6 想定外の死亡フラグ

 見たこともない神様を詰ってみたところで現状は変わらず、一つ嘆息を落とした私はもう数行読んでから着替えようと、とりあえずざっと続きを目で追った。


 ――もうわたくしにはこれしか道はありません。ウィリアム様と最後の逢瀬さえ楽しめればそれでいいのです。そのための媚薬は万全ですし、仕上げの毒薬も二人分入手できましたもの。無味無臭なので気付かれる心配もないでしょうね。ふふふふふ。


「――毒薬ううう!? 何この子それじゃあ毒を飲んだっての?」


 不貞腐れた気分なんて宇宙のどこかへと吹っ飛んだ。


「まさか、だから私がこの体に入る羽目になったのね? 本来のアイリスが死んじゃったからちょうどいいってわけで……」


 道理でアイリスの意思を感じないはずよ。

 ファンタジー小説とかだと頭の中に本来の体の主の声が響いて邪魔してきてとか、その子の記憶まで自分に入ってくるとかあるでしょ。まあ有難い事にこの世界での言語や識字能力は入ってるみたいだけど。

 私的な記憶が一切なかったのは、もうすっかり魂がいなかったからなのね。

 それに自分の代わりに復讐してとかも望まれなかったのは、アイリス自身が満足していたから?

 そう思えば彼女が何を記したのか興味がぐんと湧き、急かされるように続きの文章を目で追う。


 ――ですが、もし万が一億が一死ねなければ、ウィリアム様にこれ以上我が身の醜態を晒す前に、この部屋を火の海にして焼け死んでやります。それでも死ねなければこの離れを木っ端微塵にして死んでやります。それでもまだ無理なら、このローゼンバーグの屋敷がクレーターになるような方法で確実に死んでやります。ふふふふふ。


「………………え?」


 ――そのための準備に抜かりはありません。魔法使いに依頼して、三日に一度発動するような死ぬための魔法を仕掛けましたから。発動時にはわたくしがどこに居ても自動的に爆心地付近に転送されるよう、空間転移魔法も設定してあります。ただ私が死んでいれば爆発は致しません。ですから、もしもこの日記を私の死後にお読みになられた方はどうぞご安心を。


「…………うそでしょ?」


 めっちゃ生きてるじゃない、アイリス。


 つまりは、私。


「ああでも、一度本人は確実に死んでるからセーフかもしれないわね。うんうん、きっとそうよ!」

「――アウト~」


 手の中の日記は無情な正解をくれた。


「ちょっ、アウトって……それじゃあその死ぬための仕掛けが起動だか発動だかをするってこと? そうなの? 何か危険度小中大って感じで三段階くらい言ってたけど、最初のそれはいつなのよ!」

「――今夜」

「今夜!? ああもうアイリスあなた一体何でそんなに自棄になってくれちゃってんのよ!」

「発動時間は日付が変わる頃だよ。シンデレラもうっかりしちゃう魅惑の深夜〇時だね~」

「うっさいわ! でも何でわざわざ深夜〇時なの?」

「んーこの世界じゃ深夜〇時って魔法的には重要な時間でさ、その時刻ピッタリに魔法を使うと一層効果がアップするとか何かの奇跡が起きるかもって説があるからじゃない?」

「なるほど、じゃあ仕掛け全部がそうなの?」

「おそらくはね~」

「わかり易くていいけど、強まるのは嬉しくないっ」


 媚薬を盛って毒薬を飲んだ行動力からしてアイリスはマジ本気だわ。

 ってことは火の海になったり爆発したり地面をえぐってクレーターできちゃったりする何かが、このローゼンバーグの屋敷や離れのどこかには紛れもなく存在するのよね?

 それを見つけないと私死ぬの?

 転生して目覚めたその日のうちに?

 しかも周囲にも生命危機級の大迷惑をかけるってわけで……。

 クレーターだなんて、これはもし助かったとしても極刑ものよ!


「冗談じゃないわ! 早くその自爆だか自殺魔法を見つけないと……って、あれ? でも待ってウィリアムも毒薬飲まされたんじゃないの? なのに彼ピンピンして生きてたわよね?」

「ああ、それは続き読んでみてよ~」


 返事さえ惜しんで言われるままに視線を走らせる。


「ええと何なに……――ああそっかこの子、結局彼を殺せなかったのね」


 ウィリアムは媚薬以外は盛られなかった。

 アイリスの呷った毒は遅効性のものだったのか、どういう状況で服毒してこの日記を彼女が書いたのか知らないけど、アイリス・ローゼンバーグという少女の最後の最後の言葉たちがこのページだった。

 殺したい程に好きな人だったけど、やっぱり好きだったから殺せなかった。

 悲しい恋に胸が痛む。……私も心が病んじゃったら葵相手にこんな暴挙に出たかもしれないなんて思ってちょっとだけ共感する。


「何か可哀想ね」

「アハハお人好し~。キミはその可哀想な子のおかげで、折角の第二の人生もゲームオーバーになろうとしてるんだけどね~」


 このアイリス日記は正論をムカつく口調で吐いてくる。きっとそういうキャラ設定なんだわ。

 まあそういうわけで、対人関係のいざこざなんて可愛いもので、この体の前主人の残した目下三つの死亡フラグを回避する羽目になった私は、疲れた心地で部屋を見渡すと黒光りするクローゼットの中から着やすそうなドレスを一着見つけて引っ張り出した。

