反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩

第1話 ある日、独立宣言が惑星マレエフに響いた

「要求はただ一つだ」


 耳慣れぬ声に、Gは足を止めた。

 兵舎の廊下に置かれているモニターには、人だかりができていた。何だろう、と上官に頼まれた書類を抱えたまま、彼はやや遠まきに画面に目をやる。


「我々は、誰によっても支配されない。我々には自分達の身体を自分達で作る権利があるのだ」


 アジテーション演説か、と彼は一瞬思った。よくあることだった。何処かの星の、何処かで何かしら、そんなことは行われているはずなのだ。

 だが妙にその声は耳についた。

 低い声だった。妙に乾いた声だった。

 まとわりつくくせに、決してしつこくはない。近くに在るものを引き込んで、食い尽くしてしまうような声だった。

 珍しいタイプだな、と彼は思う。本星で音楽の勉強をしていた頃にも、そう耳にしたことの無い声だった。

 その声に対する興味が、彼の足をモニターに向けさせた。


「何やってるの?」


 彼は見知った士官に問いかける。問われた士官は、弾かれたように彼の方を向いた。


「あ、少佐」

「やあ中尉、アジテーション演説など珍しくもないだろう?」


 私もそう思います、とその下士官は首をひねる。


「転送されてきたニュースですよ。発信源は不明なんですが、どうやらこの基地にも何か関係がつきそうということで、本星から」

「へえ」


 そう言えばそうかもしれない、と彼は思う。


「今朝から何度も繰り返されているんです」


 中尉は続けた。その言葉を聞いているのかいないのか、彼の視線は、モニターの中に引き寄せられていた。


「今アジ演説をしていたのは、あれか?」


 彼は独り言ともつかない声を漏らす。

 ええそうですよ、と中尉は自分に言われたものと錯覚して答える。画面の中に居たのは、その声からは想像もできないような人物だったのだ。

 何と言ったらいいだろう? 彼は自分の中から、モニターの中のアジテーターを形容すべき最も的確な語句を探すた。

 小柄だ、とまず彼は言葉をつけた。

 顔だけではない。時々カメラが引くのか、全身が映される時があるのだが、背も高くはないようである。肩幅も無い。

 カーキをもっと深くしたような色合いの、深い襟を持った軍服。中に着ているシャツはきっちりと一番上までボタンを止められ、ネクタイがよく似合っている。

 帽子はかぶっていない。焦げ茶色のまっすぐな髪が耳を出すかどうかという程度に短く切られ、整えられている。その下の顔に極上のバランスで配置される目もまた、深いその色。

 端正な顔立ち。ただそれは、身体同様、青年男子に対する形容ではなく、むしろ、少年とか少女を思わせるものだった。

 つまりは見た目は実に若いのだ。今そこで、画面を見ている彼自身とそう変わらないくらいにも見える。


 ……まあ自分達も外見なんて何の意味もないんだけど。


 彼は内心つぶやく。

 だがその発する声は。彼の中に違和感が渦巻く。


 何だろう?

 

 何やら、Gはひどく寒々しいものを感じていた。

 モニターの中のアジテーターは軽く目を閉じた。彫りの深いまぶたは、くっきりとその顔に陰影を作った。目を閉じたまま、口を開いた。

 彼は手にした書類を思わず握りしめていた。


「故に」


 目を開く。まっすぐに見開かれた目は、それまでとは違って、強烈な光をはらんでいる様に見えた。 


「我々レプリカントは、全ての人類に対して、独立を宣言する!」


 彼は思わず息を呑んだ。レプリカントだって!?

 周囲のざわめきが大きくなった。

 何度も流されている、と中尉は言ったが、やはり初めてその場で聞く者には動揺を起こすに十分なものだったらしい。彼だけではないようだった。

 Gは手にしていた書類が、やや汗ばんだ手のせいでじんわりとよれてしまっていることに気付いた。


「大変なことになったな」


 はっとして彼は振り向く。先ほどまで中尉の居た場所に、見慣れた顔があった。苦笑しながら中尉はひらひらと手を振っていた。

 声と同時に右の肩を掴まれていたので、彼はやや身体を固くしていた。手が空いていれば、肩を掴んでいる手を力任せにでも外すところである。眉を軽くひそめて、彼は友人を軽くにらんだ。


「右側に立たないでくれって言ったろ? 鷹」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」


 明るい、張りのある声が答える。まあそうだな、と言いはするが、彼はそれでも軽く首を振る。

 後ろで一つに結ばれた長い黒髪が友人の手を軽く打った。苦笑しながら鷹はGの肩からぱっと手を離した。


「それにしても、どういうことなんだろうな?」


 何、と彼は友人の方に顔を向ける。鷹の視線は既にGの方ではなく、モニター画面へと移されていた。繰り返されるニュース。そこには再びあの端正な姿の首謀者の姿が映されていた。


「華奢だよな」

「そうだね」

「だが声は野郎のものだよね。…ああ、セクスレスタイプか」

「あんたまた、よく知ってるな」


 Gは肩を軽くすくめ、やや苦笑する。レプリカントの用途は色々あるが、最も多いのは…


「常識だろ? 俺の方が君よりややお兄さんなんだからさ。だけど確かに、普通のレプリカとは何処か違うようだな」


 さらりと言ってのける鷹に、そうだね、とGはつぶやく。確かに。

 何がどう、とはっきり言える訳ではない。何せレプリカントと言ったところで、この時代、最高級に精巧なメカニクルの身体は、生身の人間とまず区別がつかないのだ。

 そして、その中でも頭脳に半液体状記憶素子(ハーフリキッドメモリアル)を持つ彼らは、他の、全てのパーツが機械であるメカニクルとは違い、細やかな感情までが人間と実に酷似していた。

