第20話 文化祭の準備始まる

 文化祭まであと一週間に迫った。準備のために授業は短縮になり、放課後は何か特別な用がない限りクラスの全員が残り、準備することになった。出し物が決定してから、数回の話し合いを重ね、迷路と喫茶店の両方を教室の中に作ることは難しいという結論に達した。明美はひどくがっかりしていたが、そこは持ち前の明るさですぐに気持ちを切り替えた。その代わり、入り口で様々なアニメのキャラクターに扮装したクラスメイトたちの写真を展示して、人目を引こうということになった。

 衣装は市販品や手持ちの服を改良したものや、お面などを手作りすることになった。それらを準備するグループ、店の配置やインテリアを考えるグループ、メニューを考え調達するグループなどに分かれて、準備することにした。コウと真由は、連日のように残り相談をした。全員が自分のやりたい部署に所属し、前日までには完成するように進めることになった。

 進捗状況に応じて、クラス内で話し合いを持ちながら意見を聞き、決めていった。これは真由が事前によく周知させていた。すべてをグループ内で決めてしまうと、後で反論が出ると修正するのに時間がかかってしまうし、トラブルのもとになるからだった。

 明美が、しみじみといった。


「これで何とか準備もできそうね。面白いキャラクターを考えて、変装してもらって写真を撮るわ」

「任せたよ、明美! アッと驚くような奇抜なのも入れてよ」

「うん、考えとく」


 そちらは明美たちに任せておけば何とかなりそうだが、喫茶店の方はかなり二人がテコ入れしなければならないようだ。


 真由は、コウにいった。


「メイド喫茶なんだから、店員の衣装はメイド服にしなきゃね」


 敦也も話に加わってきた。


「そう、そう。思いっきり可愛いのがいい。ミニスカートにフリルの付いたエプロンかな」

「うん、エプロンが白だから、ドレスは黒がいい?」

「ドレスは黒とは限らない。パープルなんかもいいんじゃないか?」


 コウも意見を言い、敦也が頷いた。


「おお、それも色っぽいな!」

「っていうか、お洒落な感じがする」


 敦也がコウの耳元で囁いた。


「お前も女子のメイド服姿が見たいだろ?」

「いや、俺は別に……」

「恰好つけんなよ。真由のメイド姿は、いいだろうな。明美もあの胸のボリュームだ、似合うんじゃないのか。小柄な日菜もかわいらしくてキュートだろうな。ぞくぞくしてきた」


 敦也の露骨な言葉に呆れる。


「それが目当てでやるのかよ。一生懸命準備してるこっちの身にもなれよな」

「大部分の男子は、そんなもんだろ」


――はあ、そんなもんなのか……。トホホ。


 立場上露骨には言えないが、コウも内心はどんな姿になるのか期待している。真由がいった。


「もうどんなのがいいかは決めてあるの。メイド係で買い物に行ってくる」


 敦也がいった。


「へえ、早く見たいな」

「やあね。まだ、まだ、お楽しみにね!」

「ちぇーっ。早く見せろよな」


 もうあと数日だ。そのうちすぐに見せてくれるだろう。男子もアニメのキャラクターになりきるために、変装をさせられることになっている。他の男子が、真由に訊いた。


「喫茶では何を出すことになったんだ?」

「紅茶とコーヒー、それに缶入りのドリンク。


 お茶菓子は、チョコやクッキーなどを組み合わせて袋に入れるの」


「ふ~ん。店内はどんな感じ?」

「ポップなデザインの壁紙を模造紙に書いて張るの。テーブルクロスはそれに合うような色の布を買ってきて机を四個重ねた上に乗せる。造花も各テーブルに置いて、ムードを出すつもりなの」

「それは大変だな」

「喫茶班の子たちが準備してる」


 教室の後ろの方では、喫茶班の連中が集まって打ち合わせの最中だ。コウは、彼らのいるところへ歩いて行った。一枚の図面を見ながら、ああだこうだと意見を言い合っていた。

 反対側の床に座り込んでいる女子のグループは、模造紙を広げて壁紙のデザイン画の下書きをしている。

 明美たちのグループも集まってキャラクターの衣装の相談を始めた。男子を捕まえては何やら交渉している。変装してもらうよう頼みこんでいる。準備は着実に進んでいるようだ。


           ☕

 それから数日が経った。文化祭を明日に控えた放課後の事、皆が最終準備に取り掛かっていた。完成した壁紙は淡いピンク、ライトブルー、白の三色のストライプで、斜めにラインが描かれていた。それを壁に張ったり、テーブルをセットしている一団がいた。別のグループは、廊下に座り込み入り口の看板を作っている。教室を入ったところには、ベニヤ版にアニメのキャラクターに扮した生徒の写真が貼られている。一目見ただけでは誰が変装したのかわからないようなものもある。これは、せっかくだから当日もこの姿でショウをやろうという話も出て来ていて、実現する運びとなった。コウも看板作りの手伝いをしていた。真由とコウは手が足りないところへ行き助太刀をする。

 ペンキ塗りの手を休め、ふと視線を上げた先に思いがけない姿が見えた。それを目にした男子は、みな溜息をつき、称賛の声を漏らした。


「おお、可愛い……」

「……あ、真由……」


 そこには、メイド服を着た数人の女子がいた。更衣室から出て来た彼女たちは、クラスメートの視線に晒され、恥ずかしそうにしている。スカートは緩いフレアーで、膝から下のラインがはっきりとわかる。ブラウスはライトパープルのパフスリーブで肘から下はほっそりした手が伸びている。胸元には赤いリボンがついている。白くパリッとしたエプロンのすそは丸くなっていてフリルがついていた。

 真由は、いつものヘアスタイルではなく髪を上の方で二つに結んでいる。他の生徒がいなかったら、思わず抱きしめてしまいそうだった。


「この衣装にしたの。どう?」


 女子たちは、廊下を歩きながら準備している生徒たちに見せて回っている。


「おお、いいね!」「可愛いじゃん!」「日菜ちゃん、超可愛いっ!」

「真由、凄いかっこいいよーっ!」


 などと、声を掛けていく。彼女たちも嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。コウもため息が出そうだった。


「真由、良く似合うよ」

「これにして良かった」

「………可愛い……」

「わーいっ」


 真由に言ったつもりだったが、他の女子たちも自分が言われたと思い喜んでいる。


「良かったーっ!」「ちょっと照れくさいけど、いいよね!」


 などと口々にいっている。


「じゃあ、今日一日はこの格好でいるわ」


 女子たちはその服装が気に入ったらしく、暫くメイド服のままで過ごすようだ。ああ、二人きりの時間が来ますように、とコウは、祈るような気持で真由の姿を追いかけていた。

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