第4話 天使の気配

 同じてつを踏まないように、今度は先に声をかけてから姿を見せることにした。


「すいませ~ん」


 神様的にはノリが軽すぎただろうか? 

だけどフランクな感じの方が打ち解けてもらえるとおもう。


「少々お話をうかがいたいんですけど、よろしいですか?」


 テレビのレポーターみたいになってしまっているけど気にしないでおこう。

明るく爽やかなのが大事だと肝に銘じる。

さあ、冒険者たちの反応はどうだ? 

戦闘神がこれだけ妥協したのだ、少しは緊張を解いても……って、密集隊形で戦闘態勢をとっているじゃないか!

ここは迷宮の中だから仕方がないと言えば仕方がないか。

六人の冒険者は一言も声を発せず周囲をうかがっているようだ。


「自分は怪しいものじゃありません。これから姿を現しますので、驚かないでくださいね」


 人間の言葉で語りかけているのだから、話くらいは聞いてもらえるだろう。


「どうも~、自分は牛頭王といいまして――」


 ヒュンッ。


 |風切り音(かざきりおん)を響かせて3本の矢が飛来する。

問答無用の攻撃とは、さすがはベテランパーティーといったところか。

焦ることもなく『疾風』を使った平行移動ですべての矢をかわした。


「えっ?」


 矢を放った獣人の女の子がびっくりしたような声を上げている。

君は猫なんだね。

僕は牛だよ。

そう、ナカーマ!


「まあまあ、驚くのも無理ないと思うんですよ。でも、少しだけ僕の――」


 ゴウッ!!


 今度は火炎魔法ですか……。

また避けたら感じが悪いかな? 

ここは敢えて受け止めて誠実さをアピールしてみるか。


 ドオォーーン!!


「いや、なかなかいい魔法だ。打たれ強い僕も脳震盪のうしんとうをおこしそうですよ。

ひょっとして名のある魔法使いの方ですか?」


 本当は全然効いていないけど、おだてておこう。

褒められて嬉しくない人はいないもんね。

魔法を受けるのは初めてだったからちょっとだけビビっちゃったけど、『筋肉の鎧』は魔法攻撃にも有効だった。


「くそ、第六位階の魔法が通じないぞ」


 第六位階? 

ああ、人間にとってはかなり上位な魔法だよね。

普通の人間は第四位階までしか使えないんだっけ? 

よく覚えてないや。

俺は戦闘神だけど肉体特化型で魔法は得意じゃないのだ。


「気を落とすことはないですよ。大きな声では言えませんが、自分はこう見えて神の眷属なんです――」


 俺が話している途中だというのに、リーダーらしき男がさっと手をあげると、後方から黒い球のようなものが飛んできて、煙を上げながら小爆発を起こした。

殺傷能力よりは目くらましを重視した爆弾のようだ。

牛頭アイに煙玉は効かないので、逃げていくパーティーの姿が見えた。

ベテランらしい鮮やかな引き際だ。

追いかけて無理やりにでも話を聞こうかとも思ったんだけど、先ほどの可愛い猫人族の声が聞こえて心が折れる。


「クソッ、化け物が……」


 …………。

だめ……。

言葉の暴力に対しては『筋肉の鎧』がまったく機能していない。

ヒットポイントは1ミリも減ってないけど、精神がゴリゴリと削られちゃったよ。

もう追いかけるのはやめとこう。


 だいたいなんだよ、俺も獣人もほぼ同じカテゴリーだろ? 

俺の場合は頭が牛で体が人間。

アイツらは……いい感じに融合してるよな……。

たとえば、牛頭王の女の子版がいたとして、顔が牛だと萌え絵にはならない。

人間の顔に牛の角がついているから可愛いんであって、牛の顔に人間のナイスバディ―がついていたとしても、超超超マニアにしか受けないだろう。

俺だってそんなのは嫌だ。

もう、人間とのコミュニケーションは諦めて迷宮最深部でも目指すか。

修業を続ければ変化(へんげ)の術を会得しそうな気もしている。

そうなればどんな姿も思いのままだ。

本性は牛のままだけどね。

根本的に人間の顔を得るには、東王母様を頼るよりどうしようもない。



 再び歩き始めた俺は、何度か魔物とエンカウントして戦闘になった。

戦うほどに合理的な体の使い方がわかってきている。

もっと強い敵と渡り合えば、俺の力はまだまだ伸びそうだ。


 小一時間ほど戦い続けた後、有袋飛蝗(ゆうたいばった)という、お腹にポケットがついたバッタを倒した。

こいつが飾り気のない麻袋をドロップしたのだが、俺は今その使い方で少々悩んでいる。


 普通に荷物を入れる袋として使うのもいいのだが、これは下着にならないだろうか? 

穴を二つ開ければ、足を通してパンツとして使える気がする。

腰巻は手に入れたのだが、これだけだと大事なところが安定しないので蹴り技が出しにくいのだ。

麻袋をパンツ代わりに穿けば、ブラブラすることももうないだろう。


 もう一つの利用法はマスクにしてしまうことだ。

目の部分と角のところに穴を開け、覆面のように被ってみるというのはどうだろう? 

