第5話 席替え

「よお航平」

「なんだ。松田か」

「なんだってなんだよ!ったく…」

「お前、宿題やってきたのか?」

「おう、バッチリな!」

「何…だと…」


 松田が宿題をやっているだと?何が起きているというんだ?


「おいおい。俺が宿題やってることがそんなにおかしいか?」

「うん」

「…泣くぞ…」

「ご勝手に」

「おい、待てって」


 先に行こうとした俺を松田は慌てて追いかける。


「なあ航平」

「ん?」

「お前さ、昨日何してた?」


 これにはどう答えればいい?もしかして松田のやつ、俺と優花に気付いてたのか!?だとすると下手に誤魔化せないな。


「ちょっと外で散歩してた」

「なんだよー。暇だったのか?忙しいって言ってたけど」

「いや。別に。忙しくはなかったけど、外せない用があってな」

「ふーん」

「お前は?何してたんだ?」

「俺?まあ、散歩だ!」


 松田は放浪癖でもあるのか家が嫌いなのか休日はいつも外に出る。


「あの喫茶店に行っただろ?」

「行ったよ」

「あれからどうなったのさ、喫茶店デートは」

「な!?」

「斎藤さんと入ってくのをたまたま見たからさあ。」

「な、何を言ってんだよ。た、確かに喫茶店には行ったけどさ、べ、別にあれはデートじゃねえ!」

「へえ〜」

「ハッ、航平とは違ってな、俺はついに女子の連絡先を手に入れたんだ!航平、悪いが俺は一歩先に行くぜ!」


 …いや、そんなこと言ったら俺の方がお前よりずっと進んでんだけど…。それに女子の連絡先なんて優花と付き合う前から持ってたぞ。何言ってんだ?と思ったが黙っててやろう。


「すごいなー。よかったなー」

「なんで棒読みなんだ…?羨ましくないのか?」


 松田を連れて教室に入る。するとみなそわそわしていた。


「そういや今日席替えじゃね!?」

「そうだっけ?」


 記憶にない。どうせ人気者の隣の取り合いだ。俺?まさか。まあ、松田の隣は勘弁だな。勉強の邪魔になる。


「今回こそは吉崎さんと…」

「無理無理。諦めろって」

「いや。今回からくじ引きになるからな!チャンスは平等だ!」


 そういえばそうだった。前の席替えでは優花の隣が取り合いになって問題になったんだった。それに怒った先生がくじ引きにしたんだった。まあ、席替えなんてどうでもいい。好きな人の隣に…、なんて考えるのが馬鹿馬鹿しいのだ。そんな奇跡はラブコメでもない限りあるわけない。


「まあ、頑張れ」

「航平は希望とかないのか?」

「まあ強いて言うなら隣にうるさい奴がいないことを祈ってるよ」

「そうだな。うるさい奴がいると寝れないもんな!」

「お前と一緒にするな」

「痛ってえ!いきなり頭叩くことないだろ!」

「自業自得だ」


 俺は松田をおいて席に座る。今日は憂鬱な日になるなあ、と思った。




 ついに席替えの時間になった。まずクラス委員の優花が最初に一本引き、そこから優花がくじをもってみんなの席をまわって、みんなが引く流れだ。どうやら俺は5番目に引けるらしい。正直余りもののほうが悩まずにすむんだが。


「頼む。吉崎さんの隣、来い!」


 よくもまあ本人の前でそんなこと言うなあ。と思っているうちに俺の番が来た。俺はさっさとすませようと適当に一本引く。優花は一瞬とても驚いた顔をしていたが俺と目が合うと一瞬、心の底から嬉しそうな笑顔を見せ、後ろの本田の席へと去って行った。

 すごく可愛い笑顔に俺は心を奪われるのだった。




「…おーい。航平?大丈夫かー?」

「え?あ、ああ。大丈夫。大丈夫だ。」


 俺の友人の土田が声をかけてきた。どうやらボーっとしていたようだ。あれ?席替えは?


「なら早くそこをどけよ。もう席替え終わってんぞ」

「え?あれ。俺は、32番?わかった。すまんすまん」

「気にすんな。それよりよかったな」

「なにが?」

「お前、吉崎さんの隣だぞ」


 え?そんなこと起こるわけ…と思い俺の新しい席の方を見る。すると優花が隣の席に座っていた。


「ほら、早く行け。いつまで待たす気だ?」

「あ、ああ。すまん」


 俺は現実を認識できてないまま優花の隣に座る。


「隣だね。」

「あ、ああ」

「どうしたの?恥ずかしいの?」

「ま、まあ少しな」

「ふーん」


 周りの男子の羨望と憎悪の眼差しが刺さる…。優花の隣になれたのは奇跡だと思うし嬉しいけどこの視線に耐えていかなきゃいけないと思うと憂鬱だ。でも優花の隣にいれるのなら安いものだ。


「よろしくね、航平君」

「こちらこそよろしくお願いします、優花」


 こうして席替えは終わった。席替えも悪くないな、と思った。そしてクジに付いていた印を見て


「こんなの見えねえよ」


 と笑いながら呟いた。





 デートから帰って来て夕食の後、私は先生から言われたクジ作りに勤しんでいた。


「うーん。どうしよっかなあ」


 折角クジを作れるんだ。この立場を利用してなんとか航平君の隣になりたい。先生の期待を裏切るようで悪いがイカサマさせてもらおう、と思ったもののどうイカサマすればいいのか分からない。


「クジは割り箸にして、航平君が引きやすいような所に持っていこう。あとは…」


 私はクジの一本に印をつけて翌日、学校に向かった。




 ついにやってきた席替え。イカサマをする罪悪感もあり、緊張する。


「吉崎ー。頼んだぞ」

「は、はい!」


 私はまず一本引き、その後航平君の列の先頭の青木君の席へ向かった。

早く航平君に引いてもらおう、と思い気持ちが先走る。


「頼む。吉崎さんの隣、来い!」


 松本君がそう言いながらクジを引く。そして私は航平君の席の前に来た。大丈夫。印のついたクジは予定通りの場所にある。しかし、

 

「あ…」


 航平君は私が来るや否やすぐにクジを引いたのだ。しかしすぐに気づいた。印のついたクジがひかれてることに。

 良かった…、航平君と目が合った私は少し照れ隠しに微笑む。航平君は雷に打たれたような顔をしていたが、私はその顔を眺める時間的余裕も精神的余裕もなく、後ろの本田君の席へ向かった。

 


 席替えが終わり明日から航平君と隣、そう思うと心が高鳴る。私は太陽に照らされた家路をスキップしながら帰った。


 

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