二台のパソコンを取り上げ立ち上がると、塚田所長に手渡した。塚田はそれを受け取り、二人に向かってきっちりと一礼する。
「ありがとう。ご苦労様でした」
塚田は重ねたノートパソコンを壁の窪みへ置くと、一同を振り返った。皆、意外そうな顔で彼に注目する。
「普段ならここで自由解散となるのですが、今日はちょっとお話を。次回のミッションの件ですが」
言葉を切り、一同の顔を順番に見渡す。
「私の娘のムーグゥに、入っていただきたい」
彼らの表情が、一気に引き締まった。
「妻が娘の夢に入ったまま戻らなくなって、半年が過ぎました。今回はこの、そうちゃんの力を借りて、まずは妻を取り戻そうと考えています」
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