 素肌にドレスはさすがにどうかと思って、シルク製品だろうスリップみたいなのと、ドロワーズだか何だかって言うんだったかしらね、そんなパンツ代わりの下着もあったからそれを中に着た。色はどっちも黒で裾はレース仕様で可愛い。


「ふうん、下着だけじゃなくドレスもブラックだけど、こっちもレースたっぷりだし刺繍も凝ってるし、さすがはお嬢様」


 鏡を前に初めてするゴシック風な装いに満足する。

 はあ~素材がいいと得ね~。

 クローゼットにはコルセットなんかもあったけど、締めてくれる人間もいないしそもそもそんな窮屈そうなものを着たくもないから放置。腰回りがだぼ付くとスースーして嫌だったからウエストは適当なベルトを巻いてやり過ごした。

 ああ、だけどブラ付けてないとかなり微妙……。


「さてと、仕掛け魔法をどうやって探せばいいのかしら……ってそういえばこの世界には魔法があるのよね。小さい頃よく憧れたけど、まさかそんな世界の御厄介になるなんて思わなかったわ。ねえ日記、ここでは魔法ってどうやって使うの? 魔法の杖があるとか?」

「そうだねえ~、魔法使いじゃなければ魔法はあらかじめ魔法を込められた魔法具を使うか、魔法使いに待機状態の魔法陣を仕掛けてもらうかすると思うよ。条件を満たすと発動するように設定してさ~」

「ふうん。じゃあそういった魔法具や魔法陣を見つけるいい方法は?」

「さあ、勘?」

「……ああそう」


 肝心な部分でやっぱりこいつは役に立たないんだってわかった。

 どうせヒントは得られないって早々に見切りを付けた私を、役立たず日記は意味ありげな眼差しで見てくる。

 だからどうしてスポンジ何ちゃらっぽい目をするの!

 まあぶっちゃけそんなことを気にしている暇はないから放置。


「この死亡フラグを乗り切ればこの先安心して生きていけるってことよね。よーし家探ししてでも全部見つけ出してやるわ」

「……君は現在落ちぶれた悪役令嬢ってこと忘れてない~?」

「それが何よ。大人しくしてろって?」

「まあ有り体に言えば~」

「出来るわけないでしょ。元のアイリスが悪役令嬢であれ、私は私でしかないのよ。アイリスを演じる義理もないし」


 この状況は不可抗力だし、周囲からどう思われようと好きなようにやらせてもらう。


 全ては生きるために!


 寝起きは実は昼近くだったようで、私に顔を覚えられないようにとでも思ったのか、仮面を付けた銀髪メイドが運んできた温かな美味しい昼食を食べてからは、ずっと部屋に籠ってひたすら日記のページを捲った。

 これでも読書は速い方だけど、それでも夕方までかかって半分も読めてないし収穫はゼロ。

 どういう現象の魔法でどこに隠したかとかが書いてあるのを期待したけど、そこは一つも書かれていなかった。

 気分転換にバルコニーに出て風に当たる。

 気落ちと焦りを少し紛らせたかった。


「何だ、ここって三階だったんだ」


 地上階じゃないのは窓の景色からわかってたけど、何階かまでは確かめていなかった。手摺りに両手を突いて下を覗き込む。

 真下は植え込みだけど落ちたら痛いわよね。


「こっちの世界で死んだらどうなるのかしら?」

「今度こそ天国行きだよ~。あ、地獄かも?」

「ああそう」


 ふよふよ浮かんで付いてきた日記は身も蓋もない。

 この世界が嫌になっても自殺は止めておこう……というかまずは初日の死亡フラグを叩き折らないと三日先の太陽さえ拝めない。


「せめて今夜の魔法の形状とその場所だけでもわかればなあ。あなた知ってる……わけないかあ」

「今夜のは魔法具で、君の寝室にあるよ~。でも何かまでは知らな~い」

「そういうのは早く言って!」

「だって具体的に訊かれなかったし~?」

「くっこういう奴よねあなたって!」


 こうなりゃ部屋を徹底的に調べてやるわと改めて怒りをやる気に変え、戻ろうとした矢先。


「――おい何をやってるんだアイリス!」

「へっ?」


 思い切り身を乗り出していた所に背後からの不意打ちの声に驚いて、手摺の上の手が滑った。必然、大きく体勢を崩して前のめりになる。

 ひいいいーーーーっフラグ折る前に死ぬーーーーっ!

 声にならない心の悲鳴を上げ、今まさに天地が引っ繰り返らんとした時、私の腰を誰かの腕が強引に引き戻した。


「この馬鹿! 何をやっているんだ! 命をもっと大事にしろ!」


 引き攣ったような恐怖で心臓がまだバクバク言っている私は、罵倒にも満足に反応できないまま、腰から手を離したその相手を振り返る。


「ウィリアム……」


 そこには昼間の金髪の美男子が、険しい目をして立っていた。

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