第23話 「ああ、そこまで聞こえたの」

「お、こんなとこに居た居た。おいダイス、出番だぜ」


 どのくらいそこでぼうっとしていたのだろう。

 上半分の扉を開けて、テディベァルが声を張り上げた。ただでさえ大きな声が、トイレの壁に反響する。


「す、すぐ行きます」


 そう言って、ダイスは頭をぶん、と振った。


「それじゃ、俺引き続き、あの女を捜しに行くからな。がんばれダイちゃん♪」


 投げキッスを飛ばす先輩に、ダイスはさすがにやや硬直した。気を取り直してベンチへ行くと、ストンウェルが椅子に足を投げ出して彼の方を見た。


「お、大の方だったのか?」


 へへ、とストンウェルは笑う。

 この人は何処まで知ってるんだろう、とダイスは思う。

 そう思って思わずじっとその顔を見てしまうと、いきなり彼は両方のほっぺたをつまみ上げられた。


「何ふるんれすかあ!」

「いやあ、ずいぶんと熱っぽく見てくれるのでつい……」


 そういうことを真面目な顔で言わないでくれ、と彼は思う。


「マーティは?」

「あ、まだ探しに、と言ってました」

「ふうん」


 それ以上はストンウェルは答えなかった。その返事一つに含みは感じられるが、自分の出番が迫っている以上、ダイスにはそれ以上追求することはできなかった。



 その回は、三振と、フライ二つで上手く終わった。


「いい感じじゃない」


 ヒュ・ホイはにっこりと笑って背中を叩く。


「そうですか?」

「うん、ずいぶん堅さが取れてきた」


 小柄なこの捕手は、「チームの良識」「チームの良心」と呼ばれるだけあって、人をフォローしたり、元気付けるのが上手い。

 しかしそれでも、あのトラブルに足を突っ込むメンツに入っているんだよなあ、とダイスは不思議に思ったりする。

 ベンチに戻ると、廊下に続く扉が開いていた。しかも、人気が少ない。

 何だろう、と思っていると、扉のすきまからストンウェルがひらひらと手招きをしていた。

 トバリ監督の目を盗んで、そうっとダイスは外に出た。

 そしてそこには、例のメンツが、何かをぐるりと囲んでいた。


「よぉエース、やっと来たか」

「何ですか? 一体」


 ストンウェルは身体を横にずらす。

 すると、輪の中には、一人の女が居た。ほっぺたがふっくらとした、ぽっちゃりとした、ピンクのスーツ。低いヒール。

 まさか。


「マーティさん、このひとは……」

「あらルーキー君。ご機嫌よう。初めまして」

「あなた……」


 「ふっくら」と「でぶ」の形容が迷う程度のスタイルの女は、実に自信ありげな笑みを浮かべた。

 そしてその声は、と言えば。


「あ、あなた、一昨日の夜、会長と夜、話してませんでした?」

「あら、良く知ってるじゃない。何で知ってるの」


 彼女は前で腕を組むと、あっさりと認める。


「なあんだ、あなた達、今日はそのことで、私を捕まえたって訳?」

「そうだ、と言ったら?」


 マーティは短く答える。


「まあね。そりゃあ疑うのも当然かもねえ」


 ふふふ、と女は笑った。慣れた口調だった。


「お前が何度も何度もうちへの『嫌がらせ』をやっているのは判ってるからな。シィズン」

「私は移り気なのよ。そういう名ですもの。そうよね、私も去年は実に色々あなた方にやってきたわね。でも証拠が無いですもの。それに私がどうこう言ったところで仕方ないでしょう?」


 その言葉には、暗に「連盟」の存在を示していた。


「でもルーキー君、あの時間にあんな所に居たなんて、どうしたの? お寝坊してしまった訳?」


 今度はくすくす、とシィズンという女は笑った。図星だけに、ダイスには返す言葉も無かった。


「いい加減にしろ、シィズン」

「いい加減にして欲しいのは、私の方だわ。あなた方ねえ、いつもいつも私が『嫌がらせ』ばかりしている訳じゃあないのよ」

「じゃあ何だよ」


 テディベァルがぐい、とにらむ。


「可愛いぬいぐるみさん。あくまで私は、お仕事で色々やってるの。ご存じ?」

「知ってるさあ」

「だから、色んなお仕事があるってことよ」

「じゃあ今回は『嫌がらせ』じゃねえってことか?」


 トマソンは野太い声で問いかけた。


「さあそれは。あなた方の受け取り方次第じゃないかしら」


 あくまで彼女は余裕だった。


「だけどあなた、あの時『爆弾』って言ってませんでした?」

「ああ、そこまで聞こえたの」


 なあるほど、と彼女は大きくうなづいた。


「否定しないんでしょ」

「否定しないわよ。確かに私はそう言ったわ」

「喋ってたのは、ジャガー氏でしょ」

「そうよ。よく判ったわね。耳いいじゃない、ルーキー君」

「だから……」

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