ムーグゥ 小林文代と戦士達
外へ出てしばらく歩いていると、ジョーが腕時計に目を留めた。文字盤の縁が青く点滅し、パシパシと小さな音を立てている。
「来たぞ。まだ少し距離がある。1、2……と、デカイのが1体」
その傍ら、先頭に立ってのしのしと歩くもっちが、魔法少女ミルカの姿となった蒼一に簡潔に説明する。その声と口調は、すっかり野太い男性の声に切り替わっていた。
「さっき、シェルに隠れてビルの中まで移動しただろ? あれは、夢の中へ現れた時に攻撃されにくくするため。いくら事前に準備してあるとはいえ、やっぱり他人の夢の中だからね。危険が無いわけじゃない」
ミルカはツインテールを揺らして頷き、少し前の驚愕を思い起こしながら呟いた。
「シェルは、中からは普通に外が見えるけど、外からは透明にしか見えない……」
「大正解」
タッキーがスキップで飛び出して、ミルカの隣に並ぶ。
「だから、戦闘が始まったらシェルの中に入って物陰に隠れるんだよ。シェルは透明に見えるだけで、物理攻撃を防いではくれないからね。オーケイ?」
ミルカが緊張の面持ちで頷くと、タッキーはニカッと笑ってピースサインを突き出した。
「私、ちょっと見てきます」
マリンはそう言うと、ピュゥイ~ッと指笛を吹いた。続けざまに、もう一回。
「来い! アルテミス!」
遠くから蹄の音が近づき、ビル陰から真っ白な馬が現れた。鬣をなびかせ、こちらへ駆けて来る。
マリンも白馬へと駆け寄り、飛び乗るように跨った。「では、いつもの広場で」そう声を張り上げると、颯爽と馬を駆り街中へと消えていった。
あんぐりと口を開けたままのミルカの隣で、小林が呟く。
「マリンさん、今日も凛々しくてかっこいいなぁ……」
マリンの現実の姿を知っている蒼一は、思わずもっちを振り仰いだ。背が高いので、ほぼ真上を見上げる体制になる。
もっちは唇だけで微笑み、小さく首を振ってみせた。
メンバーの本名と現実での姿は秘密であることは、事前に説明を受けていた。患者が現実世界でも彼らを頼ったりしないように、という配慮だ。彼らは医者でもカウンセラーでもない、夢の中だけの戦士なのだから。
一行は、駅前の広場へ到着した。クウヤが周囲を見渡し、呟く。
「今日も見事に、だぁ~れもいないねぇ」
そして小林に向かって親指を立て、頷いてみせた。
「闘いやすくていいやね」
腕時計を睨んでいたジョーが、顔を上げた。
「来たぞ。マリンが上手くおびき寄せたな」
そこへ、遠くから蹄の音が近づいてくる。広場へと駆け込んできたマリンの後ろには、どす黒く大きな煙の塊が付いてきていた。
白馬が広場の中央でくるりと方向転換すると、マリンは腰に装備していたロングウィップを、煙の塊に向かって揮った。ビョウ、という風切音と共に、バチッと鞭の先が鳴る。煙たちは、怯んだように動きを止めた。
マリンは凛と背を伸ばし、煙の塊たちに相対した。
「馬上より失礼を」
まっすぐに煙たちを見据え、堂々と声を張る。
「白金の鎧を身に纏い、たなびく髪は桜色。胸にきらめく青きベリルさながらに、勇敢かつ冷静なるアーチャー。人呼んで、アクアマリンと申します」
マリンにうっとりと見惚れている小林を、もっちが肘で突付き、シェルを手渡す。
「小林さん、早く避難。ミルカも一緒に」
我に返った小林がミルカの手を引き、止まったワゴン車の陰に隠れて素早くシェルの中へ入った。
クウヤがくるくると宙返りを繰り返し、白馬の前に躍り出た。すっと片膝をつき、いかにも忍者的なポーズを決める。
「闇を切り裂く漆黒の旋風。忍ぶ月影、星の翳。我が名はクウヤ、ここに見参」
「奏でよ旋律、刻めよビート。レント・アダージョ・アンダンテ。調律の魔術師、ジョー。どうぞお見知り置きを」
ジョーは頬にかかる前髪をさらりと横へ流すと、胸元からタクトを取り出し、エレガントに構えた。
もっちが手のひらに拳を打ちつけながら進み出て、ジョーの隣に仁王立ちした。
「えー、七つの海を股にかけ、荒ぶる波もなんのその。今日も大漁、ナギー丸!」
軽快なスキップで並んだのは、タッキーだ。
「いくつ世代が変わろうと、世の中心はあたし達。あたしを軸に地球は廻る。天上天下唯我独尊! 無敵のJK、その名もタッキー!」
煙達を睨みつけながら、ピースサインを突きつける。
どす黒い煙の塊は、誰に襲いかかるか決めあぐねているかの様に、もごもごと蠢きながら留まっている。
マリンが腕を上げ、ロングウィップを振り回す。ブンブンと風を切る音が響く。
「先手必勝! 叩きのめして差し上げますわ!」
その声に反応して煙の塊がわずかに膨張する。5人はすかさず身構え、それぞれ攻撃の姿勢を取る。
「アクアマリン、推して参る! ハァッ!」
白馬の嘶きと共に、マリンが先陣を切った。
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