第三章

第33話 勝負しよう 前編

『ジリリリリリリリリリリリリ!!』



 ううう?



 聞きなれない音で目がさめる。


 枕元に目をやると見慣れないアナログの目覚まし時計が爆音を撒き散らしていた。


 う、うるさい……。


 時計の頭をパンと叩き、部屋中の騒音を取り除く。

 叩かれた時計の針は、私がいつも起きるより一時間ほど早い時間を指している。


 一体誰が?

 って、孝太くんしかいないか。

 時間はまだあるし、もう一度寝てもいいんだけど……。


 二度寝の欲望に駆られるも、孝太くんも何か意図があってこんなことをしてくれたんだろうと思い、ベッドから起きようと体を起こすと——


「いっったッ……い……!」


 とんでもない頭痛が私を襲う。


 えええ。

 どうしたの私の体……。


 頭に振動がいかないように、ゆっくり体を起こす。

 すると、あることに気がついた。


 あれ、なんで私パジャマじゃないの?

 髪もボサボサ。

 口の中も気持ちが悪い。


 ……もしかして私、昨日酔ったまま寝ちゃった?


 夜ご飯の後に一人でお酒飲みだしたのは覚えてるんだけど……。

 やば。その後の記憶全然ない。


 寝る準備も全然しなかったみたいだけど、なんとかベッドにはたどり着いたってとこかな。


 できればお風呂も歯磨きもやってもらいたかったけど、まあリビングで居眠りしちゃうよりはマシか。

 スマホも充電されてるし。

 まあ最低限だけど……グッジョブ、昨日の私。


 現状把握と昨日の自分への労いを終えたところで、頭痛に続いて猛烈な喉の渇きに襲われる。


 お風呂にもいきたいし、歯も磨きたいけど。

 何よりもまずは水……。喉乾いた……!


 引き続き頭に刺激がいかないように、壁に手をつきながらリビングに向かう。


 本当に頭痛い……。こんなの初めて。

 昨日の私、ちょっと飲みすぎ……。


 牛歩と言われても仕方がないくらい、ゆっくり歩いてようやくリビングにたどり着く。

 けれど、まだコップを取りに行って冷蔵庫に向かわないといけない。


 うう。

 こんなにこの家を広いと思ったことはない。


 そして、カーテンが開けられた窓から容赦無く降り注ぐ太陽の光。


 いつもは気持ちがいい朝の太陽も、今日はちょっと自重してほしくなる。

 いや、私の勝手なんだけどね。


 太陽の光のせいで目を細めるも、水分欲しさにコップを取りに食器棚へ行く途中。

 ダイニングテーブルの上に白い何かを見かける。


 眩しくて上がらない瞼をなんとか押し開けその正体を確認すると、机の上には一枚の手紙と水の入ったプラスチックのコップだけが置いてあった。


 もしかして、孝太くんが用意しといてくれたの?

 ほんと優しいなあ。


「ありがとう、いただきます!」


 手紙を読むよりも前にコップに手を伸ばし、水を一気に飲み干す。


「はあああぁ」


 体に染み渡る。

 そしてその快感の分だけ体がいかに乾いていたかがわかる。


 昨日は随分無茶しちゃったんだなあ。

 そんなにアルコールを飲むほど溜まってたのかな、私。


 いや、でもさ。

 ”私の一番の楽しみ”と”孝太くんの一番の楽しみ”がずっと一緒なら楽しく暮らせるって思ってたけど、そんな都合のいいことあるわけないじゃない。


 孝太くん高校生なんだから、友達と遊びに行くのなんて当然だって納得した。

 たまには”孝太くんの一番”がそっちに行くこともあるに決まってるから、それをいちいち悲しむ必要なんてないって分かってるのに……。


 ……心の奥ではそう思ってないのかな。


 私、孝太くんのことどう思ってるんだろ。孝太くんとどうなりたいんだろ。


 あーーー、自分でもよくわからない!

 誰か昨日の私の様子を教えてー!



 そんな叶いもしない願いを抱えつつ、続いてテーブルの上の手紙に目を通す。


 ”——

 夏織ちゃん


 おはよう、お水美味しかった?


 昨日俺が帰った時ダイニングに突っ伏して寝てたから、ベッドに運んだよ。

 覚えてるかな?


 あ、お風呂はいったりしないといけないと思って、目覚ましを勝手にセットして置きました。

 驚かせちゃったらごめんね。


 お風呂は沸かしてあるから入ってください。


 それじゃ、いってきます。


 夏織ちゃんも気をつけていってらっしゃい。

 


 P.S.

 今日の夜、話したいことがあります


 孝太

 ——”



 手紙を読み終えるまでには、私の顔は真っ赤になっていた。


 は、は、恥ずかしい……。


 自分でベッドまでたどり着いたと思ったのに、孝太くんに運ばれてたなんて。

 しかも、ソファーならまだしも、テーブルに突っ伏してたって……。


 手紙よりも先にお水飲むことも見通されてるし!


 じゃあ、このお水はもちろん、

 朝にお風呂の準備もしてくれて、

 昨日だって、目覚まし時計をセットして、

 スマホを充電器にさしてくれたのも、

 机の上の空き缶やらを片付けてくれたのも、

 私を運んでくれたのも……。


 孝太くん、ありがとう。

 そしてごめんなさい。


 罪悪感と感謝がすごい勢いでせめぎ合う。


 十もお姉さんなのに迷惑かけて、ダメじゃん、私。


 ……今日の夜、ちゃんとお礼言お。


 ふう。

 お水と手紙のおかげでだいぶ目が覚めてきた。

 頭痛は少し残ってるけど。


 私は冷蔵庫から冷えた水を出してもう一杯飲み干したところで、会社に向かう準備に取り掛かることにした。


 じゃあ、まずは孝太くんの入れてくれたお風呂をいただこうかな。


 幾分かマシになった足取りで、脱衣所に向かった。


 ”今日の夜の話”も気になるけど、まずは会社ね。

 ……ちゃんと仕事できるかな。

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