第13話~小さな息づかい
和羽の夢を見る、優しい笑顔のままビルから舞い降りたあの夜の夢の悲しい思いは、いつまでも僕の心から消えることはないのだろうと思う。
和羽が残した言葉のように、前を向くことさえ出来ないし、1歩も踏み出せずにいる。
奏さんの存在が僕とって必要なものに変わっていることにも気が付かないふりして素直になれずにいる。
そんな自分が嫌だった。
抱きしめたいことだってある、泣くことを忘れた僕に人を愛せるのだろうか?
毎日のように会っているけれど、寝る前に必ずメッセージを送ってくれる奏さんからの通知の音を心待ちにしている。
お互いに必要な存在なのだと気がついているはずなのに、奏さんも同じように思ってくれてくれていればいいなと思う気持ちと、僕以外の人と幸せになって欲しいとふたつの気持ちに揺れ動く。
夜の公園のベンチに並んで僕たちは色んな話をする。
犬か猫のどちらを飼いたいか、子どもの頃好きだったアニメは何だったのか、初恋はいつだったのか、最後に泣いたのはいつだったのかと聞かれた時に、僕は正直に和羽のことを話す事が出来た。
誰にも話してきたことのない、悲しさを奏さんには話すことが出来る。
大切な人を失くした僕は心の中でいつも泣いている。
「航太朗くんは我慢しすぎてると思うよ、きっともっと悲しんでもいいし、泣いたっていいと思う」
空を見上げればあの日と違う月が僕たちを見守っている。
ある日、公園の片隅にまだ仔猫だろうと思う黒猫が小さく鳴き声を出していた。
僕はあまり猫には近寄らない。
幸い猫自身も、僕には無関心。
僕には目もくれない。
くれるも何も、目はたいてい閉じられている。
でもその子はよろよろと僕に近づいてきた。
右手を出すと、鼻先を近づけてきてゴロゴロと鼻を鳴らした。
お腹を空かせているのか?
飼ったことがないから分からないけれど、近くのコンビニに行って猫缶と水を買った。
公園に戻るとやっぱり仔猫はそこにいた。
缶詰を開けるのを待ちきれないように僕の足元をくるくると回っては身体を擦り寄せてくる。
僕は初めて猫が可愛いと思った。
奏さんは猫が好きだと言った、僕は元々人間以外の生きている存在が苦手だ、虫やペットなどが小さい身体で何を考えて生きているのかが不思議に思えた。
それらも地球に生まれたことに気がつかずに生命を繋いでいるのだ、僕たち人間とまったく変わらないのだろう。
すっかり食べ終えた仔猫は小さな前足で器用に顔を綺麗にして、僕の足元でまあるくなった。
背中を撫でるとほんのり温かさが伝わってきた。とくんとくんと心臓だって動いている。
その小さな身体を抱いて僕は家へと帰った。
ダンボール箱にタオルを敷いてそこに入れても直ぐに、よじ登っては僕の傍に来る。
奏さんにメッセージを送った。
「仔猫を拾いました、どうしたらいい? 」
直ぐに既読がついて、返信が届いた。
『今、帰りの電車の中です、猫ちゃん見に行ってもいいですか』
「もちろん、きてください、てか助けてください」っと返事をすると、可愛い猫のスタンプで了解と送ってきてくれた。
猫の背中をそっと撫でながら奏さんが来るのを待った。
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