 人間との恋愛沙汰が問題となるのは、どのメカニクルの中でもレプリカントが最も多い。


「だけど、それでも奴らは人間には抵抗できない筈じゃあなかったのか?」

「俺も今、それを考えていたよ」


 鷹は顎に手をやり、その彫りの深い顔を引き締めた。

 Gはその横顔を何げなく眺める。彼はそういう時の友人の顔は結構好きだった。

 一つ一つのパーツが整っている、という訳ではないが、伸びかけた明るい茶の髪と共に、何処かアンバランスなようで、奇妙にバランスを取っているその表情が。尤もそれは真顔の時、という条件つきだが。


「レプリカントには、他のメカニクル同様、人間には反抗できないように初期設定で『命令』が組み込まれている筈だ。だから何かの拍子でそれが壊れた奴が他の奴を解除しようとしても、なかなか厄介なはずなんだが…」

「そうだよな」


 Gも軽く首をかしげる。そんな話、聞いたこともない。

 だが目の前では、確かにレプリカントと自称する者が、繰り返される録画映像の中、「独立宣言」を、人間への抵抗を公言しているのだ。


「厄介なことになりそうだな」


 鷹は腕を組んでつぶやく。全くだ、とGもうなづいた。


「ああ、そろそろ行かなくちゃ」

「何処へ? ああ、司令の所か。君は結構気にいられていたもんな」

「そういう言い方は、嫌いだよ」

「嫌いも何も。それじゃあどう言って欲しい?」


 腕を組んで、年上の友人は明るく笑う。こんな笑い方をするのに、性格は決して良くはないのだ。Gは軽く眉を寄せる。悪かった、と鷹は左肩をぽんぽんと叩く。


「それにしても最近用を頼まれることが多いな。書類整理か?」


 まあね、とGはうなづく。


「このマレエフ第63番軍管区シーシキンもさ、今度、司令が変わるんだって」

「司令が、か。たしかまだ公式発表はされていないよな。俺は知らなかったけど」

「公式発表は、新しい司令が到着してかららしいよ」

「いいのかG? 俺に言っても」

「まあね。別に司令も俺に口止めした訳じゃないし。俺は司令に気にいられてるからね」

「怒るなよ」

「怒っちゃいないよ」


 そう言いつつも、Gは書類を抱えて歩きだした。



 厄介なことに、世界は混乱状態だった。

 少なくとも、彼らが生まれた時には既にそれが普通だった。数世代前の者が口にする「平穏な」時代というものが、彼らには想像ができない。

 戦争は、彼らが生まれた時には当然のものだった。誰がいつ始めたものなのかも判らない。理由もまたははっきりしてはいないし、またそれは、時間とともに移り変わっていき、また決して絶対のものではない。

 それはある時間のある地においては商圏争いであったし、また別の時間の別の地では宗教戦争であった。そしてまたある地では、それは単純な覇権争いでもあった。

 とりあえず彼らの母星にとって、戦争の理由はそのどれでもなかった。

 強いて言うなら、「成りゆき」である。

 彼らの母星は、辺境のアンジェラス星域にある惑星だった。取り立てて名前すらない、田舎の惑星だった。

 さほど多くなかった最初の移民が根付いたことすら、しばらくは他の星域から知られなかった程である。

 そして知られた所で、それは大した話の種にもならなかった。そんな平和な時代だった。

 だが戦争は、皮肉にもその惑星とその住人の知名度を上げた。

 近隣の惑星との友好関係だの、特定の鉱産物の輸出入の許可だの、様々な理由をつけてかり出されたその惑星の住民達は、結果的に非常に優秀な兵士となったのだ。


 さて、優秀な兵士とは何か?


 答は敵を一人でも多く殺し、必ず生き残る者。

 それだけのことである。

 前者についてはそれなりに個人差があるだろうが、それでもこの辺境の惑星の住民は、他の惑星の安穏とした生活を送ってきた兵士よりは格段に上の能力を備えていた。

 後者に関しては――― この星域出身の兵士は、ほぼ完璧だったのだ。

 いつからだったろうか? アンジェラス星域出身の兵士は「殺しても死なない」という噂が全戦域に広がっていた。

 爆心地で身体を一瞬にして蒸発させたとか、敵軍に捕まって斬首刑に処されたならともかく、心臓を貫かれても、全身に銃弾を食らっても、死ぬ事がない。

 そんな人間としては異様なまでの治癒力が彼らにはあった。これは他星域出身の兵士にも目撃されている事実である。

 そしてもう一つ、彼らについての噂。

 これはあくまでも噂である――― があった。不死だけではない、不老だという。

 出生率は高くない彼らなので、全体の人口は多くはない。だが、驚く程少なくもない。そして老人というものが殆どその地には見当たらない。

 近隣の惑星の使節が、最初にその惑星を訪れた時、そこに若者しかいない――― 少なくとも彼にはそう見えた――― ことに驚き、思わず年配の方はいないのか、と質問して苦笑されたことがあるという。

 ちなみにその時のアンジェラス側の代表は、既に三百の歳を重ねた第一世代の「若者」だった…

 それを進化と呼ぶ者も居る。

 ある条件の惑星に適応したおかげて、人類の肉体は、神の領域にまで近付いたのだ、と。

 だが真相は結局、他星の人間には、誰も判らなかった。

 それはこの星域に生まれた人間に課せられた徹底した箝口令のせいとも言える。「研究」のためにこの惑星に近付く者は立ち入りを拒まれ、時には無条件で抹殺されることも少なくない。

 何しろ、アンジェラスの人間は、皆「優秀な兵士」だったから。

 そして彼ら――― Gや鷹は、その第七世代だった。

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