第2回 世界の片隅はそこにもあるんだ

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チャンポン麺を食べ終わると、僕たちは店の奥にある喫煙室に向かった。食事の後は煙草。


「煙草を吸う場所がだんだんなくなりつつあるね」


「本当ね。煙をみんな嫌がるんじゃない? 世界にはもはや煙草を吸う場所なんてないのよ、きっと」


「だからこのお店の喫煙室には人がいつもいる。この場所でいろんな人と知り合っていく」


「へえ」


「世界的に見ても煙草の吸う場所も少なくなってるし、ファーストフードやファミリーレストランまで全面禁煙だし、健康的にも悪いし」


「健康?」


そう言うとみいちゃん は、遠い目をした。みいちゃんの顔や表情はどことなく不安定に見える。綺麗な女性特有の何かの迷いが宿命的にある。完璧な美しさというより、何かが欠けているから、美しいものってある。三日月みたいに。


「火種が落ちかけているよ、みいちゃん」


「うん。知ってる。落ちるのを見てたいの」


二人で、みいちゃんの煙草の灰が落ちるのを待つ。灰が垂れ下がり、ポトリと灰皿に落ちた。


「私は28歳以上にはなりたくない」


「え?」


「今のは秘密の言葉。28歳以上にはなりたくないんだよね」


「みいちゃん、今は何歳?」


「28」


「時を止める方法なんてあるの?」


「あるよ」


その意味がわからないまま、みいちゃんは微笑み、僕のTシャツの袖をつかんで、軽く引いた。


「呑もうよ」


「まだ昼間やん」


「どこかで呑めるでしょ? お兄さんを見てると、いったいこの人は何者なんだろう、と思ったの。昼なのにチノパンだし、UNIQLOのUTだし」


「みいちゃんもパンダのTシャツだし、相当不思議」


「私は普通。世界がみんな間違いで、私だけ普通。まあ普通なんて言葉も意味がないくらいに普通」


僕はしばらく首を傾げた。みいちゃんは薄暗い喫煙室を見渡した。煙の行方を探すみたいに。


「大将のところでいい?」


「うん。煙草は吸えるの?」


「吸えるよ」


「世界の片隅はそこにもあるんだ」


喫煙室から出て、会計を済ませると、あっちゃんはみいちゃんに言った。


「キスでもしてたの?」


「うん」


「また燃やすの?」


「うん」


あっちゃんは僕たちを見送った。ひらひらと手を振った。


「大将のとこ、行ってくるよ」


「そかそか。けい君、燃やされるんやわ」


「何に」


「世界には燃えるものが、もうひとつあるやん?」


もうひとつ?

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