第1章

眠りの森 鳥を探して迷った少女<里村うた>

 倒木に背を預ける格好で眠っていた少女が、目を醒ましました。絹のように滑らかな髪がさらりと肩に流れ落ちます。少女は眠たげに、そして不思議そうに辺りを見回し、自分の手を優しく握っている人物に目を止めました。


「だあれ?」


 すると繋いだ手にもう一方、細い手が重なりました。ほっそりと儚げな背中を丸めたその少年は、少女の更に小さな手をしっかりと握り直し、言いました。


「ぼくはね、蒼一。そうちゃんっていうんだよ。うたちゃん、こんにちは」


「こんにちは、そうちゃん。さとむら うた、6さいです」

「よく出来ました。えらいね」

「うた、らいねんから1ねんせいだから。ちゃんとごあいさつ出来るの」


 少女は少し、誇らしげに微笑みました。少年が頷いて、少女の手をポンポンと優しく叩きます。


「あのね。うたちゃん、よく聞いてね。この手を、離しちゃダメだよ。でないとまた、迷子になっちゃうからね」


「うた、迷子じゃないよ。ロロさまを探してたの。猫が来て、窓から逃げちゃったの」


 少女は不満げに唇をとがらせ、頭を振りました。サラサラの髪が一筋、口の端に

かかったのを、少年が指先で優しく払ってあげます。



「ロロさま? ロロさまって?」


「うたの鳥だよ。じゅうしまつって言うの。ねぇそうちゃん、一緒にロロさま探してくれる?」

「いいよ。一緒に探そう。その代わり、手を離しちゃだめだよ」

「わかった。そうちゃんのお手て、あったかいね」


 少女は嬉しそうに立ち上がり、改めて周囲を見回しました。

 薄暗い森の中、木々の隙間から幾筋かの真っ直ぐな光がチラチラと揺れながら差し込んでいます。濃緑と深い碧の層が滲みながら折り重なる、どことなく神秘的な光景の中には、人工の建造物は見当たりません。



「ここ、どこ? うた、おうちの周りを探してたのに。知らないとこにひとりで来たら、ママに怒られちゃう」


 空いた方の手で、ブラウスの裾をぎゅっと掴みます。少年はその手にそっと指を触れると小さな拳を開かせ、軽く握りました。背を屈め、少女の目を覗き込みます。


「大丈夫。ママもパパも怒ってないよ。でもとても心配してるから、一緒に帰ろう。ぼくはね、うたちゃんのママから頼まれて来たの。うたちゃんを連れて帰ってきて、って。この、眠りの森から」


 でも、と少女は片手を引こうとしました。それを察し、少年は握る手を僅かに強め首を傾けて微笑んだのです。




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