第8話 千々に乱れる心

 コウは、一人でじっとしていても心が乱れて様々な思いが交錯していた。真由を思いながら過ごしていた平和で幸せだった日々。それを打ち破った自らの告白と、真由の拒絶ともとれる反応。マラソン大会では、少し距離が縮まったと浮かれていた。すべてが白日の下にさらされてから、近寄ってきたレイナ。そして今日のレイナとの密会と、別れ際の優しいハグ。あまりにも多くのことが短期間のうちに起こり、自分の心の中が整理しきれず乱れていた。

 こんな時に相談できる相手はやはり……。敦也に話してみようか! コウは、電話をかけた。


「敦也、今時間ある?」

「いいよ、少しなら。今試験勉強中だったけど、休憩しようと思っていたところ」

「ああ、そうだったんだ。御免。驚かないで聞いてくれる」

「ああ、どうしたんだ?」

「今日、レイナが家に来た」

「へえ―、そうかあ。で、楽しかった?」

「まあ、もちろん」

「なんだか微妙な反応だなあ」

「そうかな……」

 

 どういいだそうか考え、少し間が開いた。



「何かあったんだろ。相談したいことがあったから電話したじゃないの?」


 やはり、敦也。話が早い。


「楽しかったんだ。だけど、帰り際に、ハグされた」


 そこで、またしばらく間があった。受話器の向こうでは、驚いた顔をしていることだろう。まさか、コウが……と。


「それで、悩んでるのか?」

「そういうこと。おかしいか?」

「お前らしいな。あいつなりの挨拶なのか、それ以上の意味があるのか悩んでたってことか?」

「図星。どう思う?」

「どう思うって、その時の雰囲気とか、ムードとか、総合的に判断しないとわからないなあ」

「やっぱりそうか。自分で判断することだよな」

「前にも言ったかもしれないけど、お前の気持ちが一番大事なんじゃないの?」

 コウは、自分がどんな答えを求めていたのか、考えた。


「ちょっと迷ったんだけど、言っておく」

 敦也が言った。


「図書館で勉強してた時、真由がお前のこと心配、というか、気にしてちらちら見てた」

「きついこと言ったからか?」

「多分、レイナと一緒にいたからだろう。俺も意外だった」


 一瞬、思考が止まった。それって嫉妬ってことか。もしそうだとしたら、こんなにうれしいことはない。


「へっ、そうなのか?」

「多分あいつがお前を突き放した時の態度程は、お前の事を嫌ってはいないような気がする」


 コウは、嫌われたのではないことが分かっただけで、内心嬉しくて飛び上がりそうな気持ちになった。告白してからずっと、傍にいられるのも嫌なんじゃないかと気にしてばかりいた。


「そうなのか。ほんと俺って、女の子の気持ちがわからなくて困る。ありがと。お前にはいつも助けられてる」

「いまさら器用になれとは言わないけど、自分の気持ちは偽るなよな。それから、レイナとはちゃんとけじめをつけて付き合った方がいい」


 コウは、電話を切ると部屋で一人考え込んだ。自分の気持ちは決まっている。真由一人をずっと思っていたい。


 

 月曜の朝、コウはいつもと同じ時刻にバス停に立っていた。真由がやってきた。

コウは、そっと後ろに下がり、一緒に並ぶ。敦也が言った通り、真由はコウがそばにいても特に嫌がっている様子はなかった。たまらなく嬉しかった。


「お、おはよう」


 勇気を出して声を掛ける。振り向いた時の顔も可愛い。


「おはよう。今日からテストだね」


 この態度なら、嫌がってなんかいない。良かった。


「数学は、できそう?」

「何とか。コウは、英語はわかった?」

「だいぶできるようになった、と思う」

「そうよね。レイナに教えてもらったから」

「う、うん。そうだな」


 コウは、チョット咳払いをしてからいった


「数学分からなかったら、俺にも訊いてね。敦也と同じぐらいにはできると思うから」


 数学では、敦也とはいつも競い合っている。


「ありがと。助かる」

「あの……俺と一緒にいて、気まずいとか思わないで。気にしてないから」


 そこまで言うと、心臓がどきどきしてきた。


「そうお。同じクラスだもんね。それと、いろいろなことがいっぺんに起こって、私もちょっと焦ってたみたい」


 本当に、嫌がってはいないようだ。しかもちょっと照れているように見える。気にしてくれている。


「そうそう、捻挫した足首は、よくなった?」


 マラソン大会後に初めて聞いた。


「だいぶ良くなった。あの後病院へ行って、診察してもらったの。動かさないようにして湿布しておけば治るでしょう、ってお医者さんに言われた」


 歩いているところを見ても、気にならない程度にはなっていた。


「よかった。あの時は、かなり重症かなって心配してた」


 真由は、その話になってから、かなり照れくさそうな顔をしている。


「ずっと、肩につかまってたもんね。家で、兄貴に行ったら、バカにされた」

「ひどいなあ、仕方ないじゃないか!」

「家の兄貴ね、私のことドジだと思ってるんだ。あんな緩い坂で転ぶなんて、しょうがないなって」


 お兄さんがいたことを初めて知った。考えてみれば、知らないことだらけなんだ。まだまだいろいろな話をしたい。


「家は姉がいる」

「知ってる。一つ年上の」


 やはり、同じ学校にいるからだろう。しかも姉の方が目立つ。告白するまでは……。


「リュックの横についてるリス、可愛いね」


 いつから下がっていたのだろうか、真由の事が気になり始めた頃から、こいつはずっと真由の隣にいた。こんな言葉が自然言えたことに、コウは自分ながら驚いた。


「これ、友達からもらった誕生日プレゼント。すごく可愛くて気に入ってるから、ずっとつけてるんだ」


 ようやく、リュックについているリスの正体が分かった。思い切って、訊いてみて初めて分かった。いつも一緒にいる、こいつのことが羨ましい。俺が代わりたいぐらいだ。しかしこんなことを考える自分は、やっぱり変態じみているかなと思う。教室に入る前に、約束を取り付けた。今日は図書室で一緒にテスト勉強しようと。


「じゃあ頑張ろうね!」


 コウは、真由に声を掛けた。


「お互いにね!」

 

 それからは、教室で二人とも何食わぬ顔をしていた。話をした後、力が湧いてきて、テストもいつもよりできるような気がしていた。


 休み時間になり、敦也に朝のことを報告した。すると、敦也が思いがけない提案をした。


「テストが終わったら、四人でファミレスで打ち上げをやろう。結果はどうだかわからないが、お疲れさん会だ」

「おお、いいアイデアだ。二人とも、来てくれるといいけど」

「じゃ、俺がうまく誘うから、任せといてくれ」

「よろしく頼む」


 テスト最終日まで、三日あるが何とか声を掛けてくれるだろう。自分一人では、ちっとも前に進まない。いつも敦也には頼りっぱなしだ。

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