第24話~心地よい風に吹かれる日々

「おはよう」

「おやすみ」

「いただきます」

「ごちそうさま」

「行ってきます」

「ただいま」


 そう言い合える人がそばにいることが、こんなにも優しくて心を穏やかにさせるなんて思っていなかった。


 同じ屋根の下で私と航太朗くんは生きている。


 仕事帰りに柊堂によることもあれば、先に帰って食事の用意をして待ってることもある。

 帰る時間を考えながら作る食事、「今から帰るけど、何か買って帰る?」とLINEが来ることも、送ることもある。

 食事当番なんてすっかり忘れたように毎日二人で台所に立つ。


 何気ないこの生活で、私の心は安定していて今までにないくらいぐっすり寝ることも出来ている。


 恋心さえ隠せたら、この生活を続けていけるのだと思った。


 引越ししてから一週間後の土曜日、匠くんが、恋人を連れて家に来ることになった。


「何を作ろうか、そろそろ涼しくなってきたし、鍋物でもいいかもね」

 匠くんとの電話を切った航太朗くんに聞いてみる。

「いいね、食べたい、鍋物ってさ

 一人じゃほとんど食べなかったし僕も喜ぶ」

 と笑顔で返事をした。


「僕も喜ぶって、じゃあ航太朗も喜ぶ鍋物に決定だね」


 笑いを堪えながら航太朗くんを見ると、照れくさそうに目を逸らした。


 以前よりも話をすることが増えたし、話をしてくれるようになった航太朗くんが嬉しかった。


 こんな日々が少しでも続いていけたらいいなと思う。


 朝から、抜けるような青空の土曜日


 早起きした私は、縁側に座って空を眺めていた。

 久しぶりに外に出して貰えたファティマは、庭で背中を地面に擦りつけたり、小さな虫を追いかけたりして生きていることを確かめるように走り回っている。


「おはよう、ファティマ喜んでるね」航太朗くんが横に腰掛けた。


「そうだね、なんか解放されたみたいに生き生きしてる……」


 ファティマだけではなくて、私もそう感じていることは言わなかった。


「じいちゃんが死んでから、僕は誰とも話をしない日が当たり前だった、奏に会うまではね」


 自分が誰かの癒しになれるなんて思っていない、だけど航太朗くんの言葉が嬉しかった。


「私こそ、航太朗に会っていなかったらこうして笑っていないかも、ありがとう」


 航太朗くんの方を見ずに答えた。


「これからもこうして笑っていたいね」


 ファティマが縁側にぴょんと上がって二人の間に座った。


 綿あめみたいな雲は少しづつ形を変えながら流れて行く。

 こんな日がいつまでも続くといいのになと思う。


「匠くんたちがくるまでに掃除をしようか」


 照れくさくなって、庭に足を下ろして木の影に隠れたファティマの名前を呼んだ。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「奏さんこちらが琴海ことみ、原口琴海、俺の大切な人」


 そばでにこにこ笑っている匠くんの恋人は小柄だけど、綺麗な女性だった。


「航太朗くん久しぶりです、奏さん初めまして、私まで付いて来ちゃってすみません」


 航太朗くんは何度か琴海さんには会っているみたいで、笑顔で二人を迎えた。


 部屋に入ると匠くんは歓声をあげた。


「わぁ、なんだよ、まったく別の部屋になってるじゃん、やっぱり女の子が住むと変わるんだな、航太朗!奏さんに感謝しろお前、やっと人間らしくなれたぞ」


「なんだよそれ、確かに奏が来てから部屋はオシャレになったかもしれないけど」


 気づかずに呼び捨てになってることに匠くんはすかさず食いついた。


「えっ?奏……いつの間に?呼び捨てになってるんだよ」


 二人の相変わらずの会話に私と琴海さんは笑った。


 風は吹いている、立っているのが辛い嵐のような日もあったし、優しい風が吹く日もあった、でも、凪いだ海のように優しい風はきっと今なのだと思う。











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