これならギリギリでミノタウロスとは間違われないと思う。

角は袋の下に兜をかぶっていることにすればいいもんな。


 悩んだ末に、俺は麻袋を覆面として使うことに決めた。

蹴り技は出せなくてもまったく困らないけど、ミノタウロスと間違えられるのはもうこりごりだった。

モンスター扱いされると心が痛むんだよ。

これでまともなコミュニケーションが取れるかもしれない。

少しだけ希望を抱きながら迷宮の通路をさらに進んだ。



 しばらく行くと通路の先が十字路になっている場所にやってきた。

時間だけはたっぷりあるのでどちらに行ってもいいのだが、どうやら通路の左右に人間が隠れているようだ。

気配を消しているつもりらしいが、戦闘神である俺にはバレバレだ。

牛頭イアーはどんな小さな呼吸も、心音だって聞き逃さない。

左右に六人ずつ隠れているんだけど、こいつら何をしているんだろう? 

ひょっとしたら魔物を待ち伏せしているのかもしれないな。

だったら一声かけてから通るのが親切というものだ。


「おーい、人間が通るぞぉ」


 返事はないけど、聞こえただろう。

いざ攻撃されても問題はないから、スピードを変えずに歩いていく。

するとあちらの方から姿を現した。


「待ちな、兄ちゃん。ここを通りたけりゃ、持ち物を……ってなんだおめえは? 俺たちより先に追いはぎに会ったのか?」


 俺が身につけているのは腰巻と覆面だけだから、そう思われても仕方がない。

だけどこの男は今、気になることを言ったな。

俺たちより先にだと?


 牛頭アイ凝視! 


説明しよう。

牛頭アイは対象の記憶と魂を見て、その人物のある程度の経歴まで読み取ってしまうのだ。


【ロップル・ユーラ 27歳】

迷宮強盗。かつては普通の冒険者だったが、遊ぶ金欲しさに、22歳で強盗へと堕落する。

殺人(14人)、傷害(58件)、強盗(52件)、強姦歴(18人)


 100件以上の犯罪歴か。

どうしようもないクズですな。


「こいつが腰に巻いてるのってゾルゲ・コブラの革じゃん! これだけでかいのは滅多にお目にかかれないぞ」


 ランタンの灯りを近づけた強盗が騒いでいる。


「兄ちゃん、命だけは助けてやるから、コブラの革を置いていきな」


 見たいのか? 

脱皮したキングコブラを見せてやってもいいんだぞ!


 だが、そんなことはどうでもいいのだ。

それよりも、俺にはさっきから気になっていることがある。

非常に微弱ながら、この付近に天使の存在を感じるのだ。

おそらくどこかの下級天使だと思うのだが……。


「おい兄ちゃん、ブルって声も出ないのかよ?」


 ヘラヘラと笑いながら強盗の一人が顔を近づけてきた。

こいつは歯周病だな。

牛頭ノースを使わなくてもわかるくらい口臭がひどい。

あまりにも臭かったので、軽く顔をはたいたら大袈裟に吹き飛んでいた。


「神として忠告する、プラークコントロールは大事だぞ」

「てめえ!」


 いきり立って武器を構える強盗たちに聞いてみる。


「この近くに天使がいるだろう?」


 俺の質問に目をぱちくりさせていた強盗たちだったが、その表情が凶悪に染まっていった。


「どうしてそれを知っていやがる。さてはお前、あれを奪いに来たのか?」


 やっぱりそうか。

ごく稀にだけど、人間に捕まっちゃう非力な下級天使が存在する。

俺も人間の前は天使をやっていたから、そんな話を何度か聞いたことがあるのだ。

魔力通信をシャットダウンさせる魔道具をつけられ、助けを呼ぶこともできなくなるそうだ。

そんな天使たちの末路は悲惨らしい。

愛玩動物や奴隷のように扱われることもあると聞いている。

時には魔導研究の実験動物のような扱いもだ。


「素直に天使を解放しろ。さもないと天罰をくらわせるよ」


 俺の静かな威嚇を前にして、強盗たちはブルブルと震えだした。

 それと同時に脳内で無機質な音声が流れる。


(神技『牛頭闘気オックスオーラ』を習得。闘気を肉体から放出し、相対する敵の自由を奪います)


 闘気でプレッシャーをかけて、敵の感情を揺さぶり、さらには身体の自由を奪う技だな。

これを使えば格下の敵は動けなくなってしまうだろうし、同格の相手であっても動きを制限させることができる。

さらには闘気をフェイントとして使うなんていう、上級の戦い方もあったりする。

試しに牛頭闘気を収めてみると、途端に強盗たちの震えは止まった。


「相手は一人だ、やっちまえ!」


 蛮勇を奮い起こしたところで牛頭王には勝てないぞ。

牛頭闘気オン!


「うっ……」


 オフ。


「ビビってんじゃねえぞ、おめえら。囲んでボコれば――」


 ちょっとおもしろい。

オン。


「くっ……」


 オフ。


「ふざけやがって! やっちまえ!」


 もう飽きたから、相手をしてやるとするか。


 シュンッ!


 強盗団を倒すのに、指先一つで2秒もかからなかった。

眉間に穴を穿たれて即死だったけど、悪人だからまあいいか。

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