第31話  好きな理由

 猛勉強すると言っても、急に決心したことなので、コウにはその為のノウハウがよくわからなかった。ここは、担任に訊いてみるかな。彼は言葉では気合を入れていたが、そんなに高圧的な人ではないし、話しやすい方だ。放課後担任の元を訪れると、勉強との事だというと少し得意げに話を聞いてくれた。理科教師の岡本は理数科目を中心に勉強したいというコウのために、現在の実力を考えながらアドバイスをしてくれた。


 方向性が見えたので少しホッとして職員室を出ると、真由が待っていてくれた。


「あれ、待っててくれたんだ。先に帰っていてもよかったんだけど。ありがとう」


 どのくらい時間がかかるかわからないので、待たせるのは悪いと思っていた。


「そんなに時間はかからないかなと思って、本を読んで待ってたんだ。アドバイスは役に立ちそう?」

「まあ、まあ。後は自分でどれだけやれるかだから。担任にも言われた」


「そうかあ。そこが一番難しい所なんだけどね」

「その通りだな……」


 翔馬にあおられて、あたふたしてしまったが、真由がついていてくれてよかった。――俺はこんなにも他の奴に真由がとられると思うと怖いんだ。


――真由の心が信じられないのか! 


――真由は自分の事が好きなんじゃなかったのか!


 自分に言い聞かせた。 


「真由、俺のどこが好きなの?」


 ああ、訊いてしまった。自分で自分の長所が見つけられないコウは、真由の愛情の理由がわからなくなっている。


「どこって……説明するの難しいね」

「俺の良い所ってどこだと思う?」


「それも難しい質問ね。なぜ好きなのかと言われても、理由は特にないから」


 理由がない……とは。ここで、恰好いいからと言われたら、感激なのにな。


「好きになるのに、理由はいらないってこと。もう何でこんなこと言わせるんだろう。自信を持ちなさいよ! ところで、コウはなぜ私の事が好きなの? コウも答えてよ!」

「俺は、入学した時から一目見て好きになった。一目ぼれってやつ。理由は……可愛かったから。ずっと仲良くなれたらいいのに、と思い続けていた」


「そうなのか。道理でこっちばっかりじろじろ見てたわけだ。最初は気持ち悪かったけど。そう言うことだったのね」

「えへへ、意味もなく見てるやつがいれば、気持ち悪いよな。では、これから自信を持って真由の愛情を信じることにする」


「それでいいんじゃないの」


―― 好きになるのに理由はいらないかあ。


 いいことを聞いた。これでイケメンが現れても怯えないで済む。自信を無くしてへこんだりしないでいられる。


「これから忙しくなる。今日ぐらいは家へ来てのんびりしよう」

「コウったら、現金ね。急いでるわけじゃないからいいけど」


「よし、そうと決まれば急ごう!」


 二人は、一目散にバス停へ向かった。だからと言って、バスが早く来るわけではなかったのだが……。


 真由はコウの家へ寄り道すると、駅からの往復で二十分ほど余計にかかることになる。家での滞在時間をそれにプラスしたのが、寄り道時間となる。帰りが夜遅くなってしまうということはない。駅で寄り道しているのと、さほど時間の差はない位だ。


 バスに乗り駅へ着くと、そのまますたすたとコウの家の方へ向かって歩く。できるだけ時間を短縮するのだ。


 コウの家へたどり着いたのは四時半を少し回った頃だった。学校を出たのは四時ごろ。ロスタイムはほとんどなかった。父親はまだ仕事から帰っていないし、母親は買い物に行って留守だった。姉は自室にこもっている。


 コウはリビングの炬燵に入るように真由にいった。外が寒かったせいもあり、二人は急いでスイッチを入れ足を潜り込ませた。


 すぐに炬燵の中は暖かくなってきた。


「ふう……あったかーいっ!」

「そうだ、ちょっと待って。何か温かい飲み物でも作ろう。お茶でいいかなあ?」


「何でもいいよ」


 コウは急いでお湯を沸かし茶碗にお茶を淹れた。キッチンに置いてあったせんべいを掴むと、炬燵へするりと足を潜り込ませた。


「ほっとした……」


 外の寒さから逃れ、二人は手まで炬燵の中に突っ込みぬくぬくした。炬燵の中では、二人の足が触れ合って、さらに温度が上がっていくようだ。コウの方から足を延ばすと真由の足や太ももに触れる。どこに触れるのかがわからず、ドキドキしながら足を延ばしている。


「ジェンガとトランプどっちがいい?」


 なにかをして遊びたくなり、コウは真由に訊いた。こんな時は各自が一人でゲームをやるのはもったいない。向かい合って遊びたい。真由がいった。


「ジェンガをやろう!」


 コウは、自室にしまってあったジェンガを取り出しテーブルの真ん中に立たせた。


「先行を決めるよ」


 二人はじゃんけんをし、勝った真由が先行になった。


 最初の方は難なく抜くことができる。三分の一ぐらいが抜けたあたりから、一本抜くたびに興奮し、抜けた時には大喜びしていた。


「やったーっ!」

「ふーっ。まだまだいける!」


 一本抜くたびに、二人とも大歓声を上げた。


 あちこちが欠けてようやくバランスを取って乗っている状態になると、かなりの時間迷いながらようやく一本を引き抜いた。


「あ――っ! やばい! よし!」

「じゃあ、今度は私の番……」


 真由もどこを引き抜いたらいいのか、炬燵の外側をぐるぐる歩き回り、手を出しては引っ込めている。ようやく引き抜く一本が決まり、そっと引き抜いた。次の瞬間ガラガラと大音量を上げてテーブルに崩れ落ちた。


「あーーっ! やだやだーーっ!」


 地団太を踏んで悔しがった。


「先行にしなきゃよかったかなあ……」

「どっちでも変わらないよ」


 コウはにやにや笑いながら片付けた。


「ああ、面白かった」

「悔しーっ! 今度またやろうね。リベンジするからねっ!」


 終わった頃には、いじいじした気分はどこかへ吹き飛んでいた。母親が帰ってくるまでの少しの時間、二人はこたつの中で手を触れ合ったり、足を触れ合ったりしていた。ここならだれにも見られないし、誰か来てもすぐに離れればいい。


「うふふ……くすぐったい……」

「あっ、また足に触れちゃった。御免……」


「……わざとでしょ……もう」


 炬燵にこんな用途があったなんて、初めて気がついたコウだった。💖

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